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朝鮮半島DMZ、北方四島、そして南極 -国際平和公園(2) [保護地域 -国立公園・世界遺産]

ご訪問ありがとうございます。
定期的な更新もできず、皆様のブログへの訪問も数回分をまとめてということになってしまいますが、ご容赦ください。

今回は、先週の続き、世界平和のための「国際平和公園」です。



このところの北朝鮮の挑発でキナ臭くなった朝鮮半島だが、1953 年に設定された朝鮮半島非武装地帯(DMZ)は、半世紀以上を経た今日では野生生物の聖地となっている。

DMZを平和のための「国際平和公園」として存続させることは、夢物語なのだろうか。

平和条約の締結もままならない日本とロシア両国の関係だけれども、領土問題のある北方四島では、先般、海産物養殖や観光事業などの共同経済活動が合意された。

世界遺産でもある知床国立公園(知床半島)の羅臼側からは、1000m級の雪を冠した山々が連なる国後島が横たわる姿を眼前にみることができる。

s-流氷(羅臼)_3.jpg
写真でははっきりしないが、流氷の奥には、山々の連なる国後島の姿が


手元にある第二次世界大戦前の観光案内書によると、海岸から山頂まで高山植物が咲き乱れ、各地に温泉もある、風光明媚な北方四島だという。

この地に、経済活動だけではなく、自然も両国が共同で管理する「国際平和公園」を設定することなどは、非現実的な、夢のまた夢なのだろうか。


国境によって分断された生態系。


一体、この地球上に、国境のない土地、大陸はあるのだろうか?

ある! それが南極大陸だ。

地球で最後の陸上フロンティア、南極は、地球温暖化による氷山の融解、棚氷の崩壊やフロンガスなどによるオゾン層破壊に伴うオゾンホールの出現など、まさに地球規模の環境問題の現場でもある。

降り積もった氷雪は、3000mもの厚さの氷床となり、そこには当時の大気が閉じ込められていて、太古の二酸化炭素量などを計測することができる。

50万年以上前の氷床コアも掘削され、それらの分析などによると、産業革命以降に大気中の二酸化炭素濃度が急激に上昇しているのは明らかだ。

かつて、南極の氷でオンザロックのウィスキーを賞味する機会があった。
パチパチと音を立てて氷から湧き出る太古の空気にロマンを感じ、安物ウィスキーが上品な味に思えた。

話は脇道に逸れたけど、南極は、人類共通の財産として「南極条約」(1959)により領土権や採掘権が凍結されている。

s-南極条約会議1995.jpg
1995年に韓国ソウルで開催された南極条約協議国会議に出席


そこで、ペンギンなどの生き物と南極の自然環境を保護するため、世界共通の「南極世界公園」が構想されている。

この構想は、第2 回世界国立公園会議(1972)で「世界公園」化の勧告が採択され、1989 年の第44 回国連総会でも支持されたものだ。

現在までのところ世界公園自体は設定されていなけれど、資源利用や観光客の増加による環境汚染などの懸念から「環境保護に関する南極条約議定書」(1991)が合意されている。

日本も、国内法として「南極地域の環境の保護に関する法律」(1997)を制定し、設定された南極特別保護地区への立ち入り制限などを規定している。

しかし南極は、決して紛争のない平和の大陸として保証されているわけではない。
単に「領土請求権が凍結」されているだけなのだ。


国境を越えて共同管理されている国際公園は、人間の都合で線引き分断された生態系の保全などに貢献している。

さらに進めて、国際平和への道程として国際平和公園が世界各地で拡大されると良いのだけれども。

それにしても、南極は私が未だ訪問したことのない唯一の大陸だ。
いずれは訪問したいけれどね・・・

【本ブログ内関連記事】

国立公園と国際紛争 ―国際平和公園(1)

知床旅情と世界遺産で急増した観光客 -国立公園 人と自然(5) 知床国立公園

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世界遺産への期待と多難な課題 - 国立公園 人と自然(22) やんばる国立公園

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国立公園と国際紛争 ―国際平和公園(1) [保護地域 -国立公園・世界遺産]

このところ、北朝鮮のミサイルや核実験とその制裁措置のニュースが連日のようにマスコミを賑わしている。

そうでなくとも、過激派組織IS(イスラム国)とイラク軍との戦闘や欧米などでのテロ事件、さらにはアフリカなどで続く民族紛争など、世界では各地で戦闘状態が続いている。

前回のブログ記事では、沖縄の米軍基地に関連して「国際平和公園」について触れた。(「世界遺産への期待と多難な課題 - 国立公園 人と自然(22) やんばる国立公園」)

「国際平和公園」(International Peace Park)は、平和と国際間協調の促進のために設定管理され、国境紛争などの解決への貢献も期待されるものだ。


この原型のひとつとして、ポーランドとスロヴァキアの国境カルパティア山脈に設定されている国立公園がある。

s-s13-タトラ国立公園(ポーランド).jpg

私が訪問したポーランド側のタトラ(Tatra)国立公園は、山岳の町ザコパネを起点とし、ロープウェイも設置されているが、馬車も運行されている。

モルスキー・オコという青く美しい小さな湖などが点在する石灰岩などの山岳地で、大型シカのエルクなども生息している。

稜線部の山道は、ポーランド側とスロヴァキア側を行ったり来たりする。
国境といえども、どこかの大統領のようにフェンスを作ったりしないから、両国をまたがることもできるのだ。

日本では味会うことのできない体験だ。


残念ながら、訪問したのは40年も前で、モルスキー・オコの写真などが見つからない。
見つかったら、後日追加アップの予定。

この地域の国際平和公園(原型)としての設定は、第一次世界大戦にまでさかのぼる。

大戦前には、ポーランドも、チェコも、スロヴァキアも、国としては存在していなかったのだ。
大戦後にポーランドやスロヴァキアなどは独立(建国)したが、その際の国境紛争を解決するためにクラコフ宣言(1924 年)が締結された。

これに基づいて、タトラ国立公園、ピエニンスキ(Pieninsky)国立公園などを両国で共同管理するための連絡協議会が設立されたというわけだ。

当時はまだ、国際平和公園などという呼称はなかったが、まさに今日でいう国際平和公園そのものだ。

その後、1932 年には北アメリカでウォータートン・グレイシャー(Waterton-Glacier)国際平和公園が設定された。

カナダ側のウォータートン湖国立公園と米国側のグレイシャー国立公園を核とした両国の保護地域により構成され、世界で最初の公式な国際平和公園でもある。

1995 年には世界自然遺産にも登録されている。



国際平和公園は、生物多様性や文化資源の保護のために国境を接している国々が協定を結び、国境(または地域)を越えて管理協力するために設立された「国境を越えた保護地域」(Transboundary Protected Area: TBPA)のひとつだ。

