So-net無料ブログ作成
検索選択
日記・雑感 ブログトップ
前の30件 | -

大船植物園 満開のバラとシャクヤク [日記・雑感]

いつもご訪問いただきありがとうございます。
久しぶりの記事となってしまいましたが、今は盛りのバラを見に行きました。

神奈川県立フラワーセンター大船植物園のバラが見ごろだというので、出かけてみた。

色とりどりのバラが咲き乱れ、多くの人で賑わっていた。

大輪の一輪一輪はどれも美しく、芳香の素晴らしいのも多い。
どれもアップで紹介したいが、今回は全体的な群生の姿を!! (バラの花アップは、「バラの乱舞 ― 秋の花菜ガーデン」をご覧ください)

s-DSC02774.jpg

s-DSC02776.jpg


s-DSC02778.jpg

s-DSC02796.jpg


s-DSC02798.jpg

s-DSC02800.jpg

s-DSC02801.jpg

s-DSC02787.jpg
この時期、シャクヤクも満開だった。
「立てば芍薬、座れば牡丹・・・」というけれど、やはり大輪のシャクヤクはそれだけで花の中の花と言えそうだ。
とにかく艶やかさと気品とが兼ね備わっているようだ。

s-DSC02780.jpg

s-DSC02781.jpg

s-DSC02782.jpg

s-DSC02784.jpg


園内には温室もあって、小田原フラワーガーデンでも見たヒスイカズラやアリストロキア・グランディフロラというツル性の花などもあった。


s-DSC02755.jpg

s-DSC02751.jpg


ほかにも、睡蓮の仲間や変わった園芸品種も・・・


s-DSC02765.jpg

s-DSC02768.jpg

s-DSC02757.jpg

s-DSC02762.jpg

s-DSC02772.jpg


私は本来は自然の野山を歩きたいところだが、時間もない中、手軽に出かけることのできる街中の緑地空間はかけがえのないものだ。


園内のケヤキ大木の木陰で、しばしのリフレッシュタイム。
これがまた贅沢な一時、淹れたてのコーヒーでもあれば最高だけれども・・・


【本ブログ内関連記事リンク】

バラの乱舞 ― 秋の花菜ガーデン

碧い宝石 ヒスイカズラ






小田原城と風魔忍者 [日記・雑感]

平成の大改修でリニューアルオープンした小田原城。
1か月前の3月末の訪問だったけど、記録としてアップ。

現在の天守閣は、昭和35年に市制20周年記念事業として建設されたものとか。
江戸時代の絵図などをもとにしているが、地上38.7mの複合式天守閣は鉄筋コンクリート造だ。

s-IMG_0729 (1).jpg



大阪城天守閣は戦前に再建されていたけど、空襲で焼失した名古屋城をはじめ、全国各地に建設された鉄筋コンクリート造の天守閣は、高度経済成長期には戦後復興と地域振興の象徴だった。

s-DSC00596.jpg
名古屋城天守閣(2010年撮影)


明治時代の廃城により解体された小田原城天守閣再建も、その流れだったのだろう。しかし時の流れとともに、鉄筋コンクリート造りとはいえ耐震補強工事の必要に迫られた。

木造での再建により江戸時代の姿を取り戻そうとの運動もあり、今回の改修では必要最小限の工事で費用を抑えたそうだ。

s-DSC02428.jpg


戦国時代の北条氏によって整備され、難攻不落といわれた小田原城の惣構えは、後に大阪城のモデルにもなり、江戸城にも引き継がれていったという。

s-DSC02426.jpg


今回のリニューアルでは、天守閣内に小田原城の歴史などの展示が再整備された。
さらに、最上階には江戸時代に祀られていた武士の守護神「摩利支天像」の安置空間が再現された。

s-DSC02429.jpg


本丸内の常盤木門(ときわぎもん)は、小田原城門の中でも大きく堅固なものだったが、明治の廃城でその姿を消し、昭和46年に市制30周年事業として再建されたものだ。

s-DSC02421.jpg


二の丸の銅門(あかがねもん)も、平成9年にすでに復元されていたもの。
その名は、使用された銅板に由来したものだという。

s-DSC02441.jpg

s-IMG_0739.jpg


渡櫓門(わたりやぐらもん)、内仕切門(うちじきりもん)と土塀で周囲を囲む枡形門(ますがたもん)の構造だ。

s-DSC02442.jpg


s-DSC02436.jpg


渡櫓門の内部の梁は、太い木材を手斧で仕上げた美しい模様が目を引く。

s-DSC02435.jpg


ところで、北条の五代100年にわたる関東支配では、忍者集団「風魔一党」が活躍したという。頭領は代々「風魔小太郎」を名乗ったそうだ。

地元では、甲賀や伊賀の忍者に比べて認知度の低い(?)風魔忍者を知らしめようと、さまざまなイベントを催している。
城内でも、手裏剣投げのお試し場などが開かれていた。

s-DSC02422.jpg


それにしても、「風魔」とは謎めいた名で、真田十勇士と同様に講談か何かに登場する架空の忍者と思っていた。

ところが、小田原の街中を車で走っていたら、「風間」の看板のお店などを目にした。
どうやら「風魔」には、実在した「風間」氏がいたらしく、風間(かざま)という集落もあったようだ。

風魔が、甲賀や伊賀と同様に全国区になってほしいものだ。

お城見物の後は、小田原市内に多い鰻屋さんで久しぶりの鰻重を。

s-DSC02447.jpg

(追記)
毎年5月3日に開催される「北條五代祭り」。
今年は、NHK大河ドラマ「真田丸」で氏政を熱演した高嶋政伸さんが、4代めの氏政として参加するとのこと。
なお、初代早雲役は、小田原ふるさと大使の俳優、合田雅吏さんとか。



【本ブログ内関連記事リンク】

新装開店?! 美しすぎる『姫路城』

権現堂堤の桜 [日記・雑感]

関東の桜の名所の一つ、「権現堂堤」(埼玉県幸手市)に行ってきた。

勤務先に比較的近く、以前から行ってみたいと思っていたが、なかなか機会に恵まれなかった。

s-DSC02486.jpg


お目当ての桜堤は、埼玉県東部の幸手(さって)市内の利根川の支流、権現堂川の堤防に植えられたソメイヨシノの桜並木だ。

s-DSC02506.jpg


大正時代に植えられて、戦前にはすでに桜の名所になっていたそうだが、戦時中の燃料材としての伐採のため、戦後に植え直されたのが現在の並木だという。

s-DSC02509.jpg


埼玉県営「権現堂公園」として、運動広場や遊具広場なども整備されている。

約1kmにわたる並木と、その下の菜の花畑とのコントラストを求めて、県内外から多くの人出がある。

s-DSC02497.jpg


シーズン中は、駐車場が満杯になり、周辺道路も渋滞するというので、勤務先を朝6時半に車で出発し、到着したのは7時ころ。

2017年4月4日、東京では満開宣言がでたが、当地では全体的には6分咲くらい?

満開前だったことと、到着が朝早いこともあって、人影はまばらだった。

s-DSC02512.jpg


それでも、有名な菜の花とのコントラストの場所には、カメラを構えた人が何人も。
皆さん、菜の花を前景に、桜並木をバックの写真を撮っていた。

s-DSC02491.jpg


s-DSC02499.jpg

s-DSC02500.jpg

s-DSC02502.jpg


私も同じような写真ばかりになってしまったが、これで満開だったらさぞかし見事な写真になっただろう。

写真の腕前には関係なくね!

残念ながら、満開の頃に再び来る時間もないけれど。




水鳥 [日記・雑感]

買い物に行くときに、多少遠回りだが、川沿いを歩くことがある。

特にきれいな川というのでもないけれど、冬の間には水鳥が多いのが楽しみだ。

3月末の買い物途中に準備もせずにスマホで撮影しただけなので画像も小さく、皆さんのブログアップ写真のようには鮮明ではないけれど、よかったらご覧ください。

識別できる写真を撮ろうと、コンパクトデジカメで再挑戦!(2017/04/02)
以下に、写真と文で追記。

群れて数が多いのがヒドリガモ。

s-IMG_2646_2.jpg

s-DSC02464_2.jpg
↑デジカメ追補


キンクロハジロオオバンも群れている。写真は休息中のペア?

s-IMG_2655_2.jpg

↑のキンクロハジロは誤りで、写真をよく見てデジタル図鑑と照らし合わせたら、オオバンらしい。鼻先(額)の白いのが特徴?(追記)

s-DSC02453_2.jpg
↑デジカメ追補

カルガモもペアで。

s-IMG_2648_2.jpg

s-DSC02462_2.jpg
↑デジカメ追補

ついでに、ヒドリガモとカルガモの混成部隊(追補)。

s-DSC02463.jpg


写真では色が不鮮明だけれども、陸から魚を狙っているアオサギ。

s-IMG_2410_2.jpg


水の中を歩いているのは、コサギ。たぶん。

s-IMG_2647_2.jpg

s-DSC02476.jpg
↑デジカメ追補


川の中には、大きなカメやコイがたくさん・・・
写真は、一抱えもありそうなコイの群れ。堤防道路の上からのぞいてもこんなに大きいのだから、実際の大きさはバケモノ級?

s-IMG_2660.jpg


s-DSC02458.jpg
↑デジカメ追補(橋の上から)



まぁ、身近にいつでも見ることができる鳥がいるだけでも幸せということかな!

今度は望遠レンズを用意して、と思ったけれど、最近はコンパクトデジカメしか持ってない! トホホ!!

(以下追記)
ちなみに、川はこんなところ。

s-DSC02482.jpg


昔は田んぼの中を流れるのどかな川だったけれど(そのころからゴミは多かったけど)、今では両側は住宅がビッシリ。

それでも、水質(少なくとも見た目)は一時よりもだいぶましになった気がする。

今回のデジカメ追補では、アオサギはお目にかかれなかったが、写真には撮れなかったもののウ(カワウか、ウミウかは識別できなかったが)にもお目にかかれた。

【本ブログ内関連記事リンク】

酉年につき鳥の姿をお年賀代わりに

野鳥の年始訪問

ギアナ高地と記録映画番組


 


阿蘇  地震と噴火からの復興を祈念 [日記・雑感]

先日、ある会議で熊本県阿蘇に出かけてきた。

昨年(2016年)4月に発生した熊本地震では、熊本城の天守閣や石垣の損壊のほか、公共建物や一般家屋の倒壊などの被害が多数発生し、多数の死傷者も出た。

熊本空港(阿蘇くまもと空港)のある益城町では、最大震度7を二度も観測した。

今回は熊本市内には立ち寄らなかったが、空港から南阿蘇の会議場までの沿線だけでも、いまだに損壊した瓦屋根にはブルーシートがかけられ、多くの仮設住宅も立ち並んでいた。

途中、阿蘇大橋の崩落現場では復旧工事が進められていたが、まだ工事は完成せず迂回路を通らざるを得ない。

二千年以上の歴史を有する肥後国一宮、阿蘇神社では、重要文化財の楼門と拝殿が全壊し、拝殿に隠れていた社殿が直接目の前に現れている。

s-DSC02305.jpg
仮設の拝殿(拝所)と地震で残った社殿

s-DSC02302.jpg
地震で全壊した楼門脇の還御門

活火山の阿蘇山は、富士山よりも早く中国の文献にその名が記載されるなど、古代から火の国熊本の象徴となってきた。

世界最大級のカルデラの火口原(外輪山内側)には、3つの自治体に約5万人の人々が暮らしているそうだ。

10万年前から活動している阿蘇火山群の中で、現在最も活発に活動しているのが中岳(1506m)だ。
火口までは道路やロープウェイも整備され、噴煙を噴き上げる様子を直接見物できることから、観光名所となっていた。

しかし、昨年10月に、爆発的噴火が発生して、噴火警戒レベル3が発令された。
火口付近のシェルター(退避壕)も噴石で押しつぶされているという。

レベル1に引き下げられた現在でも、中岳火口周辺1kmは立ち入り規制が継続されている。

s-IMG_2494.jpg


観光名所の草千里には、ようやく地震で被害を受けた道路も普及して車で到達できるようになったが、周辺の展望地には立ち入り禁止が続いている。

s-DSC02316.jpg


それでも、草地維持のための野焼きも行われ、日々の暮らしが少しずつ戻ってきているようだ。

s-DSC02315.jpg
野焼きで黒くなった草地


夜が過ぎれば、再び朝焼けの阿蘇五岳が姿を現す。

s-DSC02285.jpg


亡くなられた方々のご冥福と一日でも早い復興をお祈りしています。

s-IMG_2482.jpg


【本ブログ内関連記事リンク】

世界的大カルデラの魅力と草原の危機 -国立公園 人と自然(15) 阿蘇くじゅう国立公園




支配する側 される側 -その倒錯の関係? [日記・雑感]

いつもご訪問ありがとうございます。

最近、たまたま読んだ本や新聞、聴いたラジオ番組などで、「支配と被支配」に関連する内容が重なった。

支配と被支配といっても、別に暴君や帝国主義の植民地の話ではない。ましてや、SだのMだのの話でもない。いや、ちょっとは関係するかな(笑)

副題の「倒錯の関係」もちょっと過激だ。「逆転の発想」というほどの意味なのでご容赦を。

これから書こうとしているのは、日常的な物やペットなどに関わる話だ。

若者は、携帯(スマホ)を使いながら、実は使われている、などというアレである。

NHKラジオに「ラジオ深夜便」という番組があって、バイオリニストの千住真理子さんのトークがあった。

彼女によると、演奏の際(だけではなく普段も)にはファウンデーションも含めて化粧をしないという。
名器ストラディバリウスに化粧の成分を含んだ汗が落ちて、表面のニスが変化しないように気を使っているのだそうだ。

若者のスマホと同様、名器に支配されているといってもよいかもしれない。

ベストセラーにもなっているユヴァル・ノア・ハラリ著『サピエンス全史 文明の構造と人類の幸福』(河出書房新社)には、小麦の話が出てくる。

s-DSC09485.jpg

麦畑の芽吹き(群馬県高崎市にて)

人類は農耕を始めて、小麦を作物として栽培してきたけれど、小麦の立場からすると逆だという。

つまり、雑草には負けやすく、多くの水や肥料などを必要とする小麦は、人類を奴隷のごとく使って生息地(耕作地)を拡大してきたことになる。

なるほど、生物(遺伝子)の最終目標が「種の保存」であり、そのためにいかに子孫を残すかに腐心して戦略を立てていることは知っていたが、小麦の作物化は小麦の生き残り拡大戦略だったのか。

人類が小麦を食料として使って(支配して)いるのではなくて、小麦の拡大のために人類が使われて(支配されて)いるのだ!!

