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子ども連れはワイルド? [自然の中での余暇と癒し]

 今日も蒸し暑い。梅雨が明ければ、キャンプのシーズンだ。今回のブログは、キャンプをする目的や行動は、子ども連れのほうが大人だけのグループよりも、自然とのふれあいを求めたり、不便さを体験するためにキャンプをする傾向が強いという調査結果についてだ。

 前のブログ記事「あなたは何派? -キャンプ場での自然ふれあい」では、キャンプ場利用の際に自然とのふれあいを目的としているかどうかで、3タイプに分かれるという話をした。つまり、(A)自然志向が強く、自然体験のために来訪する利用者(自然ふれあいタイプ)、(B)キャンプ活動自体に関心のある利用者(キャンプ活動タイプ)、(C)グループ内での親睦を図ることを目的とする利用者(グループ親睦タイプ)、の3タイプだ。その際にも少し触れたが、今回も箱根芦ノ湖キャンプ村でのアンケート調査結果から、子ども連れとそうでないグループ(子供なしグループ)の違いを紹介する。(この調査では、子どもとは、中学生以下を対象とした)

 s-家族キャンプP8080802.jpgそもそも箱根に行った目的は、全体では「自然の中で休息するため」や「キャンプをするため」「グループでの親睦のため」が多い。子ども連れでもこれ自体は変わりないが、子どもなしグループと比べて、「グループでの親睦」のためと回答した割合は、統計学上有意に低かった。逆に「動植物などの自然観察」のためとする割合が有意に高かった。つまり、親睦のためよりも自然観察を求める傾向が強いといえる。小さな子どものいる家族であれば、わざわざキャンプで親睦を図らなくても、日常生活での親子のふれあいが大事なのは当たり前だけれどもね。

 同様に、キャンプ村を選定した理由も子ども連れでは、「自然の中で過ごすため」(64.7%複数回答)、「周囲の自然が良好だから」(48.4%)、「経費が安いから」(43.0%)などが多く、特に「自然の中で過ごす」と「周囲の自然が良好」とする理由の割合は、子供なしグループよりも有意に高かった。箱根に行った目的と合わせて、子ども連れのほうが子供なしよりも、総じて自然とのふれあいを求める傾向が強いようだ。

 s-VCクラフト0285.jpgさらに、キャンプ村選定理由では、「不便さを体験するため」とする割合が、子ども連れのほうが子供なしよりも有意に高かった。実際に宿泊したのは、設備の整ったケビン棟が大半だが、その設備の必要性では、テレビや電話は全体的に必要性が低かったが、クーラーと電子レンジは子ども連れと子供なしで差があり、ともに子ども連れのほうが必要性が有意に低かった。どうやら子ども連れのほうが、できるだけ都会的な生活から離れて、多少不便でも自然の中で過ごそうとする意識が高いといえるのではないだろうか。なお、オートキャンプ宿泊の割合が子ども連れで有意に高く、フリーテント宿泊は有意に低かった。これは、不便さや自然とのふれあいを望みながらも、低学年児童や幼児連れでは、フリーテントでの宿泊は親子とともに負担が大きいからと考えられる。

 しかし前の記事で紹介した欧米家族のような、キャンプ村に数日滞在して、のんびりと自然の中で過ごすことは、日本の子ども連れでは困難なようだ。その最大の理由は旅行日程に余裕がない、すなわち休日日数が少ないことだ。また、自然の中でのんびりする(数時間滞在する)ことについては、同伴の子供がじっとしていない、嫌がるなどの理由で、したくともできないと回答する親が多い。

 身近な自然が失われていくなかで、幼児期からのキャンプ場などでの自然とのふれあいの重要性が指摘されている。子どもを持つ親もそのことを意識しているのだろうが、実際には休日が少なく、施設も高いなど、なかなか実行できないようだ。

 キャンプ村での欧米人家族が、親と子それぞれに自然とふれあい、のんびりとした時間を楽しむ姿(前回ブログ)には、生活の中に根ざした自然志向が反映されているようにも思う。かつて私たちは、戦後の高度経済成長の中で欧米(特にアメリカ的な)の物質的に豊かな生活を追い求めてきたが、低経済成長と東日本大震災・原発事故によって価値観と生活感がいやでも変革せざるを得ない現代、そろそろ精神的な豊かさにも追いつきたいものだ。