山岳の生態系では、往々にして稜線が国境となることが多い。
この国境により、連続的で広範な生態系も分断されてしまう。

いくら良好な自然が保護地域になっていても、それぞれの国ごとに個別の基準で管理され、あるいは一方が保護地域でも他方は保護地域に指定されていないなどの場合もあり、生物多様性保全上は必ずしも十分とはいえない。

そこで登場したのが、「国境を越えた保護地域(TBPA)」だ。
世界では、200カ所以上のTBPAが設定されていて、関係国は100ヵ国以上、TBPAを構成する各国の保護地域数は600を超える。

バルカン半島のアルバニア、ギリシャ、マケドニアの3 国にまたがる二つの淡水湖大プレスパ湖と小プレスパ湖を中心とするプレスパ(Prespa)国際公園は、2000 年に設定された。

私が訪問したのは、アルバニアのプレスパ湖国立公園だ。


s-s13-プレスパ国立公園DSC01234.jpg
対岸はマケドニア。さらにギリシャにも大地は続く。

s-DSC01233.jpg


湖岸には町や農地が広がる。
のんびりとした平和な風景。

バルカン半島は、近年まで紛争の火種の地。
こんなところで戦火が再び起きたらたまらない。

プレスパ湖を日本海に置き換えて考えると・・・・


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新年に当たり、休暇と国立公園利用を考える - 国立公園のブランド化による外国人観光客誘致(4) [保護地域 -国立公園・世界遺産]

年末年始の休日が終わり、いよいよ仕事が本格的スタート、と思った矢先、またまた成人の日の連休。土曜日を含めれば、3連休となる。

この間、帰省を含めて、観光旅行に出かけた人も多いことだろう。
一方で、往復の移動の際の混雑を考えて、出かけるのを控えた人も多いかもしれない。

安倍政権は「働き方改革」に力を入れて長時間労働を根絶するというが、電通の女子社員自殺と過労死認定の例を挙げるまでもなく、日本ではまだまだ長時間労働がはびこり、有給休暇取得率も低い。

昔(私が大卒で働き始めた頃)に比べれば、週休二日制の普及や、いわゆるハッピーマンデーの祝日法改正など、休日が増加したものの、なお長時間労働と休暇取得の少なさは相変わらずだ。

連休といっても、2~3日では、旅先でのんびりする暇もないのが実情だ。
往復の渋滞や混雑も、休日が短く、そこに集中するからだ。

夏休みもせいぜい数日間だから、ヨーロッパで広く実施されているバケーションのような長期休暇は、夢のまた夢かもしれない。

だいぶ間が空いてしまったが、以前のブログ記事で、政府(環境省)が発表した「ナショナルパーク 国立公園満喫プロジェクト」について取り上げた(スーパー国立公園?発表 ― 国立公園のブランド化による外国人観光客誘致(1)歴史は繰り返す?インバウンドを狙った国立公園誕生 ― 国立公園のブランド化による外国人観光客誘致(2)国立公園とナショナルパークの違い? ― 国立公園のブランド化による外国人観光客誘致(3))。

外国人観光客を国立公園に誘致するプロジェクトだが、長期休暇が多い欧米の観光客の国立公園利用の形態で思い当たることがある。

以前のブログ記事「自然と癒し -日本人は自然の中でのんびりと過ごせるか」でも紹介したが、生物多様性条約第1回締約国会議(COP1)がカリブ海のリゾート地ナッソー(バハマ)で開催された時、宿舎と会議場を日に何度となく往復する私が目にしたのは、朝から夕方まで浜辺のデッキチェアーで読書をしている欧米の観光客の姿だった。

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それに対して、日本人カップルは浜辺にやってきて欧米人同様デッキチェアーに寝そべって飲み物を注文したものの、飲み終わるとそそくさと立ち去ってしまった。この間せいぜい30分。

欧米人の浜辺での「のんびり」ぶりは、この時だけではなく、あちこちで目撃した。
たとえばロンボク島(インドネシア)でも、海岸で何時間も本を読んだり、日光浴をしている人々を見かけた。

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冬季は太陽の顔も拝めない欧米高緯度地方の人々の生理的欲求かもしれないけれど・・・

富士箱根伊豆国立公園の箱根(神奈川県)の「芦ノ湖キャンプ村」での研究調査の際にも、日本人観光客は夕方到着して、翌朝は早々に出発して次の観光名所巡りに出かけていた。

これに対して、欧米人家族は、子どもたちは芦ノ湖畔で水遊びや虫を追いかけ、夫婦はケビンのテラスでのんびりとコーヒーを飲みながら談話や読書。そしてもう1泊。

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上↑の写真は、芦ノ湖キャンプ村のケビン(このテラスでのんびり)

キャンプでも日本では1泊が多いが、ロッキー山脈のヨーホー国立公園(カナダ)などではキャンピングカーで数泊して、一日中のんびりとコーヒーと読書、などの行動のグループが何組もいた。

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もちろん、欧米人でも、名所をあちこち駆け巡る観光も多い。

富士山関係の会議で富士河口湖町(山梨県)に富士急で出かけた時には、車内で富士山の写真を撮る多くの外国人観光客を目にした。

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河口湖駅は、外国人観光客でごった返して、まるで新宿駅並み。周辺の食堂も、外国人観光客だらけだった。(欧米人も多かったけれど、それ以上に中国などアジア系外国人(言語からの類推だが)が多かったような気がするけど・・・)

しかし、欧米人の国立公園での観光は、動き回るだけではなく、その間にゆったりと滞在する時間を確保する点が、日本人観光客と違うようだ。

その理由は、国民性の違い、経済的な理由などいろいろ考えられるが、大きな理由として先の箱根での調査から浮かびあがたのが、日本人には「時間がない」だった(前記「自然と癒し」参照)。

確かに、1泊2日程度の旅行では、1カ所でのんびりしていては「もったいない」のかもしれない。

国立公園満喫プロジェクトで外国人観光客の誘致を図るにしても、単に観光地の紹介や多言語化だけではなく(これらはもちろん大事だけれど)、長期滞在できるような自然(景色だけではなく、一体になることができる自然)と施設(満足できる質・量と低廉な宿泊費)が必要だと思う。

でもその前に、
日本人自身がゆったり、のんびりできる社会環境(労働環境)の確保と、
自然の中でゆったり過ごす習慣の習得のほうが必要だけれどもね。

今年は、のんびり行きたいな~!