このような逆転の発想に頷ける事例は山ほどある。

ペットとの関係もそうかもしれない。

作家の内田百閒は、野良猫の子「ノラ」を飼い始めて、15円の牛乳が気に入らないと見るや21円のを買ってやる。
ついには、猫が食べないアラを味付けをし直して夫婦で食べたという(2017年2月6日付 朝日新聞「天声人語」)。

そういえば、昨年読んだポール・ギャリコ著『猫語の教科書』(筑摩書房)には、猫は飼い主の家を占拠し、飼い主を奴隷のように意のままに操ろうとしていると書いてあった。

猫が出ないようにドアを付けたり、物を落とさないように片づけたり・・・結局は猫の居心地の良い猫仕様の家になって、乗っ取られているというのだ。
猫を躾けるつもりが、逆に人間が猫に躾けられているというのだ。

先の内田百閒も、まさに野良猫の奴隷と化したのかもしれない。

実は、本ブログでは初めての紹介(カミングアウト?)となるが、私も捨て猫を飼っている。

昨年の3月、極寒の日に海岸まで散歩に出かけたら、松林で蹲って震えている真っ白い子猫がいた。
乳離れしたばかりらしく、まだしっかり歩くこともできず、凍死してしまいそうなので、拾ってきた。

その猫が私の膝の上で丸くなって寝入っていると、起こさないようにトイレも我慢してしまう。

私の膝も、完全に猫に乗っ取られてしまった。
私も猫の僕となってしまった。

まあ、別にそれでもイイけど・・・

子どもの頃に意味も分からず聞いていた流行歌、奥村チヨ『恋の奴隷』(作詞:なかにし礼、作曲:鈴木邦彦)をふと思い出してしまった。

【本ブログ内関連記事リンク】

のんびり返上? ついにスマホ

繋がる時空、隔絶した時空 -携帯電話・インターネット考

形から入る -山ガールから考える多様性




映画ロケ聖地  君の名は。須賀神社 [日記・雑感]

正月3ヶ日を過ぎて、母親が住んでいる四谷・左門町(東京都新宿区)の実家に家族が集まるのが、このところの恒例となっている。
今年は、9日(月)の成人の日に集まった。

その時、実家の者から、今年の須賀神社の初詣は大変な人出だったと聞いた。
拝殿まで、崖下の階段から長蛇の列だったそうだ。

毎年初詣に出かけているが、近年ではこれほどの人出は初めてという。

どうやら、映画の舞台となった場所を巡る「聖地巡礼」で、今年は人出が多かったらしい。

なんでも、須賀神社が、大ヒットのアニメ映画『君の名は。』の舞台となったという。

映画を見た私の子どもたちによると、主人公のカップルが再会するのが須賀神社の階段だとか。ポスターにも使用されている場面だそうだ。

9日も、夕方だというのに多くの人が神社に参拝していた。

s-DSC02151.jpg


同じ場面での5年前の2012年は、元旦というのに、夕方ともなると初詣参拝者はほとんどいなかった(実家の母と家族たちの初詣記念写真)。

s-DSC01385.jpg


今年は、もちろん、再会場面の階段では、シャッターを切る人々の列が・・・

s-DSC02152.jpg


映画ヒット前の普段の階段の様子は、このとおり。

映画の公開が昨年2016年8月というが、この写真(↓)は公開4か月前の桜の季節の状況。

s-DSC00852.jpg


普段のブログ記事では他所からの画像借用はしないが、今回は特別にWEBからこの場面の画像を借用。

s-君の名は。須賀神社.jpg


昨年6月の記事四谷・左門町界隈(1) お岩さんとお天王様掲載写真と見比べても、なるほど、映画のシーンは、丁寧に描写されている。

s-DSC00855.jpg


須賀神社以外でも、精緻に描かれて再現された『君の名は。』の舞台が解き明かされている。
舞台探しがブームともなっているようだ。もっとも、既に解明済みで新たな発見もないのかもしれないけど。

その解明された舞台の所在地を「聖地」として多くの人が訪れているという。

ほとんど訪れる人のいなかった小さな駅などに次々と人が訪れるのが、話題として取り上げられているのをテレビ番組で見たことがある。

映画などのロケ地が有名になり、人々が訪れて観光地化するのは、今に始まったことではない。

アニメの聖地巡礼は、だいぶ前からブームにもなっていた。

NHK大河ドラマの舞台には、観光ツアーが組まれて観光客が押し寄せるから、地元の町興しにもなる。

自治体の組長さんたちは、地元に縁のある大河ドラマの放映を企画してくれるよう、NHKに陳情に行くそうだ。

自分が住んでいる、あるいは出身の町などが有名になるのは、なんとなく誇らしい感じもしないでもない。

ましてや観光客が増えることで経済的に潤う人にとっては、この上ないことだろう。

でも、つつましやかに生活している人にとっては、騒音やゴミ、時には住家の覗きやトイレ借用など、迷惑になることも多いとか・・・

四国八十八カ所巡礼のように歴史のある「聖地」では、「お接待」で来訪者も地元住民も、ともに幸せになれる仕組みが出来上がっている。

しかし、それもいつまで存続することができるのだろうか。

東京オリンピックを控えて「おもてなし」は、「お接待」に代わる幸せの仕組みを築き上げることはできるのだろうか・・・

私は、生まれ育った地元神社へのささやかな貢献で、御守り札を購入した。

s-DSC02156.jpg


今年も良い年になりますよ~うに!

【本ブログ内関連記事リンク】

四谷・左門町界隈(1) お岩さんとお天王様

四谷・左門町界隈(2) 忍者ハットリ君の墓も! 坂の町、寺の町

四谷・左門町界隈(3) 江戸の名残と明治・大正のモダン





酉年につき鳥の姿をお年賀代わりに [日記・雑感]

新年あけましてめでとうございます

昨年中はブログにご訪問いただき、またniceやコメントもいただき、ありがとうございました。

何とか週1回(できるだけ日曜日)の更新を試みましたが、途中だいぶ抜け落ちました。

皆様への訪問も、数回分をまとめてということになってしまいました。

それでも、ついつい引き込まれて記事を遡ることも多く、楽しませていただき、また新たな知見をいただきました。
一年間ありがとうございました。

今年は無理をせずにボツボツ更新しようと思いますので、気が向いたときにお寄りいただければ幸いです。

本年もよろしくお願いいたします。


今年は酉年

今年も恒例(?)の酉年にちなんだ鳥の写真をと思うけれど、多くの方々が素晴らしい写真をアップしているので気が引けてしまう・・・

そもそも腰を据えて鳥の写真を撮るることもないけれど、海外調査の際などにたまたまコンパクトデジタルカメラに飛び込んできてくれた鳥たちの一部を以下にご紹介。

コンデジズームだけなのでピントも甘いですがご容赦を!一部の写真はトリミング加工をしています。

それにしても、動き回る鳥の写真を撮るのは難しい!

鳥の名前にはとんと疎く、誤りも多いと思うので、ご指摘のほどよろしく!!

まずは酉年にちなみ、ニワトリ。
日本では放し飼いのニワトリもとんと見なくなったが、途上国では当たり前。
ロンボク島(インドネシア)でも野鳥と思うほど自由に走り回っている。

s-DSC02111.jpg


そういえば、ニワトリはセキショクヤケイ(赤色野鶏)という野生種を飼いならしたものともいわれている。
ロンボクのニワトリは、先祖の血を濃く受け継いでいるような気もする。

s-DSC02170.jpg


正月らしく華やかな色彩の鳥も、特に熱帯地方には多い。

中米コスタリカでは、その名も虹の名を冠したオオハシの仲間レインボートゥーカンをジャングルの中のホテルのベランダから撮影。

s-P3070085_2.jpg


水辺の鳥カワセミの仲間も、色とりどりだ。
ロアガン・ブヌッ国立公園(マレーシア)では、真っ赤なくちばしがコウノトリに似ているとして名付けられたコウハシショウビン。

s-DSC00241_4.jpg


同じくマレーシアのパソ保護林でもちょっと違った何とかショウビン?(名前は不明)が。

s-DSC01588_2.jpg


艶やかさといえば、やはりこれ!?

メキシコ・ユカタン半島の先端に位置するセレストン生物圏保護区でのフラミンゴの大群。

s-P3120185.jpg

s-P3120182.jpg

数十年前にケニアのナクル湖国立公園でもフラミンゴを見たが、水質悪化や水位増減などで生息数が減少との情報もある。今はどうなっているのだろうか。

変わった鳥類では、スズメと遠縁のハタオリドリ。
南アフリカでは、葉っぱを器用に織り込んで巣を作っていた。

s-CIMG0278_2.jpg

s-CIMG0284_2.jpg

やはり小型のハチドリも、その名のとおりホバリング(空中停止)してストローのような長いくちばしで蜜を吸いこむ。
写真は、ランビル国立公園(マレーシア)だが、熱帯地方では多くのハチドリを見ることができた。

s-DSC00543_3.jpg


逆に大型のツカツクリの仲間は、卵を抱いて孵化させずに、地面に穴を掘ったり、塚を作ったりして、地熱などで卵を孵すという。
鳥類は爬虫類から進化したというけれど、その名残だろうか?

シドニーの海岸では、ヤブツカツクリが人を恐れずにやってきた。

s-DSC07171.jpg


インドネシア・スマトラ島グヌン・ルーサー国立公園のジャングルの大型の鳥は、キジの仲間のセイラン。

s-DSC02773_2.jpg


セイラン(青鸞)は、鳳凰のモデルになったともいう。

大きなカナダガンは、ニルスを乗せて旅立っていった。
写真は、故郷カナダのバンフ国立公園にて。

s-CIMG0131.jpg


気の強いのはカケスやカラス?

ヨセミテ国立公園(米国)では、ステラ―カケスがカラスとリス(手前)を向こうに回して餌の取り合いをしていた。

s-P7030174.jpg

s-P7030180.jpg

ブータンでも、カササギやキュウカンチョウのような鳥が人家近くに。

s-DSC05162_2.jpg

s-DSC05018.jpg

同じくブータンで出会ったキツツキの仲間のヤツガシラは、沖縄などにもやってくるそうだ。

s-DSC05118_2.jpg


ほかにも、まだまだ紹介したい鳥たちの写真はあるけれど、本日はこの辺で・・・またの機会に・・・


ところで
トランプ旋風がどうなるのか・・・
テロや災害がまだまだ続くのか・・・

相場では「申酉騒ぐ」と言うそうですが、世界中が平穏な年となってもらいたいものです。

今年も皆様にとって佳いお年となりますようにお祈りします。


【本ブログ内 新年干支あいさつ関連記事リンク】

申年につき猿の姿をお年賀代わりに

未年につき羊の姿をお年賀代わりに

午年につき馬の姿をお年賀代わりに

巳年の植物




日向薬師 本堂大改修終了 [日記・雑感]

「日向薬師」(神奈川県伊勢原市)本堂の270年ぶりという大改修が終了して、2016年11月20日に落慶法要が執り行われたという。

この5年間、本堂は「素屋根」という工事用の仮設物ですっぽりと覆われていたので、早速改修された本堂を見たくて訪れた。

s-DSC02072.jpg


日向薬師は、奈良時代初頭に有名な僧、行基によって開山された。開山当時は、日向山霊山寺(ひなたさん りょうぜんじ)と称されたが、明治時代の廃仏毀釈以降は別当坊の「宝城坊」が引き継いでいるという。

ご本尊は鉈彫りの薬師瑠璃光如来で、本堂とともに国の重要文化財指定されている。年に数回(1月、4月)の特別開扉以外は拝観できない。

まだここでは拝観したことはないが、2006年に国立博物館(上野)で開催された 「一木にこめられた祈り 仏像展」で拝観したことがある。

本堂脇の宝物殿には、このほかの国指定重要文化財の仏像などが展示されている。

歴代の天皇や将軍の信仰も厚く、江戸時代にも大改修が行われた。

今回の改修でも、その江戸時代改修当時の顔料を再現して塗りなおしたという。

改修により、黒を基調としながらも、オレンジ色の弁柄が鮮やかに蘇った。
一般的な寺院や神社などで見る朱色よりも落ち着いている感じがする。

s-DSC02080.jpg

s-DSC02088.jpg

大改修といえば、高さ約18m、幅約23m、奥行き約17mという国内最大級の茅葺屋根の葺き替えも大工事だったようだ。

s-DSC02075_2.jpg


そもそも、大量のカヤを集めること自体が、今日では難しくなってきている。

茅葺屋根の消滅に加え、牛馬などの家畜飼料はほとんどが米国などから輸入された遺伝子組換え大豆やトウモロコシなどに取って代わられ、萱場といわれた自然草地自体が日本国内では消滅の危機にある。