 *詳細は拙論文「自然体験の場としてのキャンプ場利用者の意識と行動」(共栄大学研究論集10,pp.265-285,2012年)

 (写真上)テントでキャンプ生活を楽しむ欧米人家族(芦ノ湖キャンプ村で)
 (写真下)親子で楽しむクラフト作り(キャンプ村近くの箱根ビジターセンターにて)

 
 (関連ブログ記事)
 「あなたは何派? -キャンプ場での自然ふれあい
 「自然と癒し -日本人は自然の中でのんびりと過ごせるか
 「バーベキュー炭もマングローブから:マングローブの生活資源 -スマトラ島のマングローブ林から(3)
 「物質と便利さを求める若者気質と自己表明
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あなたは何派? -キャンプ場での自然ふれあい [自然の中での余暇と癒し]

 うっとうしい梅雨の最中だが、早くも梅雨明け後のキャンプ計画を練っている方も多いだろう。計画を立てている間も、すでに旅行やレクリエーションの楽しみが始まっている。もっとも、その計画を立てるのが面倒で嫌いだという人も多いに違いないが。

 今回のブログの話題の「何派?」は、計画を立てるときではなく、キャンプ場利用の際に、自然とのふれあいを目的としているかどうかだ。キャンプは自然の中で行うものであり、当然のこと自然とのふれあいを求めている、と多くの人が考えるだろう。確かにそのとおりではあるが、私の調査研究の結果では、キャンプの目的意識やキャンプ場での行動などから、3タイプに分類され、必ずしも自然とのふれあい志向が高い利用者ばかりとは限らない、という結論になった。また、子ども連れの利用者の方が、子どもを同伴しない利用者よりも、自然とのふれあいや不便さを志向する割合が高いことも判明した。

 s-箱根ロッジ0296.jpg調査は、箱根の神奈川県立「芦ノ湖キャンプ村」の利用者を対象に実施した。富士箱根伊豆国立公園箱根地域は、古くからの温泉や関所、神社、美術館などの文化施設、さらにはゴルフ場、寮・保養所なども多く、首都圏からの交通アクセスも便利なこともあり、わが国の国立公園でも利用者のもっとも多い地域だ。キャンプ村には、ベッド室とリビングダイニングの2LDKタイプで、バス、トイレのほか、ダイニングにはカウンターキッチンが備えられ、食器や炊飯器なども完備しているテラス付木造ログハウス風のケビンが36棟ある。また、キャンピングカーあるいはテント利用のために野外炉(かまど)や電源コンセントも付帯しているオートキャンプ場と、利用者がそれぞれ各自でテントを持ち込むフリーテントサイトがある。

 利用者へのアンケート調査でキャンプ場利用者の自然とのふれあいの場としての利用実態を把握した結果、(A)自然志向が強く、自然体験のために来訪する利用者(自然ふれあいタイプ)、(B)キャンプ活動自体に関心のある利用者(キャンプ活動タイプ)、(C)グループ内での親睦を図ることを目的とする利用者(グループ親睦タイプ)、の3タイプの存在が明らかになった。この結論に至るには、アンケート結果を統計的に解析処理したが、その詳細は拙論文「自然体験の場としてのキャンプ場利用者の意識と行動」(共栄大学研究論集10,pp.265-285,2012年)を参照されたい。