【本ブログ内関連記事リンク】

自然と癒し -日本人は自然の中でのんびりと過ごせるか

スーパー国立公園?発表 ― 国立公園のブランド化による外国人観光客誘致(1)

歴史は繰り返す?インバウンドを狙った国立公園誕生 ― 国立公園のブランド化による外国人観光客誘致(2)

国立公園とナショナルパークの違い? ― 国立公園のブランド化による外国人観光客誘致(3)

繋がる時空、隔絶した時空 -携帯電話・インターネット考

悠久の時そして林住期 -余暇と巨樹とを考える

祭で休みは、文化か、悪弊か? -祭日と休日を考える

インドネシアから帰国 -時間は流れる







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やんばる国立公園指定 ― 世界遺産への期待と多難な課題 [保護地域 -国立公園・世界遺産]

2016年9月15日、日本で33番目の国立公園「やんばる国立公園」が指定された。

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奥深いやんばるの森(1999年11月撮影、以下同じ)

沖縄本島北部の国頭、大宜味、東の3村にまたがる陸域面積13,622ha、海域面積3,670haの国立公園で、新規指定の国立公園としては2014年3月に指定された「慶良間諸島国立公園」以来だ。(2015年3月指定の「妙高戸隠連山国立公園」は、「上信越高原国立公園」からの分離)

指定日の9月15日は、33年前に固有種のヤンバルテナガコガネが発見された日だという。

沖縄本島北部のやんばる(山原)の森は、国内最大級の亜熱帯照葉樹林で、ヤンバルテナガコガネのほか、ヤンバルクイナ、ノグチゲラ、オキナワイシカワガエルをはじめとする絶滅のおそれもある希少な固有種が生息している。

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やんばるの森の照葉樹林

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やんばるの渓流
イシカワガエルなどが生息していそう?

環境省では、これら希少種の保護活動や普及啓発を行う拠点として「やんばる野生動物保護センター」を平成11年(1999年)に設置したが、平成22年(2010年)には展示棟を全面改修して「ウフギー自然館」としてリニューアルオープンした。
ちなみに、ウフギーとは地元の方言で大木を意味するという。

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やんばる野生動物保護センター
1999年のオープン半年後(画像一部修正)

先に指定された「慶良間諸島国立公園」や本年に大規模区域拡張された「西表石垣国立公園」などと合わせて、政府では「奄美・琉球諸島」地域の世界自然遺産としての登録を目指している。

しかし、世界遺産登録までには多くの課題も残されている。

独自の進化を遂げた固有種を含む独特の生態系として世界遺産に登録された先輩格の小笠原諸島でも、外来種による固有種への影響が登録まで、そして登録後も課題だった。

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小笠原父島の海岸景観(2003年6月撮影)

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小笠原の固有植物の一種ムニンツツジ
父島時雨山にて(2002年3月撮影)


やんばるでも、ノネコを含む外来種による固有種の捕食などが大きな脅威となっている。

外来種だけではない。交通事故による小動物の衝突死、貴重昆虫やランなどの採集・盗掘などもある。

また、水資源開発や都市化、観光開発などによる影響も、やんばるの森にも迫ってくるに違いない。

そして、この国立公園の大きな課題として、「米軍北部訓練場」の返還などがある。

国頭村と東村にまたがる森林地域の約7,800haは、米軍の演習場として利用されているが、今回の国立公園指定地域には含まれていない。

その一部が今後返還される予定であり、返還後に国立公園編入も含めて検討されることになっている。

しかし現状でも、部分返還に伴うヘリパッド建設やオスプレイ運行など、沖縄本島北部地域の生物多様性への影響も懸念される材料が残っている。

国際自然保護連合(IUCN)などでは、自然保護の最大の敵の一つは戦争・紛争だとしている。
国境を超えた自然保護地域の設定により関係国の友好を促進しようとする「国際平和公園」(国境を挟んだ国立公園)も、世界で100ヵ国以上の地域に設置されている。

一方で、渡り鳥などが最も安心できる生息地の一つが、70年にわたり人間の侵入もなく、戦乱もない、朝鮮半島の非武装地帯(DMZ)だというのも、何とも皮肉だ。

そして、自然だけではなく、文化財も戦火などで破壊される例が後を絶たないのは、何とも悲しいことだ。

少しでもこれを阻止する力となりたいと思う。

【本ブログ内関連記事リンク】

祝 富士山世界文化遺産登録 -世界遺産をおさらいする

小笠原 世界遺産に登録!!

世界遺産登録 -観光への期待と懸念

世界遺産候補になった東洋のガラパゴス、ペリーやジョン万次郎も訪れた島々 -国立公園 人と自然(2) 小笠原国立公園

嵐のあとで



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国立公園とナショナルパークの違い? ― 国立公園のブランド化による外国人観光客誘致(3) [保護地域 -国立公園・世界遺産]

またまた、国立公園のブランド化による外国人観光客誘致の話題で恐縮です。

環境省の記者発表資料(2016/7/25)によると、「日本の国立公園を世界水準の『ナショナルパーク』としてのブランド化を図る」ことで、訪日外国人の国立公園利用者数を東京オリンピック・パラリンピックが開催される2020年までに1000万人にしようという。(本ブログの記事「スーパー国立公園?発表 ― 国立公園のブランド化による外国人観光客誘致(1)」参照)

ここでいう「国立公園」と「ナショナルパーク」には、どんな違いがあるのだろうか。

もともとは、「国立公園」は「ナショナルパーク(National Park)」の訳語だから、同じはずだけど。

国家や政府機関(省庁)、国際NGOなども含む多数の会員を有する世界最大の自然保護団体、国際自然保護連合(IUCN)では、世界の保護地域をその管理目的などから6種に分類している(保護地域カテゴリー)。(本ブログの記事「日本の国立公園は自然保護地域ではない? -多様な保護地域の分類」参照)

これによれば、国立公園(National Park)は、第2番目のカテゴリーとなっており、「主として生態系保護とレクリエーションのために管理される保護地域」である。

世界で最初の国立公園である「イエローストーン国立公園」(米国1872年指定)の時代から、その目的は変わっていない。(本ブログ記事「『米国型国立公園』の誕生秘話」を参照)