かつては家畜飼料や屋根葺き材料として利用されていた箱根仙石原のススキ草原も、現在では植生遷移を止めて観光用の草原を維持するために、毎年春先に火入れをしている。

s-DSC09476.jpg


改修工事の完了で、本堂前の広場も広くなり、樹齢800年という県指定天然記念物の「宝城坊の二本杉」(別名「旗かけ杉」)の全体を撮影することもできた。

s-DSC02074.jpg


また、巨木の空洞に安置されている「虚空蔵菩薩像」も広場から見渡すことができるようになった。

s-DSC02078.jpg


周囲の紅葉は、きれいではあったが、赤味が少なく、今一かな~

s-DSC02069.jpg

s-DSC02079.jpg

ここ数年、本堂を拝むことができないのに出かけていたのには、紅葉見物や参拝のほかにも理由がある。

この時期に出回る地酒の新酒だ。
今回も、新酒と酒粕を購入してきた。

s-DSC02089.jpg


昔から、門前には団子など名物があり、これを目当てに行く参拝客も多い。
私も、この口かな・・・別に否定はしないけどね。


【本ブログ内関連記事リンク】

丹沢日向薬師と日向山の紅葉

丹沢山麓の新緑に魅せられて





バラの乱舞 ― 秋の花菜ガーデン [日記・雑感]

神社や巨樹が続いたので、ちょっと話題を変えて久しぶりに花に触れることにする。

花菜ガーデン(神奈川県立花と緑のふれあいセンター:神奈川県平塚市)に秋バラを見に行った。

s-DSC01960.jpg

s-DSC01965.jpg

ここには890種、1100本のバラが植栽されているそうだ。
秋の時期に咲いているのは何種か正確には知らないが、とにかく多くのバラがあり壮観だった。

色や形だけではない。匂いバラのコーナーもある。

名前まで記録していないが、撮った写真の一部をアップ。

s-DSC01934.jpg
 
s-DSC01935.jpg


s-DSC01937.jpg

s-DSC01939.jpg

s-DSC01936.jpg

s-DSC01948.jpg

s-DSC01950.jpg

s-DSC01957.jpg

s-DSC01959.jpg

s-DSC01961.jpg

s-DSC01962.jpg

s-DSC01966.jpg

s-DSC01969.jpg

s-DSC01977.jpg


中国の品種には、バラの花とは思えないようなバラも。
初めは蕾か、すでに咲終わりかとも思ったけれど、よく見るとこれが花らしい。

s-DSC01974.jpg


バラは花だけではなく、実も美しい。特にツルバラの実は風情がある。

s-DSC01979.jpg

s-DSC01981.jpg

s-DSC01980.jpg

バラだけではなく、秋咲のサルビアも見事だ。
世界中に約900種が自生しているという。

花菜ガーデンには、園芸用に改良されたものも含めて約60品種が展示されているそうだ。
サルビアといえば、赤しか頭になかったが、こんなにも多彩なのに驚いた。

s-DSC01920.jpg

s-DSC01921.jpg

s-DSC01925.jpg


巨樹もいいけど、色とりどりのお花もいいですね!

【本ブログ内関連記事リンク】

花菜ガーデンのユリ

碧い宝石 ヒスイカズラ

青いケシの花に誘われて




家康の遺命 聖なるライン ― 久能山東照宮 [日記・雑感]

前の二つの記事で日光東照宮に触れたので、今回は秩父を一休みして今月訪れた「久能山東照宮」(静岡県)と取り上げる。

s-DSC01827.jpg



徳川家康は晩年を駿府(現在の静岡市)で過ごし、元和2年(1616年)に75歳で没したというから、ちょうど没後400年。

家康は、駿府城からほど近い久能山に埋葬するよう遺言していた。
そこで二代将軍秀忠により造営されたのが久能山東照宮だ。

なんでも、久能山は家康誕生の岡崎城、さらには京の都を結んだ「聖なるライン」上にあるという。

s-DSC01810.jpg
  ロープウェイ駅舎の解説板(?)


翌年、日光に改葬されたのが日光東照宮(栃木県)であり、三代将軍家光により造営されたのが鳳来山東照宮(愛知県)。

鳳来山東照宮のある鳳来寺は家康の両親にも縁の深い地であり、上記の聖なるライン上でもあるという。

久能山東照宮へは車道はなく、表参道は山下から1159段の石段を上らなくてはならない。
現代では「日本平」からロープウェイが通じているので、これを利用する。

s-DSC01814.jpg



ロープウェイのすれ違い。ゴンドラにはともに葵の紋が。

s-DSC01863.jpg



石段の先の「楼門」には、後水尾天皇の宸筆「東照大権現」の扁額が。

s-DSC01819.jpg



楼門をくぐると「鼓楼」や校倉造の「神庫」、「日枝神社」などが次々と現れる。

s-DSC01821.jpg


s-DSC01822.jpg


s-DSC01824.jpg


ロープウェイから約100段で、国宝に指定されている「社殿」だが、あいにく漆塗修復工事中で写真は一部方向からだけ。

それでも、絢爛豪華な彫刻などは拝観できた。

s-DSC01831.jpg


s-DSC01828.jpg



これは社殿の裏横部分。
工事中の現在は、横門から入るので最初に目に飛び込んでくるのはこの壁面だ。

s-DSC01826.jpg



社殿奥の廟門からの参道には、家康に仕えた武将たちが奉納したという石灯篭が。

s-DSC01835.jpg



いよいよ、家康の遺骸が埋葬された「神廟」に。

s-DSC01839.jpg


s-DSC01836.jpg



現在の石塔は、三代将軍家光によって建てられ、家康の遺命に従って聖ラインの方向、すなわち西向きだという。
ということは、やはり家康でも生地が懐かしい?

この神廟には、「金の成る木」というクスノキの巨樹がある。
家康が「金の成る木」について家臣に説いた故事にちなんでいる。
しかし、あくまでも家康が描いたという金の成る木にふさわしいとして、後付けで呼ぶようになったらしい。

s-DSC01843.jpg



そういえば、社殿脇にも樹齢650年という「大蘇鉄」もあった。

s-DSC01854.jpg



ロープウェイ駅舎に戻る前に、久能山東照宮博物館で家康の洋時計や鎧兜・刀剣などを見学した。

静岡県立美術館では、家康没後400年を記念して「徳川の平和(パクス・トクイガワーナ)250年の美と叡智」と題した展覧会が開催されていたので、これも観覧。

若冲の白いゾウ(白象群獣図)をはじめ、狩野派などの徳川の平和の時代に花開いた屏風、図画などが展示されていた。


国宝東照宮の建造物、博物館、美術館の工芸品、絵画など美術品をたっぷりと見学し、徳川時代に浸った一日だった。

それにしても、「聖なるライン」は、やはり気になる!


【本ブログ内関連記事リンク】

中国文明と縄文文化 - 兵馬俑展と三内丸山、登呂遺跡

伝統とミシュラン星 宝登山神社 -秩父の神社と巨樹(3)

夜祭と甚五郎彫刻 秩父神社 ー 秩父の神社と巨樹(2)

温泉と避暑リゾート、世界遺産 -国立公園 人と自然(20)日光国立公園

 

 

 


ル・コルビュジエの世界 ― 祝 世界遺産登録 国立西洋美術館 [日記・雑感]

去る7月17日、イスタンブール(トルコ)で開催されていた「世界遺産委員会」で「ル・コルビュジェの建築作品」が世界遺産に登録されることが決まった。
トルコ軍クーデター未遂事件のあおりを受け、当初の予定より1日遅れての決定だ。

世界遺産登録が決まった作品群は世界7か国の17作品で、近代建築運動に大きな影響を与えた(顕著な貢献)のがその理由だ。

世界に散らばる建築物を一つの世界遺産としたのは初めて。
この中には、上野の国立西洋美術館(東京都台東区)が含まれている。

s-DSC01258.jpg


日本で16件目の文化遺産で、自然遺産を含めると20件目の世界遺産となる。
このところ日本では、毎年世界遺産が登録されている。

登録決定の報を受けて、地元では東京都で初となる世界遺産の祝賀ムードが大いに高まっているという。
決定翌日には、国立美術館前は開館時間前から長蛇の列だったそうだ。

ル・コルビュジエの建築作品は、身近に見られるコンクリート打ちっぱなしなどの鉄筋コンクリート建築の先駆的な役割を担ったもので、外壁がなく柱で支えるピロティ形式や屋上庭園など、現在では当たり前の合理的・機能的なデザインを提唱したとされている。

まだ登録決定前だったけれど、6月の「カラヴァッジョ展」の際に撮影してきた。

s-DSC01497.jpg


西洋美術館の外観にも、ピロティやスロープなどのデザインが盛り込まれている。

s-DSC01235.jpg


外観だけではない。内部にも折れ曲がった長いスロープや太い円柱、光を取り入れる天窓などがある。

s-DSC01238.jpg

s-DSC01241.jpg


通常の美術館であれば展示面を広くとるべき壁面の前に、やはり円柱がある。

s-DSC01246.jpg


専門家に言わせれば、部屋の中に突き出た柱を無粋といってはいけないらしい。

窓も、それまでの中世建築の小窓とは異なり、全面ガラスで大きく開放的だ。

s-DSC01254.jpg

私は建築の専門家ではないから詳細は分からないが、やはり普通の展示空間とは違う、そこが良いのだろう??

そして、前記のように現代では当たり前の建築様式を先駆けた点が、高く評価されたということだろう。

さらに建築模型は、その複雑な構造と無限に展示空間を拡大(増設)できる設計を示している。

s-DSC01242.jpg


私は世界遺産は世界遺産でも、どちらかといえば自然遺産が専門だ。

それでも、国立西洋美術館が世界文化遺産の仲間入りをしてくれたおかげで、期せずして私の世界遺産歴訪数がまた一つ増えた。


帰りには、ブログでどなたかが紹介していた上野アメ横近くの肉屋さんのメンチカツ定食を食した。

s-DSC01259.jpg


ブログ記事のおかげで、美術展と世界遺産訪問だけではなく、食の楽しみ・思い出も加えることができた。

どなたか忘れましたが、ありがとうございます。感謝、感謝!!


【本ブログ内関連記事リンク】

祝 富士山世界文化遺産登録 -世界遺産をおさらいする

世界遺産富岡製糸場 ― 殖産興業と工女 「花燃ゆ」の時代

ほか、文化遺産、自然遺産のブログ記事多数





花菜ガーデンのユリ [日記・雑感]

前回記事で、イギリスの王立キュー植物園に触れたけれど、今回も植物園。

先日の梅雨の合間の暑い日に、神奈川県立の花菜(かな)ガーデン(平塚市)に行ってみた。

正式名は、「神奈川県立花と緑のふれあいセンター 花菜ガーデン」といい、9ha以上の広大な園内は季節ごとの草花や花木が展示されている「フラワーゾーン」と農業や園芸などを学ぶ「アグリゾーン」、さらに展示室や調理室、図書館などの「めぐみの研究棟ゾーン」から成る。

下↓は、入口部の研究棟ゾーン

s-DSC01286.jpg

本当は1000品種以上というバラを見ようと思ったのだが、やや時期も遅く、代わりにユリが盛りだった。もちろんバラも咲いてはいたけれど。

s-DSC01265_2.jpg

代表的なのは、やはりヤマユリ。純粋の日本産ヤマユリかどうかは不明だけれど、オリエンタル系とか。
ブログでは香りをお届けできないのが残念だ。

s-DSC01267.jpg

ほかにも、ササユリやカノコユリ、カサブランカなどのピンクやイエロー、ホワイトの色とりどりのユリが咲き乱れていた。

写真は広い園内のユリのほんの一部。
暑いので、風通しの良い木陰の小高い丘に咲いていたユリだけで失礼!

s-DSC01272.jpg

s-DSC01273.jpg

s-DSC01270.jpg

s-DSC01274.jpg

s-DSC01285.jpg

s-DSC01281.jpg


木々の合間には、まだアジサイも。

s-DSC01277.jpg

美しいブルーのアジサイは、その名もハワイアン・ブルー。

s-DSC01275.jpg


昨年は、箱根湿性花園でもニッコウキスゲやヒメサユリ(オトメユリ)も見た(「青いケシの花に誘われて」)。

s-DSC08038.jpg

s-DSC08087.jpg


でもやはり、植物園ではなく、自然の中で野生のユリを見た~い!!!!

写真は、昨年の尾瀬でニッコウキスゲ(上)とコオニユリ(「夏の想い出 - 久しぶりの尾瀬訪問」)。

s-DSC08594.jpg


s-DSC08595.jpg



(追伸)
昨晩(7月16日)のNHKBSプレミアム 「体感!グレートネイチャー」で、ボルネオ島の石灰岩洞窟と熱帯林研究用のクレーンが出てきました。

巨大石灰岩洞窟があるのは世界遺産にもなっている「グヌン・ムル国立公園」、林冠研究用クレーンがあるのは「ランビル・ヒルズ国立公園」で、ともにマレーシアのサラワク州。

本ブログでは、グヌン・ムルではないけれど、ツバメの巣もある石灰岩の巨大洞窟がある「ニア国立公園」と林冠クレーンのある「ランビル・ヒルズ国立公園」を紹介しているので、よろしければご覧ください。

s-DSC00139.jpg


s-DSC00434.jpg



【本ブログ内関連記事リンク】

碧い宝石 ヒスイカズラ

アジサイとシーボルト  そしてプラントハンターと植物園

青いケシの花に誘われて

巨樹との再会に思う

夏の想い出 - 久しぶりの尾瀬訪問





新緑の鞍馬寺・貴船神社 義経伝説とパワースポットを追って(3) 愛のパワースポット 貴船神社 [日記・雑感]

前回のなんとなくおどろおどろしいパワースポット魔王殿から急な山道をひたすら下る。
逆回りの登り道でなくてよかった!