 世界各地の国立公園などで、大自然の中でのんびりと長期休暇を過ごしている家族などを見てきた私は、日本人がなぜ自然の中でのんびり過ごすような行動がとれないのか不思議に思っていた。今回の調査で明らかになったのは、必ずしも自然の中でキャンプなどで過ごすことが嫌いなわけではないが、のんびりするだけの時間的な余裕がないことだ。夏休み期間を中心とした調査だったが、箱根での滞在は平均で2.3日、キャンプ村での宿泊は70%近くが1泊だけだった。夕方に到着して夕飯、翌日は朝早くから次の目的地に出発。これでは、のんびりと自然にふれあえるはずがない。バーベキューなどのキャンプ活動そのものや、家族や知人と楽しむ親睦をキャンプ村利用の目的とする利用者が多くなるのもうなづける。

 s-キャンピングカー0164.jpg一方で、欧米人家族のキャンプ村利用者の多くは、比較的遅い時間帯での朝食後、子どもたちは湖岸や樹林内で水遊びや虫取りなどに戯れ、夫婦はケビンのベランダでゆったりと周囲の自然を眺めてコーヒーを飲みながら、会話あるいは読書で1日を終えて、再び家族揃ってケビンで夕食をとるという。そんな欧米人利用者の姿を見ていると、そもそも3タイプの利用者分類など意味がないようにも思えてくる。キャンプの目的は、バーベキューなど非日常のキャンプ生活を楽しみながらの、自然とのふれあいでもあり、家族との親睦でもあるのだ。

 またまた、のんびり生活の薦めを説いている当の私は、昨日、一昨日の土日も学会に出席していて、休日のない生活をしてしまった。これでは当分、自然ふれあいタイプの仲間入りは難しい?

 (写真上)芦ノ湖キャンプ村ロッジ
 (写真下)大自然の中でのキャンプ(ヨーホー国立公園(世界遺産)(カナダ)にて)

 (関連ブログ記事)
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インドネシアから帰国 -時間は流れる [自然の中での余暇と癒し]

 8月のインドネシア(スマトラ島とジャワ島)調査から帰国して、アッという間に10日余が過ぎてしまいました。(ブログ「南スマトラ調査」)

 いつも思うことですが、出張から帰って来て溜まった仕事を片付けなければならない時の憂鬱なこと。今回も、大学の事務的な書類作りから始まり、某国家試験の試験委員として記述式答案の採点、大学評価機構評価員として某大学の評価書類作成、某団体の機関誌編集委員として原稿の依頼、逆に自身の頼まれ原稿作成などなど、とても論文作成にまで手は回りません。本当は、9月が来年学会大会発表用の論文締め切りなのですが。

 別にこれらの仕事を引き受けなければ、夏休みの期間、のんびりと過ごせるでしょう。そもそも、海外調査にも行かなければ、のんびりできたかも知れません。しかし、とても私には、授業も毎年同じ講義、研究もしない、そんな大学教員としての生活はできそうにもありません。学外の仕事も、「頼まれるうちが花」と思って、お引き受けしています。日本人が自然の中で長時間過ごせないのは、余暇時間(自由時間)が少ないせい、などと研究発表している自分自身がこんな状態ではしょうがないですね。

 ところで、インドネシアでは前回のスマトラからのブログ報告のとおり、ランプン大学との共同研究のため、ランプン州(スマトラ島南端)全般の自然や観光状況などの概況を調査しました。その後は、西ジャワのボゴールを中心に、私が以前関わったJICAの生物多様性関係プロジェクトなどの現況を調査しました。s-熱帯林.jpg

 ランプン州には2つの国立公園、東側のゾウで有名なワイ・カンバス国立公園と西側のブキット・バリサン国立公園(世界遺産)があります。しかし、これらの国立公園の自然もかなり改変されているようです。一方で、ランプン州全体としては、観光開発もその割には進んでいません。自然や文化を残しながら、産業を発展させて、経済的にも豊かになることは、これからの課題です。

 もっとも、インドネシアで会った多くの人々、特にどこでもたくさんいる子供たちの元気な顔を想い出すとき、日本や欧米のような経済的に恵まれた生活が、精神的にも豊かで幸せな生活に通じるかどうか、懐疑的になっています。インドネシアの調査では、朝から晩まで結構きついスケジュールの日も多かったのです。むしろ、今現在の方が、机に向かっているだけです。それぞれ時間の流れ方は違います。それでも、あのインドネシアのゆったりとした時間の流れは独特です。多少不便でも、のんびりとした生活も、それなりに捨てがたい。これも、前記のように、先進国で時間に追われた生活をしている者の戯言でしょうか。