世界で3番目に指定(1885年)された「ロッキー山脈国立公園」(カナダ)の中心となる現在の「バンフ国立公園」のモレーン湖は、エメラルドグリーンの水色と周囲の氷河地形により、世界遺産カナディアンロッキーの中でも最も美しいといわれ、カナダの20ドル紙幣の図柄にも採用されたほどの景観を誇る。
そこは同時に、カヌー遊びの場ともなっている。

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モレーン湖(バンフ国立公園)2003年撮影


その点では、日本の国立公園も変わりがないはずだ。
当初から外国人観光客誘致のための観光が、国立公園設置の目的となっている。(本ブログ記事「意外と遅い?国立公園の誕生 -近代保護地域制度誕生の歴史」 「歴史は繰り返す?インバウンドを狙った国立公園誕生 ― 国立公園のブランド化による外国人観光客誘致(2)」参照)

しかし、IUCNと国連環境計画(UNEP)が共同して作成した世界の保護地域のリスト(国連保護地域リスト)によると、日本の国立公園の多くは、「国立公園(ナショナルパーク)」ではなく、第5カテゴリーの「景観保護地域」に分類されているのだ。

どうやら、日本の国立公園では生態系保護よりも単に絵葉書のような美しい景色の保護が中心であり、また国立公園の土地が国有地ではなく民有地が主体で原生的な自然よりも里山的な自然が中心であること、などがその理由らしい。

なるほど、何度も本ブログ記事に登場してもらい申し訳ないが、日本で最初の国立公園の一つ「瀬戸内海国立公園」は生態系保護が目的とは言い難いと認めざるを得ない。

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備讃瀬戸の島々(小豆島寒霞渓より)


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多島海に沈む夕日(小豆島より)

今回の環境省選定の8公園は、
「世界水準のナショナルパーク」として集中的に整備などを行おうとするものだという。
ということは、
単なる美しい風景を保護する「景観保護地域」としての「日本型の国立公園」ではなく、生態系保護を重視した「ナショナルパーク」ということだろうか。

でも例えば、今年2016年5月に開催されたG7サミットの会場となった「伊勢志摩国立公園」は、伊勢神宮など日本の伝統文化を有しているものの、自然の面では「瀬戸内海国立公園」とどれほどの違いがあるのだろうか。
私は伊勢志摩国立公園への訪問回数はそれほど多くもなく、誤解もあるのかもしれないが。

英虞湾(横山展望台より).JPG
日本の象徴の一つである真珠の養殖で有名な英虞湾
(伊勢志摩国立公園)



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外国人を惹きつける国立公園内の伝統文化の一つ
世界文化遺産にも登録されている日光東照宮陽明門(日光国立公園)


「世界水準のナショナルパーク」とは、必ずしもIUCNカテゴリーのNational Parkを指すものでもないのかもしれない。

しかし、単に訪日外国人を惹きつけるナショナルパークとなれば、85年前の日本の国立公園誕生とあまり発想は変わっていない?

「世界水準のナショナルパーク」の目指すところを明確にして、単なるブランド化を超えた、エコツーリズムなどの自然を求める外国人の期待に応える公園に育ってほしいものだ。

いや、その前に、国民が国立公園、そしてその自然にふれあい、誇りとするようにならないとね。



【本ブログ内関連記事リンク】

日本の国立公園は自然保護地域ではない? -多様な保護地域の分類

『米国型国立公園』の誕生秘話

意外と遅い?国立公園の誕生 -近代保護地域制度誕生の歴史

スーパー国立公園?発表 ― 国立公園のブランド化による外国人観光客誘致(1)

歴史は繰り返す?インバウンドを狙った国立公園誕生 ― 国立公園のブランド化による外国人観光客誘致(2)

新年にふさわしい国立公園、旅の原型お伊勢参りと新婚メッカの真珠の里 -国立公園 人と自然(8) 伊勢志摩国立公園

本ブログ記事の内容に関連する詳細は、下記↓の拙著をご覧ください。

生物多様性カバー (表).JPG『生物多様性と保護地域の国際関係 対立から共生へ』出版2 ―第Ⅱ部 国立公園・自然保護地域をめぐる国際関係

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歴史は繰り返す?インバウンドを狙った国立公園誕生 ― 国立公園のブランド化による外国人観光客誘致(2) [保護地域 -国立公園・世界遺産]

前回記事は、政府の「明日の日本を支える観光ビジョン」(2016年3月)は経済対策の外貨獲得のために、外国人観光客数(インバウンド)を2015年実績のおよそ2000万人から東京オリンピック開催の2020年には4000万人とする目標を設定し、そのために国立公園でも積極的に受け入れる施策を発表したことだった。


実は、これとそっくりの出来事が、今から約85年前の世界恐慌の時に起きていた!

第一次世界大戦終結後、戦場とならなかった米国では経済が好況だった。
しかしこれも長続きはせず、世界的な経済の低迷が忍び寄ってきた。

そして、1929(昭和4)年にはニューヨークのウォール街で株価大暴落が起き、世界恐慌となった。

日本では、この経済不況の1920年代後半から30年代にかけて、不況を乗り切るための外貨獲得手段として、外国人観光客の誘致が図られたのだ。

1927(昭和2)年の経済審議会の国際観光地開発答申をはじめ、国立公園協会設立(1927(昭和2)年)、国立公園調査会設置(1930(昭和5)年 閣議決定)、鉄道省に国際観光局設置(1930(昭和5)年)と相次いで関連施策が講じられている。

この政策の一環として、「国立公園法」が1931(昭和6)年に制定され、上記の国立公園調査会の国立公園候補地から順次国立公園が指定されることとなった。

最初の国立公園指定地は、1934(昭和9)年3月16日に指定された瀬戸内海国立公園、雲仙国立公園霧島国立公園の3公園で、続いて同年12月4日に阿寒国立公園、大雪山国立公園日光国立公園、中部山岳国立公園、阿蘇国立公園の5公園が指定されている(名称は、いずれも指定当時)。

これらの国立公園は、当時の「選定方針」によれば「世界の観光客を誘致できる魅力を有する」「日本を代表する自然の大風景地」として選定されたものだ。
すなわち、外国人観光客を誘致するための「国立公園というブランド」を付したものともいえる。

実際、瀬戸内海国立公園は絵葉書のような多島海景観が特徴だ。

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瀬戸内海の多島海景観(直島より)