ほどなく、賀茂川の上流となる貴船川に出る。ここは鞍馬寺の西門に当たる(↓写真の中央左奥)。

s-DSC01056.jpg

貴船では、川面に組んだ床で鮎など味わう「川床料理」が名物だ。
渓谷にはこの川床が連なっている。

s-DSC01065.jpg

川のせせらぎと新緑。これだけでも、料理の味は何倍も上がることだろう。

一人での川床料理は、風情があるか、わびしいか・・・夜の会食の予定があったため、残念ながら試すことはできなかった。

川床を横目にしばらく貴船川沿いを歩くと、「貴船神社」入口の真っ赤な大鳥居が見えてくる。

s-DSC01080.jpg

ここの貴船神社は、1400年以上の歴史を持つ水の神様で、全国に450社ほどある貴船神社の総本社だそうだ。

大鳥居の奥の参道両側には、これまた真っ赤な灯篭が立ち並ぶ。

s-DSC01082.jpg

参道をしばらく歩くと「本宮」がある。
水の神様ということで、水占いとかいうおみくじ(?)も人気があるらしい。

それだけではなく、縁結びの神様としても注目されているらしい。
実際この日も、境内では結婚式が行われていた。

これにあやかってか、拝殿には長蛇の列。
パワースポット縁結びの神は強し!!

s-DSC01062.jpg

また、貴船神社では古くから馬を奉納し、絵馬の発祥の地ともいわれているそうだ。

さらに先には、「奥宮」が。

s-DSC01067.jpg

なんでも、貴船神社はもともとはこの地に本宮があったとか。

本宮と奥宮の間の小高いところに「結社」(ゆいのやしろ)がある。
ここも、平安時代の女流歌人、和泉式部も信仰したという縁結びの神として有名だそうだ。

確かに、社には若い女性が何人も参拝していた。
良縁は、時代を超えた最大の願望だ。

s-DSC01077.jpg


貴船神社境内には、巨樹巨木も多い。
鞍馬山と同様、「全国巨樹巨木林の会」会長としては、こちらのパワースポットにも注目せざるを得ない。

本宮の入口には、樹齢400年、樹高30mというカツラの巨木がある。
根元から伸びた枝は、天に向かって八方に広がり縁起良く、また龍のごとく勢い良く立ち上っているとして、御神木となっている。

s-DSC01064.jpg

境内にはこれよりも大きいカツラの巨木もある。
カツラは水辺や湿地にもよく生育し、水の神を祀る貴船神社にもふさわしいかもしれない。

何よりも、その葉の形がハート形なのが、縁結びの神を祀る貴船神社には似つかわしいと思う。

カツラ以外にも、各地の神社に多いスギの御神木もある。

奥宮には、「連理の杉」。
連理というのは別々の木が連なって木理が通じていることで、夫婦、男女の仲睦まじく深い契のたとえとなっている。

この御神木は、杉がカエデと和合したもので、非常に珍しいらしい(↓写真のしめ縄の御神木、手前がスギ、奥がカエデ)。

s-DSC01070.jpg

同じく御神木の「相生の杉」は、同じ根から生えた2本のスギで、樹齢1000年という。
相生=相老に通じて夫婦ともに長生きの象徴だそうだ。

s-DSC01073.jpg

貴船神社は縁結びのパワースポットとして有名だけあって、御神木も「愛」に縁のある巨樹が多い。さすが!!


ところで、貴船神社は「丑の刻参り」発祥の地としても知られている。

貴船明神が降臨したのが丑の年の丑の月の丑の日の丑の刻で、これに合わせて参詣すると心願成就するという言い伝えがあったのが、丑の刻参りの始まりともいう。

しかし今では、夫に捨てられた宇治の橘姫が妬む相手を取殺すため鬼神となることを願って、鉄輪をかぶって貴船神社に丑の刻参りをし、その霊が夫から依頼を受けた陰陽師安倍晴明によって封印されたという謡曲「鉄輪」(かなわ)の物語やその後の白装束の女人が毎夜真夜中の丑の刻に藁人形を五寸釘で御神木に打ち込む呪いのほうが知られている。

私も、丑の刻参りといえば、こちらを思い浮かべた。

これも、鞍馬寺の魔王に勝るとも劣らず、おどろおどろしい話だ。

でも、よく考えてみると、呪って鬼になるのは、(能の般若面もそうだが)愛情の深さの故の業なのだ。

つまり、貴船神社は、どこまでも愛にあふれたパワースポットということだ。

もっとも、私としては、愛が深くても鬼にまでなられるのはご遠慮申し上げたいけれどネ。

いや、鬼にならせるほうが悪い?!





新緑の鞍馬寺・貴船神社 義経伝説とパワースポットを追って(2) 本殿金堂~奥の院魔王殿 [日記・雑感]

前回に続いて、鞍馬寺。

本堂の「本殿金堂」で引き返すつもりだったが、どうやら奥の院から貴船神社までのハイキングコースがあるらしい。

ということで、本堂の脇から、奥の院へ向かう。
相変わらず、事前の準備もなしの旅が続く。

s-DSC01032.jpg

途中には「霊宝殿」(宝物館)があったので、3階の国宝の毘沙門天三尊立像(平安時代)などを拝観した(写真撮影禁止)。1階には、鞍馬山の自然が展示されている。

2階には、義経や弁慶など解説展示がある。
平安末期の平治の乱で敗れた源義朝の子の義経は、ここ鞍馬寺で約10年間生活をしたという。

義経には有名な静御前のほかに、正妻として河越重頼女(むすめ)(通称、郷御前とも呼ばれているという)がいたことを初めて知った。

頼朝の追っ手から義経が逃避行を続けている際にも同行し、奥州平泉で義経と最後を共にしたという。
出身は、武蔵の国(現在の埼玉県)川越とか。勤務地が埼玉県ということもあり、なんとなく親近感が沸いてきた。

また、歌人の与謝野晶子・鉄幹も鞍馬寺と縁が深いらしく、コレクションを集めた部屋もある。
宝物館の前には、1976年に移築された与謝野晶子の書斎「冬柏亭」が建っている。

s-DSC01033.jpg

少し山道を登ると、「木の根道」という杉の根が地表を這っているところがある。
この辺りは土壌が薄く、地表すぐ下に岩盤があって、杉の根が地中深く入り込めないそうだ。
この根っこの凸凹で、幼少の義経、つまり牛若丸が跳躍の練習をしたとの伝承もあるらしい。

s-DSC01035.jpg

奥には、「大杉権現社」がある。
その名のとおり、樹齢1000年ともいわれた杉の巨木は、「護法魔王尊影向の杉」として多くの人々の信仰を集めてきたという。
しかし、残念ながら、1950年の台風で幹の中央から折れてしまい、現在はその残存部の幹が残るのみだ(↓写真の中央左の柵の中)。

s-DSC01037.jpg

ここから少し下ると、不動明王を祀る「僧正ガ谷不動堂」がある。

s-DSC01042.jpg

謡曲「鞍馬天狗」では、鞍馬天狗と牛若丸がここで出会ったという。
鞍馬天狗といえば、私は子供のころに見た映画の嵐寛寿郎(通称、アラカン)の鞍馬天狗くらいしか思い浮かばなかったが・・・カッコよかったなぁ~

更にその向かいには、「義経堂」がある。

s-DSC01044.jpg

奥州平泉で前述の正妻 河越重頼女(郷御前)と最後を迎えた義経を偲び、仙台藩主が北上川を望む地に建てた「高館義経堂」には何度か訪れたことがある。

鞍馬寺の義経堂は、この義経の魂が戻ってきて「遮那王尊」として祀られているものだそうだ。

不動堂の脇には、「右 魔王堂」と記された道案内の石標が。

s-DSC01045.jpg

しばらく山道を進むと、いよいよ奥の院「魔王殿」だ。

s-DSC01046.jpg

拝殿を入ると、その奥の岩の上に小さなお堂。
これが魔王殿らしい。

護法魔法尊が祀られている魔王殿が鎮座する奇石群は、神々が降臨した磐座(いわくら)・磐境(いわさか)として信仰を集め、日本庭園の源流ともいう。

s-DSC01051.jpg

その後は、魔王殿から、ひたすら山道を貴船に向けて下った。

s-DSC01053.jpg


ここまで鞍馬山には「魔王」の文字があちこちに刻まれていた。
前回記事の「魔王の滝」「魔王之碑」、そして今回の「護法魔王尊影向の杉」「魔王殿」など。

魔王殿には、650万年前に人類救済の使命を帯びて金星から降臨した魔王尊が祀られているという。
エッ 本当?!

魔王、すなわち護法魔法尊は金星人、異星人?

本殿金堂前の金剛床(前回記事)を含め、魔王の降臨によるパワーは、多くの修行者を招き、育て、そして現在も国内随一のパワースポットとなっているらしい。

確かに山全体にこれだけ「魔王」が溢れていれば、そんな気もする。

それにしても、魔王が金星人とは知らなかった(しつこい?)。


ご訪問いただきありがとうございます。
なかなか皆様のブログに訪問できないのは相変わらずですが、まとめ読みで失礼ながら少しずつ時間を見つけて読ませていただいてます。
いろいろと癒される・楽しい話題、役に立つ記事等ありがとうございます。





新緑の鞍馬寺・貴船神社 義経伝説とパワースポットを追って(1) [日記・雑感]

京都には何度も訪問しているが、まだまだ訪れていない場所も多い。
牛若丸の故事で有名な「鞍馬寺」もその一つ。

s-DSC01015.jpg

前回の葵祭行列は幸運な番狂わせだったが、今回は当初からの予定。

葵祭行列を見た京都御所から、鞍馬寺への足となる叡山電車の始発駅出町柳まで歩いた。
出町柳駅の近くには、葵祭と縁の深い下鴨神社がある。
葵祭の行列もここに立ち寄り、休息する。

下鴨神社に向かう葵祭の行列が鴨川を渡る際には、上流側の出町橋を通過するが、一つ下流の加茂大橋も出町橋から溢れ出た人々の列が続く。

s-DSC01004.jpg

出町柳を出発した叡山電車の市原駅~二ノ瀬駅の間は、秋は「もみじのトンネル」と呼ばれるそうだが、この時期はカエデの新緑が美しい。
この区間に差し掛かると、車内アナウンスが流れて、電車のスピードもグッと遅くなる。

s-DSC01006.jpg

車内が空いてから気が付いたが、座席も片側列は窓側を向いていて、景色を楽しむことができるようだ。

s-DSC01007.jpg

終点の鞍馬駅はクラシックな造りの駅舎だ。

s-DSC01008.jpg

s-DSC01009.jpg

門前の食堂で腹ごしらえをして、仁王門からいよいよ鞍馬山に入る。
ちょうどケーブルカーは整備で運行停止中(現在は運行再開)。
もっとも、運行されていても歩いたけれどね。

s-DSC01013.jpg

しばらく上り坂を進むと、魔王の滝。

s-DSC01017.jpg


魔王の滝や魔王之碑、さらには奥の院の魔王殿など、境内には「魔王」の付くものがやたらに多い。
その理由は、後のお楽しみ!

次に現れる鞍馬の火祭で有名な「由岐神社」の拝殿は、豊臣秀頼による再建の桃山建築で、国の重要文化財に指定されているという。

s-DSC01019.jpg

上の写真の拝殿の奥に見えるのは、「大杉さん」と呼ばれ親しまれる樹齢800年ともいう御神木「大杉社」(別名、願掛け杉)。

全国巨樹・巨木林の会会長としては、ここはチェックせざるを得ない(笑)

s-DSC01020.jpg

本殿も豊臣秀頼による再建という。

s-DSC01023.jpg

本殿脇の狛犬も、重要文化財に指定されている。
本物は京都国立博物館に寄託されており、これはレプリカのようだ。

s-DSC01024.jpg

さらに階段などを登ると、いよいよ鞍馬寺本殿金堂。
本殿前の地面に描かれた金剛床の中心に立つと宇宙エネルギーを感じることができるという。


s-DSC01028.jpg


写真の外人観光客も感じることができただろうか?

パワースポットも、観光立国ニッポンの売り物!?

このあと、奥の院へは次回に続く。

ご訪問ありがとうございます。

しばらくの間(というか、いつものことですが、来月初旬までは特に)、まとめ読みもできない状態が続きます。ご容赦のほど、よろしくお願いします。

【本ブログ内関連記事リンク】

幸運!! 京都 葵祭

京都 賑わいの内と外

巨木フォーラム in小豆島(2) ― 小豆島の巨樹めぐり







幸運!! 京都 葵祭 [日記・雑感]

先週の京都での月曜日の用務が朝からなので、前日(15日)に京都泊にした。
京都駅に着いて観光パンフレットをもらうために案内所に行ったら、その日は「葵祭」だという。
知らなかった!

