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小清水原生花園 [日記・雑感]

阿寒湖での巨木フォーラム打ち合わせのついでに、数十年ぶりの道東を探訪した。

小清水原生花園は、濤沸湖とオホーツク海の間の砂丘に広がる8kmにも及ぶお花畑だ。
網走国定公園の一部でもある。

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濤沸湖は、砂州の発達により海から切り離されて生じた湖で、潟湖とか海跡湖と呼ばれている。

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オホーツク海沿いには、サンゴ草群落で有名な能取湖、ホタテで有名なサロマ湖など同様の湖が多く、いずれも淡水と海水が混じり合った汽水だ。

湖周辺の草地では、牛や馬の放牧も行われているが、ハマナスなどの花も多く、原生花園の一角を形成している。

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濤沸湖に沿って、というか海岸に沿って、国道244号線とJR釧網本線が走る。
「原生花園駅」は花のシーズンだけの臨時駅で、普段は列車や乗客もいない駅舎は、土産物と軽食の売店(カフェ)となる。

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駅舎の踏切を渡ると遊歩道が整備されていて、海岸までの砂丘には色とりどりの花が咲いている。

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訪れた7月初旬は、エゾスカシユリ、エゾキスゲ、ハマナス、エゾノシシウド、エゾフウロ、ハマエンドウなどが花をつけていた。

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北海道を代表する花 エゾスカシユリ
名前のとおり、花弁の付け根が離れている(隙間がある)

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エゾキスゲは幻想的な黄色の花だ。その美しい花は、たった一日だけでしぼんでしまうという。

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バラの仲間のハマナスは、染料や食用(果実は食用、花はお茶)にもなる。
皇太子妃雅子さんのお印でもある。

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小さな白い花が傘状に集まった大型のエゾノシシウドは、オホーツク海の風景に溶け込んでいる。

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ピンクの花エゾフウロは、咲き出したばかりで9月上旬まで見ることができるという。

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全国の海浜に生育するハマエンドウ。残念ながら北海道特有でもないので、「エゾ」が冠されていない。

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久しぶりの原生花園。

かつて道東の住人だった頃に、稚内までオホーツク海沿いを北上して、行く先々で原生花園の花々を愛でた時を思い出す。

あの頃は若かったなぁ~



【本ブログ内関連記事】

阿寒湖の巨樹・巨木林

花菜ガーデンのユリ



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阿寒湖の巨樹・巨木林 [巨樹・巨木]

いつもご訪問いただき、ありがとうございます。
なかなか更新もできず、また皆様のブログへの訪問もできませんでした。

今回は、北海道阿寒湖畔の巨木林です。


私が会長を仰せつかっている「全国巨樹・巨木林の会」では、毎年「巨木を語ろう全国フォーラム(巨木フォーラム)」を開催している。

今年(2017年)は、9月30日(土)・10月1日(日)に石川県金沢市で開催する。主催は、石川県巨樹の会を中心とする地元の関係団体の皆さんだ。石川県巨樹の会は、全国の会の初代会長 里見信生先生が設立した団体だ。(本ブログ記事「巨樹の番付 -本多静六と里見信生」参照)

ところで、来年度(2018年)のフォーラムは、北海道の阿寒湖で開催することとなった。
先日、開催引き受けのお礼と打ち合わせで、釧路市長さんほか、関係機関、関係者を訪問してきた。

開催地の阿寒湖は、阿寒国立公園(近々、阿寒摩周国立公園に名称変更)の中心地のひとつで、特別天然記念物マリモの生育地としても有名だ。

阿寒湖と雄阿寒岳


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マリモ(阿寒湖エコミュージアム展示) 大型のものは、子供の頭ほどにもなる

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この湖の周囲の原生林には、ヒグマ、エゾシカ、キタキツネ、シマフクロウ、クマゲラなどをはじめとする野生鳥獣が生息している。