江戸時代からの貿易港長崎に近い雲仙国立公園雲仙温泉は外国人の保養場として有名で、日本で最初のパブリックコース雲仙ゴルフ場もある。

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雲仙温泉地獄

近代アルピニズム発祥の地であり、明治時代にウォルター・ウェストンらによってヨーロッパに「日本アルプス」と紹介された中部山岳国立公園。
国立公園指定の前年1933年には、日本初の本格的な山岳リゾートホテルとして上高地帝国ホテルがオープンしている。

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涸沢カール

日光国立公園にも、明治時代に開業した日本で最古の西洋式リゾートホテルの一つ、日光金谷ホテルがあり、また中禅寺湖畔には外国大使館の別荘が立ち並び、夏になると大使館が日光に移動するとまで言われたほどだ。

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歴史文化財と自然が融和した風景(神橋)

つまり、国立公園は「自然保護」の場ではあるものの、今日一般的に理解されているような自然保護(あるいは生物多様性保全)というよりも、観光のための景色(景観)を保護するための自然保護、つまり「景観保護」という色彩が強かったといえよう。


このたび政府が発表した「明日の日本を支える観光ビジョン」での、国立公園で外国人利用者数を2020年までに1000万人としようという目標と「ナショナルパーク」ブランド化などの施策は、85年前と瓜二つともいえるのではないだろうか。

ちなみに、現在の国土交通省「観光庁」は、当時の鉄道省に設置された「国際観光局」がその起源ともいえる。


85年前の大恐慌は「国立公園の誕生」を生み出したが、今回の「観光ビジョン」とそれに続く国立公園施策では、何が誕生するのだろうか。

歴史は繰り返すというが、歴史を学び検証することによって、負の歴史は繰り返さないようにしたいものだ。


【本ブログ内関連記事リンク】


意外と遅い?国立公園の誕生 -近代保護地域制度誕生の歴史

天災島原大変とキリシタン弾圧の舞台、そして異文化の香り -国立公園 人と自然(3) 雲仙天草国立公園

神話と龍馬の霧島、縄文杉の屋久島 -国立公園 人と自然(7) 霧島屋久国立

雄大な「神の座」に遊ぶ動物たちと咲き乱れる高山植物 -国立公園 人と自然(12)大雪山国立公園

温泉と避暑リゾート、世界遺産 -国立公園 人と自然(20)日光国立公園

世界的大カルデラの魅力と草原の危機 -国立公園 人と自然(15) 阿蘇くじゅう国立公園

本ブログ記事の内容に関連する詳細は、下記↓の拙著をご覧ください。

生物多様性カバー (表).JPG『生物多様性と保護地域の国際関係 対立から共生へ』出版2 ―第Ⅱ部 国立公園・自然保護地域をめぐる国際関係







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スーパー国立公園?発表 ― 国立公園のブランド化による外国人観光客誘致(1) [保護地域 -国立公園・世界遺産]

腰痛に関しては、多くの方々から暖かい励ましのお言葉をいただき、ありがとうございました。
結局、制定後初めての「山の日」にも横になっていました(「埴輪 古代へのロマン」)。

ところで、今年初めて登場した「山の日」の8月11日。長野県松本市では記念式典が開催され、皇太子殿下ご夫妻と愛子内親王が参列されたという。親子での初の公式行事参加だそうだ。

皇太子といえば、私が学生時代に浅間山を登山をした際、下山途中で当時の皇太子(今上天皇)ご夫妻とそのお子様の浩宮(現皇太子)が登って来てすれ違った記憶がある。

軽井沢にご静養中のご一家の小浅間山登山の途中だったようだ。
鮮明な記憶ではないが、別に厳重な警護が付いていたわけでもなく、すれ違って初めて皇太子ご夫妻とお子様だと気が付いた次第だ。

それ以来(かどうかは知らないけれど)、現皇太子は山好きのようで、全国の山を踏破しているそうだ。


その「山の日」が8月11日として制定されたのは、2014年5月の国会で「祝日法」が改正されたことによる。

本来であれば昨年(2015年)から「山の日」が設けられてもよいのだが、次年(2015年)用カレンダーが印刷済みで修正が間に合わないことから、今年(2016年)が初の「山の日」となったようだ。

山の関係者(登山家、観光業者、環境保全運動家などなど)にとっては、「海の日」があるのに「山の日」がないのは不公平であり、山の日制定は悲願(ちょっと大げさ?)だった。それに、経済的、環境意識向上などの効果も見込める。

「山の日」が8月11日に落ち着いたのも、国民の祝日がない6月か8月のうち、労働時間や授業時間に影響の少ない夏休み期間中に落ち着いたという次第だ。

さらに、11日となった詳細などは、本ブログの記事「山の日制定」で記したとおりだ。


ところで、この「山の日」を前にした去る7月25日、環境省から特別に「選定した8国立公園」の発表があった。

 選定した国立公園(国立公園名と選定のポイント)
 (環境省2016年7月25日報道発表資料より)

 阿蘇くじゅう国立公園: 災害復興、カルデラと千年の草原
 阿寒国立公園: 観光立国ショーケース、エコツーリズム全体構想
 十和田八幡平国立公園:震災復興、温泉文化
 日光国立公園:欧米人来訪の実績
 伊勢志摩国立公園:伝統文化、エコツーリズム全体構想
 大山隠岐国立公園:オーバーユースに対する先進的取組
 霧島錦江湾国立公園:多様な火山と「環霧島」の自治体連携
 慶良間諸島国立公園:地元ダイビング事業者によるサンゴ保全の取組、エコツーリズム全体構想

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 阿蘇くじゅう国立公園飯田高原


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日光国立公園戦場ヶ原
背景の山は男体山


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戦場ヶ原の泉門池
食害防止のネットの切れ目からシカが侵入している
背景の山は男体山


全国にある32カ所の国立公園のうちから、訪日外国人旅行者を積極的に受け入れる公園を選定しようというものだ。

政府が経済対策のために外貨獲得を狙った「観光立国」政策を初めてずいぶん長くなった感がある。

この間の、訪日中国人の爆買いなどに象徴される外国人観光客数(インバウンド)の増加と経済的効果には目覚ましいものがある。
2012年に800万人強だった訪日外国人旅行者数は、2015年にはおよそ2000万人と倍増した。

政府は、これを東京オリンピックが開催される2020年にはさらに倍増の4000万人にする目標値を設定した(「明日の日本を支える観光ビジョン」2016年3月)。ちなみに、2030年には6000万人が目標だ。

この目標の実現のためには、国立公園も重要な観光資源となる。
そのため、32国立公園の中から、先行的・集中的に取り組む公園として上記の8公園を選定したものだ。

当初は5カ所の予定だったが、地方自治体などからの陳情も相次ぎ、地域バランスなども考慮して8カ所となったようだ。

環境省では、この8公園を世界水準の「ナショナルパーク」としてブランド化を図ることとして、「国立公園満喫プロジェクト」と名付けて実施する。

「ナショナルパーク」を「世界遺産」などと同じような新たなブランドにして、外国人観光客を呼び込もうというわけだ。

でも、日本語では従来の「国立公園」と「ナショナルパーク」の違いはあっても、英語ではどちらも "National Park"。
国内でのブランド化だけでは、外国人にその違いは伝わらないのでは?