京都御所からの行列出発に間に合いそうなので、急いで地下鉄で向かった。

御所出発の境町御門前は、大変な人だかり。

s-DSC00966.jpg



行列に向かって、一斉にカメラを向ける。

 

s-DSC00962.jpg


とても写真を撮るどころではないので、行列の先のほうに移動しようとしても、歩道も身動きができない。


 そこで裏通りに向かったら、ここも多くの人が先を急いでいた。

s-DSC00968.jpg



河原町通の手前で行列を見ることにした。
次々と、平安貴族の姿をした列が通り過ぎていく。

s-DSC00970.jpg

s-DSC00976.jpg

s-DSC00982.jpg


s-DSC00985.jpg


s-DSC00990.jpg


沿道は、カメラの列。

s-DSC00988.jpg


s-DSC00990.jpg


s-DSC00997_2.jpg


s-DSC00999.jpg


旅に偶然は多いが、こんな幸運は何度あってもいいものだ。



ご訪問ありがとうございます。

いつものことながら、 皆さんのブログへの訪問は、時間ができたときに数回分をまとめてになってしまいます。
特に6月初旬まではなかなかまとめての訪問も難しいかも。ご容赦ください。


春の発見 保育授業から [日記・雑感]

春の明るさが一気に吹き飛んでしまった熊本初め九州の地震被災者の皆様にお見舞い申し上げます。(謹んで追記させていただきます)

さて、この時期、多くのブログでアップされる花や鳥などで、居ながらにして春を感じている。

時間がなくて、数日分の記事をまとめての訪問となり失礼しています。


私が担当している大学の授業の一つに、「保育内容(環境)」がある。
幼稚園教員養成のための選択必修科目で、文科省の幼稚園教育要領に示された5領域の一つが「環境」だ。

少しでも多くの人に、自然に感動し、季節の移り変わりにも気づいてもらいたい。
それには幼児の時からの自然体験も重要で、まずは幼稚園教諭を目指す自分たちに体験してもらうことが必要だ。

先週4月13日の授業では、大学キャンパスとその周辺で、春の訪れを感じさせるような自然の形、色、音、香り、手触りなど、学生たちに「春を発見」してもらった。

ブログ記事では残念ながら、ウグイスやシジュウカラ、キジなどの鳴き声、若葉を揺らす風の音、さらには花々の甘い香りやハナニラの臭いなどはお届けできない。

以下は、『春の発見』と題した先日の授業中とその前後数時間での「発見」された春の中から、ごく一部をご紹介。

まずは定番のサクラ。
ソメイヨシノはだいぶ葉桜となってしまったが、まだまだ花びらが残っている木もある。

s-DSC00791.jpg

それに代わって八重桜が見ごろ。

s-DSC00824.jpg


キャンパス隣接地の畑のアブラナ(菜の花)も春の代表。

s-DSC00786.jpg


これも定番、タンポポと群がるミツバチ。

s-DSC00800.jpg


かわいい坊主頭のような綿毛も、遠い旅立ちを誘う風を待っているようだ。

s-DSC00811.jpg


ヨーロッパ原産のヒメオドリコソウも今ではすっかり路傍に定着、モンシロチョウも一休み。

s-DSC00798.jpg


同じくヨーロッパ原産といわれるオオイヌノフグリ。
その名の由来(犬の陰嚢)とは似つかわない可憐な花だ。

s-DSC00780_2.jpg


キャンパス内の雑木林、コナラにも新緑が。

s-DSC00788.jpg


雑木林の足元にはタチツボスミレ。

s-DSC00767_2.jpg


同じ新緑でも、クスノキの芽吹きは赤く紅葉のようだ。

s-DSC00790.jpg


キャンパスから離れて、近くの川まで行くとカルガモの夫婦?
つがいも春の風景かな?

s-DSC00809.jpg


川土手のカラスノエンドウ(ヤハズエンドウ)にも春の訪れを告げるベニシジミが。

s-DSC00810.jpg


休耕地にはキジの姿も。これもつがいだった。

s-DSC00821_2.jpg


そして、土筆(ツクシ)はもう終わったが、スギナがその名のとおり杉林を彷彿させる姿で群生していた。

s-DSC00808.jpg



このほか、花壇などには、ここで紹介しきれないほど春の花などもいっぱい。

大学も新学期で賑やかになったが、野外も春の賑わいで溢れている。
皆さんのブログ記事もいいけれど、実際に春に触れてみることにしよう。


【本ブログ内関連記事】

春爛漫 庭先の樹花

丹沢山麓の新緑に魅せられて

春先所感 日本とインドネシア

子ども連れはワイルド?

武蔵野の雑木林と炭

初夏の浜辺の花

海辺のお散歩と夏の海浜植物

丹沢仏果山 キノコの賑わい

植物名の由来・分類





碧い宝石 ヒスイカズラ [日記・雑感]

サラワクの国立公園は一休み。
今日はヒスイカズラの話題。

小田原フラワーガーデンでヒスイカズラが満開との情報で、昨日見に行ってみた。

s-DSC00726.jpg


ヒスイカズラの前に、入口道路の満開の桜並木と花吹雪にまずは感激。

s-DSC00725.jpg


駐車場のアスファルトも桜吹雪でピンク色。

s-DSC00762.jpg


まずはトロピカルドーム(温室)へ。
熱帯の花といえばこれ。
ブーゲンビリアの大きな塊が、滝のように垂れ下がっていた。

s-DSC00749.jpg


いよいよお目当てのヒスイカズラ。

s-DSC00731.jpg


ヒスイカズラはマメ科のツル性植物で、フィリピンが原産とか。
日本のフジのような花房(花序)が50cm~1mくらいになる。
ここでは、レンガ(?)造りの休憩舎のような建造物の屋根部分から垂れ下がっている。

s-DSC00733.jpg


その名のとおりヒスイ(翡翠)色で美しい。

s-DSC00747.jpg


水鉢に落ちた花びらを浮かべてあったが、いかにもトロピカルな風情だ。

s-DSC00735.jpg


ヒスイカズラを見ていたら、ボゴール植物園(インドネシア)のヒスイカズラを思い出した(↓ボゴール植物園にて)。
ヒスイカズラを知ったのはこの時が最初で、目にした時にはその美しさに感激した。

s-CIMG0695.jpg


JICA「インドネシア生物多様性プロジェクト」(インドネシア生物多様性保全プロジェクト1参照)のリーダーとして赴任した1995年当時、しばらくの間ボゴール植物園の中のゲストハウスに宿泊していた(執務室も植物園内だった)。

そのすぐ近く(正門にも近い)にヒスイカズラはあったが、日本のように花棚を作ることはなく、ツルが巻き付いた大木から垂れ下がっているだけだった。

s-CIMG0694_2.jpg


そこでは、ヒスイカズラとともにソーセージツリー(ソーセージの木)という何とも奇妙な形の実がぶら下がる植物も一緒だった。

その名のとおり、実の形はフランクフルトソーセージに似たノーゼンカズラ科のツル性植物だ。

s-CIMG0698_3.jpg


写真↓の左がヒスイカズラ(ちょっと見にくいかもしれない)、右がソーセージツリー。

s-CIMG0698_2.jpg


フラワーパークの温室内には、このほか、バナナ、スターフルーツ、マンゴー、パパイヤなど熱帯の果樹も多い。

ヒスイカズラのように赤い花序が垂れ下がるツンベルギア・マイソレンシスというインドなどに生育する花もあった。

s-DSC00736.jpg


アリストロキア・グランディフロラというツル性の花も。
なんでも、不気味な植物NO.1とか。
確かに、色も形もあまり見かけない花だ。

s-DSC00744.jpg


開花(満開)はたった一日だけで、花の中にある袋に入ったハエなどを出さないような仕掛けがある。

しかし、前回ブログ記事バコ国立公園(ボルネオ島サラワク)のウツボカズラのような食虫植物(虫を溶かして栄養分とする)ではなく、受粉しやすいようにハエの体に花粉をたくさん付けるためのもので、雄しべが成熟して花粉がハエの体に付着すると、ハエは無罪放免となるらしい。


熱帯の植物と日本の桜吹雪を堪能した後は、小田原城近くの老舗うなぎ屋で食事。

s-DSC00763.jpg



懐かしいインドネシアの想い出とともに、新たな発見や想い出がいっぱいの充実した一日だった。


【本ブログ内関連記事リンク】

アジサイとシーボルト  そしてプラントハンターと植物園

インドネシア生物多様性保全プロジェクト1

巨樹との再会に思う

インドネシアの生物多様性と開発援助 -『生物多様性と保護地域の国際関係 対立から共生へ』出版3

インドネシアで最古の国立公園、周辺は別荘も多い避暑地 -国立公園 人と自然(番外編4)グデ・パンゴランゴ山国立公園(インドネシア)

テングザルと食虫植物の天国(2) ― 国立公園 人と自然(海外編11)バコ国立公園(マレーシア)


【著作紹介 好評販売中】 

生物多様性カバー (表).JPG高橋進著『生物多様性と保護地域の国際関係 対立から共生へ』(明石書店)

上記ブログ記事のインドネシア生物多様性プロジェクトやボゴール植物園、生物資源伝播と熱帯林破壊など、本ブログ記事に関連する内容も多数掲載。
豊富な写真は、すべて筆者の撮影。おかげさまで第2刷。

目次、概要などは、アマゾン、紀伊国屋、丸善その他書店のWEBなどの本書案内をご参照ください。











サラワク州クチンは猫の町!? [日記・雑感]

今月初めから、研究プロジェクトの国立公園管理に関する調査で、マレーシアのサラワク州に滞在している。

サラワク州の州都はクチンで、マレー語で猫の意味だ(インドネシア語でも同じ)。
そのため、街中には猫の像があちこちにある。

s-DSC09737.jpg

親猫とその足元で戯れる子猫たち


s-DSC09703.jpg

白い猫たち


「猫博物館」もあるくらいだ。

今回は行ってないが、25年前に訪れたときには、所狭しと猫の置物などが飾ってあって、まさに猫尽くしだった印象(記憶)がある。
猫好きの人にはお勧めかもしれない(現状を確認せずに、無責任かもしれないけど)。


猫の町という割には野良猫は少ないが、川沿いの遊歩道で偶然見かけた猫。
何の話をしているのかな?

s-DSC09711.jpg


とても、テレビ(NHK-BS 世界ネコ歩き)の岩合光昭さんのようにはいきませんね。


ボルネオ島は、日本の国土面積の約2倍、世界で3番目に大きな島だ。
この島の南半分は、インドネシア領で、インドネシアではこの島をカリマンタン島と呼ぶ。
北側には、マレーシア領とブルネイ王国がある。

マレーシア領は、ブルネイを挟んで、東側がサバ州、西側が滞在中のサラワク州になっている。
サラワク州は、マレーシアの一州とはいっても強い自治権を持っていて、クアラルンプールから国内線乗り継ぎなのに、空港にはイミグレーション(入管)があって、入国スタンプ(?)を押されるくらいだ。

サラワク州は、他のマレーシア地域(半島地域やサバ州)と違って、マレー人や中国人だけではなく、先住民族のイバン族の人口が多いことでも知られる。

また、19世紀後半から20世紀初頭までの100年間、イギリス人のブルック家が王様として支配したサラワク王国が存続したという特異な歴史を持っている。

猫博物館の代わりでもないけど、今回訪れたのはサラワク博物館。
1891年開館という旧館の1階には動物の標本など、2階には先住民族イバン族などの民俗資料が展示されている。
内部は撮影禁止なので、外観だけ。

s-DSC09727.jpg


美術館もある。

s-DSC09729.jpg


自然史博物館もあるが、閉館中だった。

s-DSC09730.jpg


サラワク川沿いには、猫を見かけた(↑写真)遊歩道もある。

s-DSC09713.jpg


向かい岸には、サラワク王国を偲ばせる王宮や要塞も。ラン園などもあるらしい。

s-DSC09715.jpg


中央郵便局は、コロニアル風というか、コリント様式の柱が並ぶ素敵な建物だ。

s-DSC09721.jpg

s-DSC09719.jpg



中華系住民が多いだけあって、極彩色の中国寺もあちこちに。

s-DSC09934.jpg


そこで食事も中華系が多くなり、これは骨肉茶(バクテー)。
私がよく行くインドネシアと違って、豚肉をふんだんに使った中華風マレーシアの薬膳料理だ。
スープだけでも何杯でもご飯を食べることができそうなくらい、美味しい。

s-DSC09923.jpg


それに、豚ばら肉の鉄板焼?

s-DSC09925.jpg


さらに、豚まんのでかいこと!

s-DSC09940.jpg



ネット環境があまり良くなく、アップにえらく時間がかかるので、とりあえずクチンはこの辺で。

皆さんへの訪問、いただいたniceへの返答など、しばらくできないかもしれませんが、ご容赦を。

そのうちに、国立公園報告もいたしますネ。

【本ブログ内関連記事リンク】

インドネシア通信事情 -ブログ未更新言い訳 

繋がる時空、隔絶した時空 -携帯電話・インターネット考

 

 


四万温泉と川原湯温泉 ― 千と千尋、真田丸でも脚光? 歴史ある鄙びた温泉 [日記・雑感]

冬はホッコリと温泉へ。

と言っても、今回は昨年11月下旬の四万温泉と川原湯温泉(ともに、群馬県)。

四万温泉(しまおんせん)は、四万川沿いに5地区に分かれて温泉街が点在する。

温泉の起源には諸説があるようだが、その一つは、源頼光の家臣、日向守碓氷貞光がこの地を訪れた際に、四万の病悩を治す霊泉を授けるとの神託により発見したとされている。
この四万の病を治すというのが、四万温泉の名の由来となっている。