 時間がないと、愚痴をこぼしているにしては、長々と帰国報告をしてしまいました。この辺でやめて、詳細は後日にしましょう。それにしても、このところの日本(私の住んでいる南関東)の猛暑(残暑)と雷を伴った豪雨は、熱帯のインドネシア以上ですね。「雷の都」との異名を持つボゴールも負けそうです。

 (写真) 熱帯林の内部(キャノピーウォークから俯瞰)(グヌン・ハリムン・サラック国立公園(インドネシア)にて)

 (関連ブログ記事) 「自然と癒し
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自然と癒し -日本人は自然の中でのんびりと過ごせるか [自然の中での余暇と癒し]

 夏休みともなると、旅行などで野山や海、湖など自然の地域に出かけることが多くなる。森の中に住んだヘンリー・D・ソローの「森の生活」を引き合いに出すまでもなく、人類は自然の中に「癒し」を見出し、特に現代人は自然を求めている。内閣府の世論調査でも、多くの現代日本人は自然が心にやすらぎやうるおいを与えてくれると考えていて、美しい自然や風景に接したい欲求を持っている。森林浴も盛んだ。

 一方で、海外旅行先などでの経験では、草地や海岸などで長時間寝そべって時間を過ごす西欧人に比べて、忙しく動き回る日本人は長時間にわたって自然の中で滞留することは苦手のように思える。たとえば、生物多様性条約第1回締約国会議がカリブ海のリゾート地バハマで開催された時、宿舎と会議場を日に何度となく往復する私が目にしたのは、朝から夕方まで浜辺のデッキチェアーで読書をしている欧米の観光客の姿だった。それに対して、日本人カップルは浜辺にやってきて欧米人同様デッキチェアーに寝そべって飲み物を注文したものの、飲み終わるとそそくさと立ち去ってしまった。この間せいぜい30分。おそらくはパラセーリングなどのよりアクティブなマリンスポーツにでも行ったのだろう。s-日光浴(バハマ).jpg

 バハマの日本人カップルが別に特殊なわけでもなく、長年バリ島(インドネシア)の観光を研究してきた山下晋司氏も同様の指摘をしている(「バリ 観光人類学のレッスン」東京大学出版会)。また、日本文化に造詣の深い米国人アレックス・カー氏は、著書「美しき日本の残像」(朝日新聞社)の中で現代日本人の自然との接し方について、次の体験を紹介している。「こうして自然を讃えることはもう現代の人たちには理解できないことかもしれません。このあいだ、友人はこう言いました。『ただ山の自然を見に行くことは退屈なことです。することがあって、初めて自然が面白くなる。例えばゴルフとかスキーとか』。ひょっとしたらそのすることがあっての自然しか今の人たちにはわからないかも知れません。だから自然を破壊してゴルフ場やスキー場を次々建てなければならないのでしょう。」(アンダーライン部は、原著では傍点)

 私は自然公園の管理に関する研究の一環として、箱根で「自然の中での長時間滞留」についての調査をした。夏休みの間、桃源台にある「箱根ビジターセンター」と「芦ノ湖キャンプ村」でのアンケートで、日本人が自然の中で過ごす意識を探ろうとしたものだ。以下は、その調査結果からの考察である。なお、この調査では、「長時間滞留」とは、読書や会話など以外に特別な行動を伴わず、1か所におおむね2時間以上滞留することとしている。

 多くの人(約70%)は、自然の中での長時間滞留の経験があり、半数(51%)は長時間滞留を好んでいるという。しかし、ビジターセンターとその周辺広場での滞留時間は、70%が2時間以下であり、30分から1時間が42%を占める。1時間以上の滞留者でも、ビジターセンターの展示・映像等の見学(48%)や周辺園地の散策(43%)が大部分で、後に続く休憩スペースでの休息(29%)や周辺園地での休息(24%)はグッと少なくなる(ともに、複数回答)。日本人が自然の中で長時間滞留をしたくてもできない理由は何だろうか。アンケート結果では、「旅行日程上余裕がない」のが最も多く(43.5%)、「できるだけ多くの場所に行きたい」(34.8%)、「じっとしているのが苦手・落ち着かない」(28.3%)などである。さらに「日焼け・虫さされが気になる」「つまらない・飽きる」、中には「せっかくお金をかけて来ているのにもったいない」という人もいる。ブログ長時間滞留理由.jpg