「スーパー国立公園」(Super National Park)とでもすればよいかもしれない? 
ただしこの用語、海外でも一部の観光業者が使用しているだけで、広く馴染まれているわけではないので、使用には注意が必要だ。

いずれにしろ、この8公園だけではなく、全国の国立公園での訪日外国人旅行者数を2020年までに1000万人にするのを目標としている。
つまり、全訪日外国人旅行者数の4分の1を国立公園で受け入れようというものだ。

私は、8公園のうち「阿寒国立公園」と「十和田八幡平国立公園」の2公園に連続して、それぞれ約3年間住んでいたことがある。

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 雄阿寒岳より望む阿寒国立公園阿寒湖畔
背景の山は雌阿寒岳
(最近は訪問していないので、昔の写真で失礼!)



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十和田八幡平国立公園十和田湖の中ノ海(中湖)をめぐる遊覧船
遊覧船の先は中山半島

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十和田湖畔休屋の乙女の像(高村光太郎作)


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八甲田山中でも最も美しいといわれる睡蓮沼

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通年生活をしていたということで、雪山の八甲田も追加


短期間の観光客では味わえない世界的な国立公園(になることを希望?)の素晴らしさを体験できたのは、仕事とはいえ幸運の一語に尽きる!!

当時は、ブログもなくて、その素晴らしさを多くの皆さんに発信できなくて残念だったけど。


次回では、国立公園と外国人観光客、ナショナルパークと国立公園の違いなどについて解説する。


【本ブログ内関連記事リンク】

山の日制定

形から入る -山ガールから考える多様性

世界的大カルデラの魅力と草原の危機 -国立公園 人と自然(15) 阿蘇くじゅう国立公園

われ幻の魚を見たり 和井内貞行と十和田湖 -国立公園とヒメマスの物語(1)

酒と旅を愛した文豪 大町桂月のみた十和田とヒメマス -国立公園とヒメマスの物語(2)

桂月の奥入瀬、幻の魚見たりの十和田湖、そして賢治の岩手山 -国立公園 人と自然(1) 十和田八幡平国立公園

温泉と避暑リゾート、世界遺産 -国立公園 人と自然(20)日光国立公園

新年にふさわしい国立公園、旅の原型お伊勢参りと新婚メッカの真珠の里 -国立公園 人と自然(8) 伊勢志摩国立公園

神話と龍馬の霧島、縄文杉の屋久島 -国立公園 人と自然(7) 霧島屋久国立




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夏の思い出 - 久しぶりの尾瀬訪問 [保護地域 -国立公園・世界遺産]

8月初旬、久しぶりに尾瀬を訪れた。

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尾瀬ヶ原から至仏山の遠望


有名なニッコウキスゲの時期は過ぎたが、大江湿原には一輪の名残のニッコウキスゲが咲いていた。

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尾瀬の花は、有名なミズバショウやニッコウキスゲだけではない。
当たり前だけれども。
しかし、それを見ることができないと、まるで価値がないと思い込んでいる人々が結構多いらしい。

ニッコウキスゲは見ることができなくとも、コオニユリ、コバギウボシ、ワタスゲ、マルバダケブキ、オタカラコウ、ワレモコウ、イワショウブ、その他トンボソウ類などのラン科・・・・実に多くの花々を見ることができた。

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小淵沢田代ではキンコウカの大群落を独り占め。

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以下は、今回の尾瀬訪問で出会った花々のほんの一部(順不同)。

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  ネバリノギラン                  コバノトンボソウ

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  ホソバトリカブト?                 ミズチドリ

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  イチヤクソウ                    ツリガネニンジン

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  ツルリンドウ                    ヒツジグサ

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サワギキョウ

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ゴゼンタチバナ

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ギンリョウソウ

尾瀬で出会ったのは、花だけではない。
多くの人々とおもてなしにも出会った。

こちらは写真は省略するけれど (笑

実は、大学生時代には見晴にあるH小屋で居候をしていたことがある。
今回は、そのH小屋に45年ぶりに宿泊した。

正式なバイトではないが、宿泊代を無料にしてもらう代わりに、掃除などを手伝っていた。
大学もスト(懐かしい!“大学紛争”)で休校だったので、数週間の期間を数回という、何とものんびりしたものだ。
結果として、尾瀬の滞在期間は、結構な日数になった。

今回の久しぶりの尾瀬訪問で、そんな昔のことを思い出した。

各小屋から人夫を出して、ゴミ穴(?)を掘る作業があった。
私も、小屋主夫婦と女性従業員1名だけのH小屋から、代表(というより、人身御供?)で穴を掘った。

慣れない肉体労働のあとの休憩時に、地面に寝転んで仰ぎ見た青空を背景にした紅葉の彩は、今も脳裏に焼き付いている。

夜間に富士見峠までの八木沢新道を歩いていた時には、懐中電灯をつけなくとも、山道に自分の影が映っていたことがある。

見上げると、シルエットになったモミの木のてっぺんから、サーチライトで照らされていたのだ。
さすが東京電力の所有地、山道にまで街灯が、と思ったが、もちろんそんなはずはない。

なんとそれは、満月だった。

小屋で飼っていたいた犬の散歩で、朝もやの中を人もいない木道を犬と駆け抜けたこともある。

今から考えれば、国立公園の特別保護地区内を犬と駆け抜けるなど、国立公園レンジャーに怒られそうだ。

その頃は、まさか自分が環境省のレンジャーになるとは思ってもなかったけどネ。

半世紀近い昔の思い出を語るようでは、先が短い?