貞光は、自分の守本尊の薬師如来を安置した堂を建立したという。
その地は、現在の四万温泉の最奥で、貞光にちなんで日向見地区と称されている。

この地に現存する「薬師堂」(国指定重要文化財、明治時代の指定当時は国宝)は、徳川家康の開幕前、時の領主、真田信幸の武運長久のために建立されたという。
ちなみに、信幸は、NHK大河ドラマ「真田丸」などでも有名な真田幸村(信繁)の実兄だ。


s-DSC09531.jpg
薬師堂本堂

本堂の手前には、信者や湯治客が泊まり込んでお参りをした「お籠堂」(町指定重要文化財)がある。

s-DSC09544.jpg
両脇が籠るための部屋で、間のアーケード部の先に本堂が

薬師堂の向かいには、かつての旅館跡地を中之条町が買い取って、源泉故事にちなんだ「御夢想の湯」という共同浴場(無料)を建設している。

s-DSC09527.jpg


入口から下に降りて浴場に入ると、内部もきれいで、四万川の渓流も望める。

s-DSC09546.jpg


四万温泉は、国民保養温泉地の第1号指定地でもある。

国民保養温泉地は耳慣れない人も多いと思うが、「温泉法」に基づいて指定されたもので、1954年に酸ヶ湯(青森県)と日光湯元(栃木県)とともに、四万温泉が第1号として指定された。

温泉法は、温泉の保全や利用の促進などのための法律で、温泉成分表示なども規定している。
所管は環境省だ。温泉が環境省というと意外に思われるかもしれないが、もともと厚生省が所管していたものを、環境庁設立(1971年)の際に、国立公園行政(自然公園法)などとともに移管したものだ。

したがって、国民保養温泉地に指定されているということは、単に泉質が良好で温泉効果があるだけではなく、健全な温泉地としての周囲の自然環境なども含めて、認定されているということになる。

その四万温泉を代表する旅館の一つが積善館で、元禄年間に建てられたという本館は、日本最古の木造湯宿建築として群馬県指定文化財にも登録されている。

湯宿が登場するアニメとして有名な「千と千尋の神隠し」のモデル、あるいは酷似していると言われる建物は海外(台湾)も含め各地に多いが、この積善館もその一つだ。


s-DSC09559.jpg


そのため、宿泊客以外にも多くの人が訪れている(私もその一人だが(*^.^*)

s-DSC09563.jpg


四万温泉の後背地には、四万川ダムにより造られた「奥四万湖」がある。
温泉成分の混入による懸濁微粒子によって青色光が散乱、反射して、湖面が深い青色や緑色に見える美しい湖だ。

s-DSC09557.jpg


「八ッ場ダム」(やんばダム)の工事現場にも出かけてみた。
半世紀もの間、地元は政治に翻弄され、最近になって本格的な工事が開始されたものとして、ご存知の方も多いだろう。

道の駅八ッ場ふるさと館の下側にダム本体が建設される。
周囲には、既にダム工事に伴う付け替え道路なども整備されている。

s-DSC09516.jpg


このダムの湖底に沈むのが、「川原湯温泉」だ。
川原湯温泉も、源頼朝が発見したという伝説を有する由緒ある温泉だ。
奇祭と言われる湯かけ祭りなどでも知られている。
現在では、旧温泉街への道は閉鎖され、新たな湖面より高い位置に新温泉街を造成している。

由緒ある川原湯温泉に入浴しないうちに閉鎖となってしまったが、最後まで残った(2014年閉鎖)共同浴場「王湯」の外観を見ることができた。
故事にちなんで、源氏の家紋の笹竜胆が入口壁面に掲げられていた。


s-DSC09518.jpg


王湯の向かいには、川原湯神社の鳥居が。

s-DSC09517.jpg


足元には供養塔なども。

s-DSC09519.jpg


これらは皆、ダムの完成とともに湖底に沈んでしまうと思うと、やはり感傷に駆られる。

そんな感傷や人々の思い出などには無頓着かのように、ダム工事は着々と進んでいる。


s-DSC09520.jpg
ダムに伴う橋梁工事現場


【本ブログ内関連記事リンク】

開祖弘法大師と源氏の盛衰 修善寺温泉から三嶋大社 - 天城越えの旅(2)



申年につき猿の姿をお年賀代わりに [日記・雑感]

新年あけましておめでとうございます

昨年中はブログご訪問ありがとうございました
本年もよろしくお願いします

今年は申年

ここ数年、元旦には干支の動物写真を掲載しているので、止められなくなりました(笑)
今年も頑張ってやります!!

昨年のヒツジに比べれば、サルはこれまで世界各地で撮りためた写真は比較的多い。
デジタルデータになっているものの中から、いくつかご披露。

まずは、私たちヒトに近い類人猿の中から、森の人オランウータン。(人間になったオランウータン
インドネシアのスマトラ島東北部のグヌン・ルーサー国立公園での遭遇(2013年撮影)。
オランウータンとの遭遇 エコツーリズム、リハビリ、ノアの方舟 -国立公園 人と自然(番外編8)グヌン・ルーサー国立公園(インドネシア)

s-DSC02782.jpg

s-DSC02781.jpg

オランウータンは、ここスマトラ島のほか、カリマンタン島(ボルネオ島)のみに生息する絶滅危惧種だ。
カリマンタン島には、ユニークな顔のテングザルも生息していて、写真も撮ったことがあるが、昔のことでデジタル化してなく劣化もしているので、掲載できない。残念!

グヌン・ルーサー国立公園では、テナガザル(ギボン)も。

s-DSC02751_2.jpg


ギボンといえば、JICA生物多様性保全プロジェクトの初代リーダーとして赴任していた頃の思い出が蘇る。(インドネシア生物多様性保全プロジェクト1

ジャワ島のグヌン・ハリムン国立公園チカニキのリサーチステーションに数日滞在することが何度もあった。(熱帯林の空中散歩 -熱帯林の調査研究

朝起床すると、まだ朝もやの立ち込める森のあちこちから、ギボンの声が波のように近づいたり遠ざかったりして木霊してくる。
そのうち、目の前の熱帯林の大木の枝が揺れだす。そして、木から木へ飛び移っていくギボンの姿を垣間見る。

朝食前にインドネシア式のコーヒー豆粉とたっぷりの砂糖が入ったコーヒーの上澄みを啜りながら、こんな光景をリサーチステーションのテラスから長い時間見続けていたことがある。(コーヒーを飲みながら 熱帯林とコーヒーを考える

そんな時に限ってカメラは手元にない。
今度こそギボンの姿を、と思ってまだ35㎜フィルム時代の重いカメラに望遠レンズを付けて待っていると、今度は声は聞こえど、枝が揺れることもない。

まるでこちらを見張っていて、からかっているかのようだった。
だから、ついにグヌン・ハリムンではギボンの写真を撮ることはできなかった。

意外と初めて訪問した人の方が、運よく写真に収めることができたりする。

ここにアップしたサルの写真も、初訪問の幸運(ビギナーズラック?)のおかげかも・・・

とはいっても、ホエザルのアップ写真は撮ることができなかった。

コスタリカのサラピキ川で、ボートでのエコツアー中に遭遇したホエザルの大群(2002年撮影)。
その名のとおり大声を発するかと思いきや、意外と静かに枝を移動するので気付かなかった。

気が付くと、頭上の枝のあちこちに黒い影が。(分かりにくいので、よくご覧くださいネ)

s-P3050047.jpg


再びグヌン・ルーサー国立公園に戻り、モヒカン模様の頭のかわいらしいトーマスリーフモンキーも。

s-DSC02738_3.jpg


かわいいと言えば、南アフリカのイシマンガリソ湿地公園(世界遺産)近くのベルベットモンキーも(2003年撮影)。

s-CIMG0141.jpg


ブータンでは、ラングール(ハヌマンラングール)と呼ばれるかわいらしいサルが、タクツァン僧院に行く途中の山道で出迎えてくれた。(ブータンで出会った動物たち ブータン報告4

s-DSC06051.jpg


またインドネシアに戻って、スマトラ島のトバ湖近くでは、道路にブタオザル(上)やカニクイザル(下)が出てくる。
別にここのサルたちは、全員が立ち上がって二足歩行をしているわけでもないけれど・・・

s-DSC02917.jpg

s-DSC02922.jpg


ブタオザルやカニクイザルなど、私たちに馴染みのニホンザルと近縁のマカク属のサルたちはアジアに広く分布している。

インドネシアのロンボック島では、道路沿い(上)だけではなく、リンジャニ山の山頂付近(下)では登山者の出したゴミを漁るまでにも。(聖なる山、トレッキングの山 -国立公園 人と自然(番外編6)リンジャニ山国立公園(インドネシア)
餌付け禁止だけではなく、登山者のマナー教育も必要のようだが・・・

s-CIMG0525_2.jpg


s-DSC00476_2.jpg


中国の峨眉山(世界遺産)では、サルは聖なるシンボルになっている。

s-CIMG0786.jpg


観光客から餌をもらうことを覚えてしまった、道路に集まるサルたち。

日光国立公園のいろは坂や中禅寺湖畔などでは、観光客から餌付けされたサルが、観光客や土産物店を襲う被害まで出た。
市では「日光市サル餌付け禁止条例」まで制定(2000年)せざるを得ない状況になった。

その日光東照宮には、有名な三猿の彫刻がある。(温泉と避暑リゾート、世界遺産 -国立公園 人と自然(20)日光国立公園

s-CIMG0492.jpg


三猿のような時を過ごして、気が付いたら取り返しのつかない事態となってしまう。
そんなことのないような今年にしたいものだ。


今年も皆様にとって良いお年となりますように


【本ブログ内関連記事】

未年につき羊の姿をお年賀代わりに

午年につき馬の姿をお年賀代わりに

巳年の植物

オランウータンとの遭遇 エコツーリズム、リハビリ、ノアの方舟 -国立公園 人と自然(番外編8)グヌン・ルーサー国立公園(インドネシア)

人間になったオランウータン

ブータンで出会った動物たち ブータン報告4

聖なる山、トレッキングの山 -国立公園 人と自然(番外編6)リンジャニ山国立公園(インドネシア)

祝 富士山世界文化遺産登録 -世界遺産をおさらいする

温泉と避暑リゾート、世界遺産 -国立公園 人と自然(20)日光国立公園

熱帯林の空中散歩 -熱帯林の調査研究

熱帯林の消滅 -野生生物の宝庫・ボルネオ島と日本

コーヒーを飲みながら 熱帯林とコーヒーを考える

最高の人生の楽しみ? ルワック・コーヒー

そのおいしいコーヒーはどこから? -スマトラ島の国立公園調査


【著作紹介 好評販売中】

 生物多様性と私たちの生活、コロンブスから遺伝子組換えの時代までの生物資源をめぐる南北対立、そして保護地域と地域社会の相克なども紹介。本ブログ記事も多数掲載。豊富な写真は、すべて筆者の撮影。おかげさまで第2刷。

高橋進著 『生物多様性と保護地域の国際関係 対立から共生へ』 明石書店
生物多様性カバー (表).JPG
 
目次、概要などは、下記↓のブログ記事、あるいはアマゾン、紀伊国屋、丸善その他書店のWEBなどの本書案内をご参照ください。

  『生物多様性と保護地域の国際関係 対立から共生へ』出版1

  『生物多様性と保護地域の国際関係 対立から共生へ』出版2 ―第Ⅱ部 国立公園・自然保護地域をめぐる国際関係
 
  インドネシアの生物多様性と開発援助 ―『生物多様性と保護地域の国際関係 対立から共生へ』出版3

  対立を超えて ―『生物多様性と保護地域の国際関係 対立から共生へ』出版4




丹沢仏果山 キノコの賑わい [日記・雑感]

初秋の一日、丹沢の宮ヶ瀬ダム近くの「仏果山」と「高取山」を散策した。

s-DSC09244.jpg

写真は仏果山

湘南海岸のわが家からは、箱根などの東西方面は車の渋滞が激しいので、休日ドライブは南北方向の丹沢方面に出かけることが多い。

仏果山もその一つで、宮ヶ瀬湖畔の大棚沢広場の駐車場から少し歩き、ハギの花が満開の登山口を登り始める。しばらくは、スギなどの人工林。

s-DSC09259.jpg

s-DSC09253.jpg


そのうちに、クヌギ、コナラなどの広葉樹林(雑木林)と移り変わり、やがてモミやイヌブナも姿を現す。

s-DSC06681.jpg

s-DSC09226.jpg


やや急な登りを終えると「宮ヶ瀬越」(663m)。


s-DSC09234.jpg


ここで、仏果山と高取山に分岐する。

s-DSC09233.jpg


初めに仏果山を目指した。

s-DSC09225.jpg

s-DSC09217.jpg


その後、宮ヶ瀬越まで引き返して、今度は高取山へ。

s-DSC09237.jpg


それぞれの頂上には鉄製の展望台。


s-DSC09238.jpg

↑の写真は高取山展望台

360度の展望で、宮ヶ瀬湖と丹沢の山稜、秦野盆地から湘南海岸方面まで、展望が素晴らしい。

s-DSC09239.jpg

宮ヶ瀬湖方面


s-DSC09241.jpg

秦野盆地方面

花も咲いていたが、
s-DSC09194.jpg

s-DSC09197.jpg

s-DSC09202.jpg

s-DSC09210.jpg

s-DSC09213.jpg

やはり秋はキノコの季節。
テングタケ類、ヒラタケ類、シメジ類・・・・
名前もわからないし、もちろん食用かどうかも・・・・

s-DSC09195.jpg

s-DSC06686.jpg

s-DSC06692.jpg

s-DSC09208.jpg

s-DSC09231.jpg

s-DSC09250.jpg

s-DSC09252.jpg

s-DSC09257.jpg

花もいいけど、キノコもいいネ!
まるで、おとぎの国に迷い込んだよう。


【本ブログ内関連記事】

丹沢山麓の新緑に魅せられて

丹沢日向薬師と日向山の紅葉


開祖弘法大師と源氏の盛衰 修善寺温泉から三嶋大社 - 天城越えの旅(2) [日記・雑感]