林道に餌をくわえて出てきたキタキツネ

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同時に、湖周囲の原生林は、「前田一歩園」が所有する森林でもある。

前田一歩園の初代園主・前田正名は、鹿児島県(薩摩藩)出身で、明治2~9年の8年間のフランス留学後、大蔵・内務・農商務の各省要職を歴任し、各地で農場経営や山林事業も手掛け、パリ万国では事務館長も務め、後には、釧路でパルプ製紙会社や銀行の設立にも携わった。

これらの功績と造林、自然保護にかける熱意などから、帝室御料地の払い下げも受けた。その払い下げ地は全国各地にあったが、中でも北海道阿寒湖畔の森林は、正名の座右の銘「万事に一歩が大切」から、後に「前田一歩園」と名付けられた。

今は前田一歩園財団となっている前田一歩園事務所

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阿寒湖の北岸には、雄阿寒岳山麓の神秘の湖パンケトー、ペンケトー方面へと続く林道があるが、一般車は通行止めとなっている。

北岸の少し標高の高い部分にはミズナラの巨木林が広がる。秋の黄葉は見事だそうだ。

特に名前などは付いていないが、樹齢数百年と推定されるミズナラの巨樹もある。

極寒の地に育つ木々は、本州などと比べて太さにはやや劣るかもしれないが、勝るとも劣らない迫力がある。

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パンケトーの碧色の水面

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パンケトーから雄阿寒岳

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パンケトーから阿寒湖に流出するイベシベツ川の滝

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エゾオオサクラソウ

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エゾノレイジンソウ

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エゾカラマツソウ

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ギンリョウソウ

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阿寒湖南岸の阿寒湖温泉街裏手には、源泉の白湯山麓に光の森と呼ばれるアカエゾマツやトドマツの針葉樹林が広がる。

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その中にあるカツラの巨樹

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実は私は、40年ほど前に国立公園管理官として阿寒湖畔に居住していたことがある。

その後、釧路湿原を国立公園にするための検討会設立のために釧路市に出張することになっていたが、ちょうどその時に、前田一歩園三代目園主の前田光子氏の葬儀があり、参列したことがある。

地元の人から「前田の奥さん」と親しまれた元宝ジェンヌの光子氏には、私も親しくしていただいた。

葬儀では地元の人から、「前田の奥さんに呼ばれたんだ〜」と言われた。

あれからおよそ35年ぶりの阿寒湖訪問だった。

いつか一度は巨木林に囲まれた阿寒湖で巨木フォーラムを開催したいというのが、会長になってからの思いだったが、関係機関・関係者の皆様のご協力で開催の運びとなり大変うれしい限りだ。

古くはアイヌ民族の自然と共に生きる文化によって育まれ、また前田一歩園によって管理されてきた巨木林。

その巨木林は、世界で唯一(アイスランドでは絶滅?)の大型マリモの生育環境を創り出し、またシマフクロウなどの住処を提供してきた。


一方で、増えすぎたエゾシカによる樹皮の食害への対策も課題になっている。

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そこには、野生鳥獣と人が織りなす巨木の森の物語がある。
来年のフォーラムが、今から楽しみだ。


【本ブログ内関連記事リンク】

巨木フォーラム in 秩父 ― 秩父夜祭 屋台芝居と囃子でおもてなし

巨樹の番付 -本多静六と里見信生





青いバラ ― 品種改良と遺伝子組換え [生物多様性]

先日の(といっても3週間も前になってしまうけれども)大船植物園では、城、赤、黄色を基調にとりどりの色、そして花弁の大きさや形、枚数なども実に変化がある多くのバラを見ることができた。