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尾瀬沼の夕日(右は燧ケ岳)



【本ブログ関連記事】

自然保護の原点 古くて新しい憧れの国立公園 -国立公園 人と自然(19)尾瀬国立公園

 

 

 


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第6回世界国立公園会議 inシドニー [保護地域 -国立公園・世界遺産]

 南半球のオーストラリアは、今が初夏。ジャカランダの紫色の花が日本の桜のように各所で満開の11月12日~19日に、シドニー・オリンピックパークで「第6回世界国立公園会議」が開催され、これに参加して先日帰国しました。

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初夏のオーストラリアでは、ジャカランダの花が満開
宿泊したパラマッタの町の公立小学校前で



 会議の参加者は、170か国から6000人以上と大規模なものだった。これだけの参加者を収容するため、2000年のシドニー・オリンピック会場であるオリンピックパークの施設が会場となったのだ。

 ところで、世界国立公園会議とは、世界の国立公園関係者が一堂に会する10 年に一度の会議で、自然保護の国際会議では最大のものである。国際自然保護連合(IUCN)と開催国の主催によって、1962 年の米国シアトルでの第1 回会議以来、72 年に米国イエローストーン国立公園で第2 回が、82 年にインドネシアのバリ島で第3 回が、92 年にベネズエラのカラカスで第4 回が、2003 年には南アフリカのダーバンで第5 回がそれぞれ開催され、今回14 年にはオーストラリアのシドニーで第6 回が開催されたというものだ。

 私は、第3回会議から今回の会議まで毎回出席してきたが、考えてみるとこの間30年間にわたるもので、日本人としては最多の参加の記録となる。

 初期のころは、国立公園管理と観光開発、野生生物保護などが話題の中心だったが、回を重ねるごとに、先住民・地域社会と保護地域の関係や伝統的知識の尊重、気候変動、外来生物、さらには食料、貿易、貧困なども含む持続可能な開発や生活と保護地域など、テーマも多彩に、かつ広範になってきた。参加者数と会議の規模、さらには日本人参加者数も、毎回大きく(多く)なり、30年前とは雲泥の差だ。

 今回も、8つの大きなテーマ(ストリーム)とそれに関連する実の多くの分科会などが同時並行に開催された。それらの会場にはエキシビションのホールやドーム、さらにはメインスタジアムの中の会議室などが当てられた。これらの会場を移動するにも、初夏の炎天下を行ったり来たり、おまけにペーパーレスでプログラムも紙媒体はなくてスマホでダウンロードするので、どこで何をやっているか、会議室がどこか、把握するのが大変だった。

 なお、私は今回の会議では、「アジア保護地域パートナーシップ」の立ち上げの会議において、昨年11月に仙台で開催された「第1回アジア国立公園会議」の第5ワーキンググループ(テーマは、保護地域に関する国際連携)の議長として、結果概要を報告した。
 このワーキンググループでの議論などが、今回のアジア保護地域パートナーシップの発足にも貢献したものと考えている。

 会議の詳細は別の機会として、今回は写真でその雰囲気をお伝えしよう。



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オリンピックパークの会議登録受付

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オリンピック・スタジアムも会議場に

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6000名もの参加者を収容したオリンピック体育館

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開会式では、オーストラリア環境大臣のほか、各国首脳なども挨拶
前回会議で挨拶した故マンデラ南アフリカ元大統領の息子さんも挨拶

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チンパンジー研究で有名なジェーン・グドールさんも
ビデオメッセージ(開会式と閉会式で)

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巨大なエキジビションホールでは、各団体の展示ブースが

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分科会も、巨大な体育館を仕切って会場に

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オーストラリアの先住民アボリジニの報告
自然保護地域から、先祖は追放されたそうだ
(現在のオーストラリアでは、土地を返還して保護地域として管理してもらう
先住民・地域社会保護地域(ICCA)が各地で設定されている)


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タヒチ、ハワイなど南太平洋や南米、アジアの先住民の人々も参加


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閉会式では、会議成果をまとめた「シドニーの約束」をIUCN会長に手渡し


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帰国のころには、町ではクリスマスの飾りつけが
半袖の夏の様子とは違和感?



【本ブログ内の関連記事リンク】


 「『生物多様性と保護地域の国際関係 対立から共生へ』出版2 ―第Ⅱ部 国立公園・自然保護地域をめぐる国際関係
 「愛知ターゲットと保護地域 -保護地域の拡大になぜ対立するのか
 「アバター  先住民社会と保護地域
 「宮崎アニメ「もののけ姫」 人と自然

 このほかにも、カテゴリー「保護地域 -国立公園・世界遺産」に関連記事多数。


【著書のご案内】

生物多様性カバー (表).JPG 世界は自然保護でなぜ対立するのか。スパイスの大航海時代から遺伝子組換えの現代までを見据えて、生物多様性や保護地域と私たちの生活をわかりやすく解説。

 国立公園や世界遺産などの保護地域の拡大目標(愛知目標)で世界はなぜ対立するのか、世界国立公園会議の変遷を含めた世界やインドネシアの保護地域ガバナンスのパラダイムシフトなども。

 本ブログ記事も多数掲載。豊富な写真は、すべて筆者の撮影。

 高橋進 著 『生物多様性と保護地域の国際関係 対立から共生へ』 明石書店刊 


 目次、概要などは、下記の本ブログ記事をご参照ください。

 「『生物多様性と保護地域の国際関係 対立から共生へ』出版2 ―第Ⅱ部 国立公園・自然保護地域をめぐる国際関係

 「インドネシアの生物多様性と開発援助 -『生物多様性と保護地域の国際関係 対立から共生へ』出版3


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山の日制定 [保護地域 -国立公園・世界遺産]

 8月11日を「山の日」とする祝日法の改正がおととい(5月23日)に参議院で可決された。2年後の2016年から正式に祝日となる。山の恩恵に感謝し、豊かな自然を次世代に残すのが趣旨だ。

 山の日を制定したいという思いは、山岳関係者の間で以前からあった。海の日があるのに、山の日がないのは不自然だとの思いもあった。

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南アルプス仙丈ヶ岳から甲斐駒ケ岳

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日本第2位の高峰 北岳だけに生育するキタダケソウ
これからのシーズン、可憐な姿を求めて登山する人も増える

 2010年の事業仕分けで国立公園などの山小屋のトイレの補助金が廃止されそうになったときに、補助金存続の運動が山岳関係者を中心にして起きたが、もっと山の環境保全全般を国民に訴える憲章作成の機運も高まった。