だいぶ間が空いてしまったが、天城越えの旅の続き。

河津七滝などを巡って(「河津七滝 天城の滝巡り - 天城越えの旅(1)」参照)、その日のお宿は修善寺温泉。

その名の由来の「修善寺」の近くの宿に泊まったところ、お寺で万灯会が催されるとのこと。
早速、浴衣に下駄の姿で出かけた。

仏教行事としての正式な万灯会は、8月20日だそうだが、観光用にそれ以外の日にもロウソクを灯すそうで、こちらはキャンドルナイトというハイカラな名前がついている。

無数のガラス筒の中のロウソクは、それだけで幻想的な気分にさせてくれる。

s-DSC09046.jpg


そしてその先の本堂の何と神々しいことことか。

s-DSC09051.jpg


地元小学生が描いた絵付きのキャンドルケースには、昆虫や乗り物などの楽しい絵が一杯。

s-DSC09050.jpg


朝の本堂は、こんな感じ。

s-DSC09057.jpg


そもそも修善寺温泉は、平安時代に密教を開いた弘法大師 空海が、河原で病気の父親の体を洗う少年のために湯を湧出させたのが始まりという。

その開湯を伝える「独鈷(どっこ)の湯」は、河原の中に今でも湧き出ていて、伊豆で最古の源泉という。

s-DSC09085.jpg


ちなみに、独鈷はインド神話の武器を模した仏具の一つで、三鈷杵などとともに密教の儀式に用いられてきた。

高松に勤務した際に巡った四国八十八カ所と高野山の朱印を表装したわが家の掛け軸。
その中心には、三鈷杵を握った空海の姿が描かれている。

s-DSC09329.jpg


弘法大師空海によって開かれた修善寺にちなみ、温泉街周辺山中には桂谷八十八カ所巡りのコースも開設されている。写真は、三十九番の薬師如来の石碑。

s-DSC09078.jpg


桂谷八十八カ所のコースにもなっている鹿山の山頂には、大正時代に老舗旅館の主が依頼した彫刻家による獅子にまたがった源義経像がある。

s-DSC09076.jpg


その麓には、伊豆最古の木造建築ともいわれる北条政子が建立した「指月殿」がある。

s-DSC09072.jpg


その本尊は、これまた伊豆最古の木造仏の薬師如来坐像だ。

s-DSC09074.jpg


北条政子は、この指月殿を鎌倉幕府第二代将軍の源頼家の菩提所として建立した。
政子の息子でもある頼家は、母方の北条家と折り合いが悪くなり、修善寺に幽閉され、入浴中に祖父の北条時政により暗殺されたという。

政争のために血を分けた息子までも巻き添えにせざるを得なかった母のせめてもの償いだろうか。
その頼家の墓(供養碑)と、暗殺後に謀反を企てたとされる頼家家臣の十三士の墓が指月殿の周囲にある。

s-DSC09075.jpg

s-DSC09081.jpg


修善寺に隣接して「日枝神社」がある。

s-DSC09059.jpg


ここには、源範頼が幽閉されていた信功院跡もある。
源義経ほど有名ではないが、源頼朝の異母弟(ということは、義経の異母兄)で、義経とともに平氏討伐に活躍したそうだ。
しかし、頼朝に謀反の疑いをかけられ、この地に幽閉されて誅殺された。墓は修善寺温泉地内にある。

日枝神社には、このほか、いくつかの巨木もある。
全国巨樹・巨木林の会の会長でもある私としては、やはりこちらも気になる。

境内にはスギの巨木も多いが、社殿左には、根元から二本に分かれた樹齢800年といわれるスギがあり、「子宝の杉」と称されている。
この二股のスギの間を通ると子宝に恵まれるとかで、通りやすいように鉄橋(梯子)が渡してある。

s-DSC09067.jpg


また、社殿裏には県の天然記念物に指定されている「日枝神社のイチイカシ」の大木も。

s-DSC09064.jpg


修善寺を後に、達磨山高原レストハウスへ。
ここは、昭和初期にニューヨーク万博に出品する富士山の写真撮影地を求めて日本各地を巡った結果、日本一の富士山撮影地として到達した場所だという。

残念ながら富士山は雲に覆われて姿を見ることはできなかったが、駿河湾の眺めは素晴らしかった。

s-DSC09086.jpg


沼津市に下って「沼津御用邸記念公園」では、大正天皇(当時は皇太子)の静養のために創られた御用邸を見学。

s-DSC09093.jpg


さらに、富士山からの地下水が湧き出る柿田川湧水群に立ち寄り。

s-DSC09097.jpg


三島市では三嶋大社へ。
ここも、源頼朝が伊豆に流されていた時に、源氏の再興を祈願した神社で、願いがかなって旗挙げも果たして鎌倉幕府の崇敬を集めた伊豆国の一宮だ。

s-DSC09104.jpg


境内の樹齢1200年を超えるといわれる国指定天然記念物「三嶋大社の金木犀(キンモクセイ)」は、満開時には数キロ先までその芳香が届くともいう。
残念ながら、夏の盛りでまだ花は付けていなかった。

s-DSC09105.jpg


今回の修善寺とそこからの帰路では、素晴らしい自然の風景を満喫するとともに、鎌倉幕府などの歴史を深く再確認し、また多くの新たな歴史上の出来事などを認識した旅だった。

これだから旅は面白い。
またどこかに出かけたくなった。


【本ブログ関連記事】

河津七滝 天城の滝巡り - 天城越えの旅(1)

榛名神社の御姿岩

行った と・こ・ろ

ジパング黄金伝説 玉山金山と竹駒神社 -被災地訪問記3

博多の社寺と巨樹 ミニ探訪




海岸の平和光景と戦争の記憶 [日記・雑感]

この9月の連休は、シルバーウィークと呼ばれているらしい。
祝日法で祝日に挟まれた平日も休日になることで実現した6年ぶりの連休だという。

先週まで各地で災害をもたらした長雨も終わり、待ちかねたように行楽地はどこも人出で一杯だ。
海の家も撤去されて寂しくなった湘南海岸にも、バーベキューを楽しむ人たちが繰り出した。


s-DSC08473.jpg

s-DSC09192.jpg

遠くには江の島、さらにその背後には三浦半島と房総半島が

茅ヶ崎(神奈川県茅ケ崎市)出身の桑田佳祐のおかげで、サザンオールスターズの歌の中には湘南海岸の地名などがたくさん登場する。

逆に、茅ヶ崎海岸は彼らの名前を冠して、今では「サザンビーチ」と称されている。


s-DSC09188.jpg

茅ヶ崎の頭文字Cのモニュメント

サザンの歌詞にしばしば登場する「烏帽子岩」。
実は、その形は戦後に大きく変わってしまった。


s-DSC09182.jpg

海の中の岩が烏帽子岩
ひとつ上↑の写真では分からないけれど、C文字の中心に烏帽子岩が見える


現在「県立辻堂海浜公園」(神奈川県藤沢市、茅ヶ崎市)となっている一帯は、もともと旧日本海軍の演習場だったが、第二次世界大戦後は連合国に接収されて在日米軍の演習場となった。

朝鮮戦争の勃発を契機に、日米安保条約に基づいて海上演習が開始され、烏帽子岩は演習場からの射撃目標とされた。このための被弾によって岩は削られ、だいぶ痩せ細った形になったそうだ。

この演習場が返還されたのは、東京オリンピック開催の5年前、昭和34年(1959年)で、ついこの間のことだ(少なくとも私の感覚では)。

そもそも、茅ヶ崎海岸は、大戦末期に連合国(米国)による本土上陸作戦(コロネット作戦)の主要上陸地点のひとつとして選定されていた。

敗戦がもう少し遅ければ、サザンビーチとして賑わうこの海岸も、欧州戦線のノルマンディー上陸作戦(地上最大の作戦)と同じような戦闘の場となったことだろう。

茅ヶ崎海岸上陸は実現しなかった(よかった!)が、連合国軍最高司令官マッカーサーが上陸した(日本に最初に降り立った)のは、海岸から北に位置する厚木飛行場だった。
彼の東京までの経路は、まさに幻の上陸作戦コロネット作戦を地で行くようなものだった。

それ以来、現在でも厚木基地として米軍の使用が続き、夜間飛行訓練による騒音などの問題も引き起こされている。

共同使用する海上自衛隊の夜間早朝の飛行訓練は、2015年7月の東京高裁で飛行差し止めの判決が出たが、米軍機については「日本国の支配が及ばない」として飛行差し止め請求は退けられた。

まだまだ戦後をひきずっている気がする。

それだけではない。海岸とは反対側に秀麗な姿で佇んでいる富士山も、東京大空襲に一役買っていたのだ。


s-DSC07392.jpg

今の時期は水蒸気が多くて富士山が見えないので、冬の写真で失礼!

グアム島やサイパン島などを飛び立った米軍機B29爆撃機は、太平洋からまずは富士山を目標に北上して日本に迫り、そこから東にルートを変えて東京を空襲したという。

海岸での平和なバーベキューの光景を眺めながら、ついつい戦争の記憶(と言っても私自身のではないが)を思ってしまうのも、安保関連法が可決制定されたばかりだからかもしれない。

いつまでも、この平和な光景が続くよう願わずにはいられない。
海岸でバーベキューを楽しむ人々のほとんどは、こんな戦争とサザンビーチとの関連を知らないだろうけれど・・・



【本ブログ関連記事】

海辺のバーベキュー そのあとで

あなたは何派? - キャンプ場での自然ふれあい

子ども連れはワイルド?

バーベキュー炭もマングローブから:マングローブの生活資源 -スマトラ島のマングローブ林から(3)

自然と癒し - 日本人は自然の中でのんびりと過ごせるか

湘南海岸の富士山夕景

ダイヤモンド富士 in湘南海岸

祝 富士山世界文化遺産登録 -世界遺産をおさらいする

原爆ドームと被爆樹木 -世界平和への願いを込めて

選挙と生物多様性




河津七滝 天城の滝巡り - 天城越えの旅(1) [日記・雑感]

8月末に伊豆天城方面に出かけた。

湘南の自宅からは、国道135号で伊豆半島の海岸線を南下して、河津町から天城山中に向かった。

河津七滝(「かわづななだる」と読みます)に立ち寄り。
伊豆では、滝を“だる”というらしい。

第1番目の「大滝」は、現在は立ち入り禁止で残念ながら見ることができなかった。

そこで、まずは「出合滝」。
二つの流れの合流するところ。
流れの白色と滝つぼの緑色が美しい。

s-DSC08980.jpg



しばらく歩いて、「カニ滝」。
ここから雨が降り出してしまった。

s-DSC09019.jpg




次の「初景滝」には、伊豆の踊子の像が。

s-DSC08983.jpg



初景滝から少し上りの道になるが、木道や吊り橋が整備されているので心配ない。

s-DSC08995.jpg



歩道の脇には「蛇滝」が。

s-DSC08990.jpg



蛇滝を上部からみると、柱状節理がよく見える。
北アイルランドの世界遺産ジャイアント・コーズウェイのミニサイズだ。

s-DSC08993.jpg


この地域一帯では、このような柱状節理をあちこちで見ることができる。
伊豆半島全体が、多様な火山や地形の標本のようなところで、日本ジオパークに登録されている。
地元では、さらに世界ジオパークへの登録を目指して、解説板などにも力が入っている。

今度は「エビ滝」。滝の形がエビの尾ひれに似ているからという。
吊り橋から覗くことができる。

s-DSC08997.jpg



その先には、勇壮な「釜滝」がある。
木道が観瀑台になっている。

s-DSC09004.jpg



釜滝の周辺も、柱状節理など火山溶岩の流れがよく見える地形・岩石の標本だ。

s-DSC09003.jpg




そこから天にまで届くような(大げさかな?)木造階段を上ると、「猿田淵」まで行くことができる。
(写真は、階段の上から下方向を見たところ)

s-DSC09014.jpg



s-DSC09008.jpg


河津七滝を後にして、天城越えの「天城山隧道」へ。

明治37年に完成したという長さ約450mの石造りのトンネルは、重要文化財にも指定されている。
電球はついているものの、水が滴り落ちて暗いトンネルを抜けるのは何となく心細くなる。
そんな思いを抱いて多くの旅人が通過したことだろう。

s-DSC09032.jpg



そのだいぶ手前の道路脇には、川端康成の「伊豆の踊子文学碑」がある。

なんでも、伊豆の踊子の映画ヒロインは、山口百恵まで6人という。
ちなみに、初演は田中絹代、そして美空ひばり、鰐淵晴子、吉永小百合、内藤洋子、そして山口百恵という。
相手の大学生役は、皆さんご自分で調べてください。

s-DSC09021.jpg




そして、氷室もあった。
冷蔵庫のない時代、ここ標高640mの天城山中で天然氷を製造し、小屋の中で保存したという。

s-DSC09024.jpg



道の駅「天城越え」に立ち寄って、伊豆名物のワサビアイスクリームを。
ワサビをクリームに練りこんだのもあるけれど、私はおろし立てのワサビがトッピングされたタイプが好きだ。

s-DSC09043.jpg



天城山中のワサビ田。

s-DSC04067.jpg



道の駅に隣接した昭和の森の奥には、「太郎杉」があるが、今回はパス。
写真は、伊豆市で開催された「第26回巨木フォーラム」(2013年11月)エクスカーションで立ち寄った時のもの。

s-DSC04074.jpg



石川さゆりの天城越えの歌詞にも登場する「浄蓮の滝」も今回はパス。
この写真も、同じく巨木フォーラムの際のもの。

s-DSC04093.jpg


ついでに、名前は忘れたが、やはり柱状節理の岩盤を滑り落ちる滝。(← 旭滝)

s-DSC04100.jpg



今回の記事作成でブログを見直したら、伊豆の巨木フォーラムはアップしていなかった。
2013年は、全国巨樹・巨木林の会が設立されて20周年の記念の年のフォーラムだった。
記念フォーラムということで、気負ってしまって、結局書き切れなかったのかもしれない。