 芦ノ湖キャンプ村には、テラス付ログハウス風のケビンがあり、2部屋の寝室とカウンターキッチンのリビングダイニング、さらにバス、トイレ、食器なども完備しており、人気が高い。ここでの宿泊を選択した理由(目的)は、「自然の中で長時間過ごす」ためが最も多く(54.7%)、次いで「経費が安い」(48.4%)、「周囲の自然が良好、静かなため」(46.9%)、「ケビンが気に入っているため」(42.2%)、「なにもしないでゆっくりするため」(26.6%)、「都会の生活から離れるため」(25.0%)、「共同炊事などを通じての親睦のため」(21.9%)、「散策・登山の拠点のため」(15.6%)などが続いている(複数回答)。夜間就寝中を除いて、長時間滞在した場所は、ケビン内が大半(67.7%)で、湖岸や樹林内は19.3%、野外キャンプエリアまたはバーベキューガーデンが6.5%、その他レストラン、多目的ホール等が6.5%となっている。長時間滞留場所での行動は主に、食事(準備・片付けを含む)(41.9%)と会話(35.4%)が多く、散策(24.2%)、ゲーム(11.3%)(複数回答)と続き、さすがに仕事の人はいない。

 キャンプ村滞在日数は半数近く(47.6%)が1泊だけであることを考慮すると、どうやらキャンプ村での生活は、夕方に到着してバーベキューなどの食事をし、翌日午前中(チェックアウトは午前10時)には出発していくことになりそうだ。これでは、自然の中に滞在した実感は味わえないのではないだろうか。一方で欧米人家族利用者の多くは、遅い時間の朝食後、子供たちは湖岸や樹林内で水遊びや虫取りなどに戯れ、夫婦はケビンのベランダでゆったりと周囲の自然を眺めてコーヒーを飲みながら、会話あるいは読書で1日を終えて、再びケビンで夕食をとるというパターンだ。もっとも、欧米人でも最近はのんびりとリゾートライフを楽しむ余裕はだんだん無くなってきているらしいが。

 少なくとも昭和初期頃までに来日した欧米人の目には、日本人がのんびりしていると映った。どうやら、経済の発展と共に日本人の生活のテンポが速くなり、“せっかち”さが前面に出てきたようだ。時間に追われている現代の私たちにとって、普段の都会生活から離れて自然に囲まれたケビンでゆったりと会話を楽しみながら食事をし、あるいはゲームなどで家族や友人との絆を深めることは、この上ない贅沢なのかもしれない。

 欧米人がのんびりと日光浴を楽しむ習慣を持っているのは、高緯度で半年間は太陽に恵まれない風土もあるのだろう。5月にノルウェーでの会議の際に目にしたのは、まだ肌寒いだろうに、公園の芝生の上で上半身裸で日光浴に興じる人々だった。日本人でも、釣りのときには、釣果にじっと目を凝らして”長時間滞留”している。これには、一見のんびりしているようでも、餌の付け替えなどむしろ短気な人に向いているともいうが。あるいは、小笠原の父島「ウェザーステーション展望台」では、沖合のクジラの姿が見えるまで長時間待ち続ける人も多い。
 
 自然の中での長時間滞留では、目的意識があるかどうかで、それを苦痛と感じるどうかが変わってくるのかもしれない。時間に追われ、時間を消費するのではなく、自らの時間を創り、はるか以前から人類に脈々と流れる自然の時間を大事にしたいものだ。

 (写真) 海岸でのんびりと日光浴に興じる親子連れ(バハマ・ナッソーにて)

 (この記事は、論文「自然の中での長時間滞留」(余暇学研究7、2004)および「キャンプ場利用と自然の中での長時間滞在」(余暇学研究9、2006)をもとに書き下ろしたものです。引用文献の表示・一覧等は省略しました。)
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