それぞれのバラには、その姿を彷彿とさせるような素晴らしい名前も命名されていた。

「プリンセス・ミチコ」など、皇室3代の女性たち、ミチコ、マサコ、アイコのそれぞれの名が付いたバラもあった。

バラにこれら多くの種類があるのは、古今東西の園芸家たちが丹精を込めて、長い月日をかけて、品種改良してきた結果だ。

園内では、愛好家グループによる自慢のバラの展示会も催されていた。

そこで展示即売されていた「ラプソディ・イン・ブルー」という名のバラを買った。

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家に帰ってきてよく見ると、花の色はどちらかといえば紫色で、名前ほどの青ではないが、やはり展示されていた他のバラの色に比べると珍しい感じがした。

なんでも、バラには青の色素はなく、青いバラの誕生は世界のバラ愛好家の夢だったそうだ。

英語で「青いバラ(Blue Rose)」は、不可能(存在しないもの)の意味も持つほどだったとか。

私が買い求めた「ラプソディ・イン・ブルー」など、一見青いバラのように見えるのも、赤い色素を抜いて青に近づけていったようだ。

このように、バラなどの園芸植物は、昔から「品種改良」が重ねられて、多くの品種が作られてきた。

品種改良は、人間にとって好ましい形態や性質などを持つ個体同士を繰り返して交配させて理想形に近づけていく方法で、園芸植物や農作物、家畜などでは盛んに行われてきた。

1940年代から60年代にかけて世界各地で行われた「緑の革命」は、穀物やジャガイモなどの高収量品種を導入して飢饉を救おうとする農業革命だ。
これを主導したノーマン・ボーローグ博士は、1970年にノーベル平和賞も受賞している。

これらの「品種改良」は、人工的に受粉などを繰り返すなど、自然界では起こりえないことではあるが、原理は「自然の摂理」、すなわち受粉や受精によるものだ。


一方、「青いバラ」の誕生は、従来の品種改良ではなく、「遺伝子組換え」によるものだ。

青いバラを開発したサントリー(「青いバラ」への挑戦)によれば、青色の色素をもった植物の中から青色遺伝子を取り出して、バラに導入したそうだ。

ペチュニアやパンジーの青色遺伝子を導入したバラが咲いたが、残念ながら花は赤色や黒ずんだ赤色。

その後も、試行錯誤を繰り返し、2004年に「青いバラ」の開発に成功したという。1990年のプロジェクト開始から実に15年近くの歳月を要したことになる。

その過程では、青いバラよりも一足早く青いカーネーションの誕生に成功した。「ムーンダスト」と名付けられた青色カーネーションは、世界で最初の遺伝子組換えによる花きの商業化となった。


さらに販売までには、もう一つのハードルがある。

遺伝子組換えによる生物(GMO、あるいはLMOという)が生態系などに影響を及ぼさないことを実証して、「カルタヘナ法」による認可を得なければならない。

「カルタヘナ法」は、生物多様性条約に基づく「カルタヘナ議定書」の国内法だが、詳細は本ブログ記事「遺伝子組み換え生物と安全神話 名古屋・クアラルンプール補足議定書をめぐって -COP10の背景と課題(5)」および「MOP5って何? -遺伝子組み換えをめぐって」を参照願いたい。

園芸品種や農作物などでは、今や従来型の「品種改良」よりも「遺伝子組換え」による新品種の開発が幅をきかせている。

自然の摂理の上に立った「品種改良」から、「遺伝子組換え」という神の領域にまで足を踏み込んだ人間の行く末は?

別に私は有神論者でもないし、バイオテクノロジーを否定するわけでもないけれど、自然界を我が物顔で支配するかの如く奢り高ぶった人間の未来には警戒せざるを得ない。

どこかの総理大臣もだけどね。

【本ブログ内関連記事リンク】

大船植物園 満開のバラとシャクヤク

青いケシの花に誘われて

アジサイとシーボルト  そしてプラントハンターと植物園

遺伝子組み換え生物と安全神話 名古屋・クアラルンプール補足議定書をめぐって -COP10の背景と課題(5)

MOP5って何? -遺伝子組み換えをめぐって


名古屋議定書採択で閉幕 COPの成果 -COP10の背景と課題(3)






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