今回の旅は、この後、修善寺温泉から沼津へと続く。

忘れないうちに続きのブログ記事をアップしよう。

そのあとに、遅ればせながら巨木フォーラム伊豆もアップしないとね。


【本ブログ関連記事】

陽光輝く海原と桜満開の伊豆半島 -国立公園 人と自然(10) 富士箱根伊豆国立公園(追補)

世界のフジヤマ、天下の険 箱根、そして踊子の伊豆 -国立公園 人と自然(10)富士箱根伊豆国立公園

巨木フォーラム 群馬・高崎・倉渕

 「祝 富士山世界文化遺産登録 - 世界遺産をおさらいする

アラン諸島の旅

 

 

 


カエルの行水? [日記・雑感]

立秋を過ぎたとはいえ、相変わらずの猛暑が続いている。

ほとんどエアコンを使用しない我が家だが、今夏はさすがに夜でもエアコンのお世話になることが多い。

その冷房で生じた水(除去された空気中の水分)を垂れ流してはもったいないので、プラスチックパックに溜めて植木などにやっている。

先日の猛暑の夜、そのパックを見ると、ちゃっかりとカエル(ヒキガエル)が鎮座していた。

我が家の庭に居ついている一匹だ。

カエルもあまりの暑さに耐えきれなくなって、行水でもしたくなったのだろうか?

もっとも、カエルはもともと幼児は水生だし、皮膚呼吸で水分も必要だから、水を求めるのも当たり前かもしれない。

ところで、『茹でガエルの法則』というのもあるけれど、世の中ジワジワと変化しているのに気が付かないと、大変なことになるかもネ。

s-DSC08816_2.jpg


s-DSC08810.jpg




あべのハルカスと月の法善寺横丁 [日記・雑感]

東京のスカイツリーにもまだ上ったことはないが、大阪のあべのノハルカスに上る機会があった。地上300mの日本一の超高層ビルだ。

s-DSC08269.jpg


エレベーターで60階まで一気に上れば、ガラス張りの展望台のハルカス300から360度の展望が開ける。

s-DSC08274.jpg


明石海峡大橋も見ることができた。残念ながら、展望マップに記載されていた京都タワーまでは見えなかったけれど。

足元もガラス張りの部分があり、ちょっとスリリング!!


s-DSC08272.jpg


58階は、60階まで吹き抜けのウッドデッキ屋外広場で気持ち良い。

s-DSC08276.jpg


トイレからの展望も抜群?
s-DSC08275.jpg


あべのハルカスから、近く(足元)の天王寺公園に立ち寄った(↓の緑地)。

s-DSC08270.jpg


公園内の茶臼山は、標高26mの古墳で、大坂夏の陣では真田幸村が布陣したとか。

茶臼山麓の池には、ウサギとカメが? いや、鵜と鷺と亀です!

s-DSC08284.jpg


道頓堀にも久しぶりに行ってみた。団体の中国人観光客でごった返していて、まさに円安景気のインバウンド(訪日外国人)を実感した。

s-DSC08286.jpg


子どもの頃に聴いた歌謡曲 藤島桓夫の「月の法善寺横丁」を思い出して、法善寺横丁にも立ち寄った。

s-DSC08287.jpg


50年以上前の歌だが、不思議と歌詞までしっかりと覚えている。まさに昭和の時代を彷彿とさせる。若い人には、何のことかわからないだろうけど。

さすがに外国人観光客や若者には知られていないらしく、表通りの喧騒に比べれば法善寺界隈はひっそりとしている。
s-DSC08293.jpg


多くの人が絶え間なく願をかけて水を浴びせるために苔むした不動明王にも風情がある。
これぞ、水かけ不動!!

s-DSC08289.jpg

 
今回は期せずして、古き昭和の風情と最新の超高層ビルを訪ねた旅となった。

 



行った と・こ・ろ [日記・雑感]

 3月もあと数日で終わり。新年度となり、あわただしくなる。
 
 この5年間ほどは、毎年2月、3月の春休み期間には、科学研究費などの調査で海外、特にインドネシアに出かけていた。
 しかし今年は、科研費の最終年でもあり、この時期の海外調査はしなかった。

 その代わりというわけでもないが、2月と3月に国内の仕事などで出かけた主なところをまとめて一挙大公開?
 時期外れの内容でスミマセン。

 JICA北海道国際センターでの研修(2月8日実施)講師として札幌に出向いた。例年講師をしている途上国の国立公園管理官などに対しての「協働型管理に向けての保護地域ガバナンス」についての講演だ。

 いままでは秋に実施されていたが、今年度は11月の世界国立公園会議(ブログ記事「第6回世界国立公園会議 inシドニー」参照)などとの日程重複もあり、この時期となった。

 2月初旬の札幌と言えば、「雪まつり」。研修の合間に大通公園の雪まつり会場に足を運んだ。

 研修前日の2月7日(日)、何とこの時期には珍しく雨!! さっぽろテレビ塔に向かう人の波も雨傘。

s-DSC07442.jpg


 季節外れの暖かさと雨のため、融け出す雪像もあったと、翌日の新聞では報じられていた。

 おかげで、8日の研修当日は、南郷のJICA研修所周辺の道路は、凍り付いてツルツルで歩くのに難儀した。さすがに札幌市内中心部の歩道は、除雪されていて乾いていたけど。

s-DSC07455.jpg
凍り付いてツルツルの道路



 雪まつり会場の巨大な雪像(ごく一部ですが)。

s-DSC07443.jpg
スターウォーズ

s-DSC07448.jpg
サザエさん一家
手前で歌っているグループと比べると大きさがわかる?

 ついでに、時計台や道庁赤レンガ館にも。

s-DSC07458.jpg
時計台

s-DSC07459.jpg
道庁赤レンガ館

 歩き疲れたところで、自家焙煎のコーヒーとシフォンケーキで、ホッと一息。

s-DSC07454.jpg




 2月中旬には、私的な旅行で房総へ。

 東京湾アクアラインを経て館山へ。館山城には、『南総里見八犬伝』ゆかりの展示品が。

 NHKテレビで放映していた人形劇の人形も展示されていたが、撮影禁止。幼かった子供たちが楽しみに観ていたが、ナレーションが坂本九だったのを今にして確認した。そういえば、そんな声の記憶もある。

s-DSC07472.jpg
東京湾アクアライン 海ほたる (遠方が房総方面)

s-DSC07478.jpg
館山城(八犬伝博物館)

 房総里見氏の八遣臣の墓が城から下がった林の中にある。
 徳川幕府の外様大名取り潰し策により、伯耆の倉吉に改易させられて悲運のうちに若死にした主君と殉死した八人の家臣。その家臣の墓から密かに分骨したのがこの墓。
 後の南総里見八犬伝の八犬士のモデルになったという。

s-DSC07482.jpg
館山城址内の城から少し離れたところにある

 
 房総半島最南端の白浜野島崎灯台へ。

s-DSC07495.jpg
後方は野島崎灯台


 温暖な房総半島は、花の産地としても有名(房総フラワーラインの途中で)

s-DSC07503.jpg




 3月3~4日には、環境行政学会総会で埼玉県飯能市を訪問し、市役所の案内で「ひな飾り展」を見学した。市では町おこしの一環として、この時期に「ひな飾り展」を開催している。
 今年で10回目という。市内の商店、個人宅などでひな人形を飾り、観光客を誘致しようというものだ。

 かつて絹織物産業で栄えた面影を残す店蔵「絹甚」(現在は市が管理)には、店一杯に市民から寄贈された段飾りが。

s-DSC07529.jpg
絹甚のファサード(正面)
立派な“うだつ”が上がっている

s-DSC07530.jpg
店内のひな飾り

 個人商店でなどにも、それぞれ代々受け継がれてきたひな飾りが。

s-DSC07526.jpg




 3月中旬に会合で湯河原温泉に行った折、「首大仏」として知られている福泉寺に立ち寄った。

 いまだに茅葺屋根の本堂も趣がある。

s-DSC07547.jpg


 その左手奥(道路入り口からは正面)に、2.5mもの陶製大仏の頭部がある。首部分だけでも迫力があるが、陶製というのも珍しい。

s-DSC07548.jpg


 尾張藩の初代藩主で尾張徳川家の始祖となった徳川義直。
 その子、光友の母は側室だった。出産の際に自分は卑しい身分だから股間から生むことはできないと言って、自ら腹を切って光友を生んで絶命したと伝えられている。

 後に徳川光友が母を偲んで渡来人の陶工に作らせたのが、陶製の釈迦如来像。
 名古屋城内に安置されていたが、紆余曲折の末、なぜか頭部だけが当地の福泉寺に奉納されたという。

 国内にも、まだまだ行きたいところはたくさんある。
 今年は海外はもちろん、国内ももっと旅行をしたいものだ。

 新しい発見が、またあるかもしれない。

 【ブログ内関連記事】

久しぶりの札幌
博多の社寺と巨樹 ミニ探訪
原爆ドームと被爆樹木 -世界平和への願いを込めて
震災被災跡地の風化 -被災地訪問記1
ジパング黄金伝説 玉山金山と竹駒神社 -被災地訪問記3


【おかげさまで第2刷決定!! 好評発売中】

生物多様性カバー (表).JPG 高橋進著 『生物多様性と保護地域の国際関係 対立から共生へ』 明石書店

 世界は自然保護でなぜ対立するのか。スパイスの大航海時代から遺伝子組換えの現代までを見据えて、生物多様性や保護地域と私たちの生活をわかりやすく解説。
 JICA研修での講義内容の保護地域ガバナンスのほか、生物多様性の必要性、三つの共生なども。

 本ブログ記事も多数掲載。豊富な写真は、すべて筆者の撮影。
  
 目次、概要などは、下記↓のブログ記事、あるいはアマゾン、紀伊国屋、丸善その他書店のWEBなどの本書案内をご参照ください。

 『生物多様性と保護地域の国際関係 対立から共生へ』出版1

 『生物多様性と保護地域の国際関係 対立から共生へ』出版2 ―第Ⅱ部 国立公園・自然保護地域をめぐる国際関係 

 インドネシアの生物多様性と開発援助 ―『生物多様性と保護地域の国際関係 対立から共生へ』出版3

 対立を超えて ―『生物多様性と保護地域の国際関係 対立から共生へ』出版4 

 

 


春爛漫 庭先の樹花 [日記・雑感]

今日は彼岸の入り。

3月は意外と寒い日が続いたが、さすがにこのところ暖かくなってきた。庭の木々も一斉に花を咲かせた。
仕事で勤務した十和田(青森県)や阿寒湖(北海道)の雪解けとともに一斉に森の花が開く雪国の春を思い出した。
あれももう、40年も前のことだ。

この数日で一斉に満開となった庭の木の花。

わが家のウメは、植わっている場所のせいか、近所のウメの開花よりも例年遅れて咲く。
今年もずいぶん遅くてやきもきしたが、やっと満開になり、あっという間に散り始めた。

s-DSC07544.jpg

春先の庭をパッと明るくするのは、毎年このサンシュウ。
今年もこの花を見ると、心が華やぐ。
s-DSC07559.jpg

アンズの花も、ここ数日で急にほころび始めた。
今年もいっぱいの実をつけるだろう。アンズジャムが楽しみだ。
s-DSC07591.jpg

木々の下の暗がりを彩るのはユキヤナギだ。
s-DSC07597.jpg

次々と花々が満開を迎える中、例年だといち早く花を付けるツバキ類が、ことしは遅い。
やっと大型の花が開き始めたが、まだまだ固い蕾が残っている。
s-DSC07600.jpg

s-DSC07598.jpg

これから満開を迎えるのは、白花のボケ。
赤花のボケはまだ蕾だ。
s-DSC07602.jpg

ユスラウメも咲き出した。小さな甘酸っぱい実をたくさん付けるのもすぐだ。
s-DSC07603.jpg

ほかにも足元には、スイセン、ヒマラヤユキノシタ、ヒヤシンス・・・たくさんの草が花を咲かせている。

花々を見るだけで、心が浮き立つようだ。やはり春は嬉しくなる。

【ブログ内関連記事】

春先所感 日本とインドネシア
野鳥の年始訪問

【おかげさまで重版決定!! 好評発売中】

生物多様性カバー (表).JPG世界は自然保護でなぜ対立するのか。スパイスの大航海時代から遺伝子組換えの現代までを見据えて、生物多様性や保護地域と私たちの生活をわかりやすく解説。
生物多様性の必要性や三つの共生なども。

 本ブログ記事も多数掲載。豊富な写真は、すべて筆者の撮影。

 高橋進 著 『生物多様性と保護地域の国際関係 対立から共生へ』 明石書店刊 2014年3月

 目次、概要などは、アマゾン、紀伊国屋、丸善その他書店のWEBなどの本書案内をご参照ください。







 


タグ:日記
前の30件 | - 日記・雑感 ブログトップ