 こうして、2013年6月27日に『山はみんなの宝』憲章が制定された。

 【山はみんなの宝憲章 (抜粋)】

一.私たちは、山をうやまい、山にしたしみ、山の自然と文化を守り、
  次の世代に引き継ぎます。(私たちの責務) 
一.私たちは、山のもたらす豊かな恵みに感謝し、
  山の自然環境を保全するための取り組みや費用について、
  応分の負担をします。(利用者負担)
一.私たちは、山のきびしい自然と謙虚に向きあい、安全な利用を心がけ、
  みずからの責任を自覚して行動します。(自己責任)
一.私たちは、未来を担う子どもたちとともに、山での楽しい自然体験を共有し、
  生きる力を育みます。(環境教育)
一.私たちは、地域の山ごとにルールとマナーが作られるよう、
  その取り組みを支持するとともに、
  適正な利用の普及啓発に努めます。(入山者の行動指針)

 東京の錦糸町にある専門学校講堂で憲章制定発表大会が開催され、私も参加した。その際の懇親会でも、山の日制定が話題になった。

 今回制定された「山の日」の8月11日は、私としては妥協の産物だとの思いが強い。実際のところ、そのとおりだろう。

 山の日の候補としては、全国的に「山開き」が開催される7月1日などもあったが、現在のところ祝日のない6月か8月、という案も提案された。6月では、まだ登山には早い地方も多い。

 また、経済界や教育界などには、これ以上の祝日増加は、労働時間や教育時間を減少させるということで反対論も多かった。

 そこで浮上したのが、もともと休暇を取る人々の多い8月のお盆時期を祝日とする案だ。お盆休みと重なれば、労働界や教育界の反対論もかわせるし、夏山シーズンでもありピッタリだ。

 こうして、お盆休みの8月12日が有力となったが、その日はちょうど1985年(昭和60年)の日航ジャンボ墜落事故の日でもある。御巣鷹山への慰霊登山が山の日と重なるのはどうか、という国会での議論もあり、前日の8月11日に落ち着いたというわけだ。

 しかし、制定されると、3月11日東日本大震災犠牲者の月命日にもあたるとの声も聞こえる。8月12日に異論を唱えた国会議員は御巣鷹山の地元が選挙区のようだが、3月11日に思いをめぐらした国会議員はいなかったのだろうか。

 もっとも、月命日まで及ぶと、すべての日が何かしら関係することになるかもしれない。一方で、東日本大震災は福島原発事故とともに、私たちの生き方をも変えさせるほどの影響力を持ち、風化させるべきではない重要な出来事であるのみ事実だ。

 ところで、かつては、祝日増加で旅行や買い物も増加し、それが経済の活性化にもなるとして、祝日法を改正してハッピーマンデー制度(従来の祝日を月曜日に移動)などもできた。

 しかし今回は、上記のとおり産業界や教育界の声にも配慮して、わざわざ、実質的な休日が多くならないように工夫された。

 大学では、休日となる日の多い月曜日の授業時間数を確保するために、5月の連休なども休日返上で授業をしている。なんとまぁ~・・・・・

s-湘南海岸左富士DSC00650.jpg
家からの散歩で見る湘南海岸の富士山
世界遺産登録と入山料は登山者数にどう影響するか
それにしても、何年も山頂には登山していない
まぁ、眺める富士もまた良しとするか・・・



 【ブログ内関連記事】
 
 「形から入る -山ガールから考える多様性
 のほか、「国立公園 人と自然」シリーズなど記事多数

 「祭りで休みは、文化か、悪弊か? -祭日と休日を考える
 
 富士山関連ブログは、
 「ダイヤモンド富士 in湘南海岸
 「祝 富士山世界文化遺産登録 -世界遺産をおさらいする
 「富士山 世界文化遺産登録へ -その秀麗な姿と信仰と芸術の源泉、そして自然
 「富士山入山料 -国立公園の入園料と利用者数制限
 「世界のフジヤマ、天下の険 箱根、そして踊子の伊豆 -国立公園 人と自然(10)富士箱根伊豆国立公園


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インドネシアの生物多様性と開発援助 -『生物多様性と保護地域の国際関係 対立から共生へ』出版3 [保護地域 -国立公園・世界遺産]

 今回も、前回、前々回に引き続き、拙著『生物多様性と保護地域の国際関係 対立から共生へ』の第Ⅲ部のご案内です。

 第Ⅲ部「インドネシアの生物多様性と開発援助」では、インドネシアを主要な舞台として、国際協調のための生物多様性や保護地域の国際開発援助事例を紹介して問題点を考察する。

 第9章では、エコツーリズムなど、生物多様性や保護地域に関するさまざまな国際開発援助と、そのインドネシアにおける事例を考察する。また、インドネシアの生物資源とその保全の舞台ともなったボゴール植物園の物語を紹介する。
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日本のODA(政府開発援助)で整備された動物研究標本館 
JICAインドネシア生物多様性保全プロジェクト
(チビノン・インドネシア)

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インドネシアの代表的な生物資源 チョウジ
これをめぐるヨーロッパ列強の争いが繰り広げられた
(スマトラ島にて)

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トーマス・ラッフルズ夫人オリビアの記念碑
(ボゴール植物園 インドネシア)

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ボゴール植物園に隣接するボゴール宮殿


 第10章では、国際開発援助プロジェクトの成果として、インドネシアの国立公園管理にも地域社会との協働管理が導入されてきたが、その国立公園管理の変遷をみる。さらに、インドネシアの国立公園におけるエコツーリズムの事例を紹介する。
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インドネシアのエコツーリズムでも人気のオランウータン
(グヌン・ルーサー国立公園 スマトラ島)

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ゾウのトレッキングも人気だ
(ワイ・カンバス国立公園 スマトラ島)

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エコツーリズムは地域住民の収入源にもなる
住民によるポーター(リンジャニ山国立公園 ロンボック島)


 そして、グヌン・ハリムン・サラック国立公園、ワイ・カンバス国立公園、南ブキット・バリサン国立公園を国立公園管理の3タイプとして、コーヒー・プランテーション造成のために原生林が違法伐採されるなど、国立公園管理とその課題を考察する。
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地域社会との協働管理の話し合い
(グヌン・ハリムン・サラック国立公園 ジャワ島)

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原生林を伐採しての違法コーヒー・プランテーション
(南ブキット・バリサン国立公園 スマトラ島)

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付加価値の高いルワック・コーヒー
住民の収入を確保して自然保護を図る(スマトラ島)


 さらに、熱帯林での調査研究や国立公園管理の考察から、持続可能なプロジェクト運営による地域社会が主体となった生物多様性や保護地域管理のあり方を探り、新たな国際開発援助の枠組みを提示する(第11 章)。
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JICAプロジェクトで整備されたリサーチ・ステーション
(グヌン・ハリムン・サラック国立公園チカニキ ジャワ島)

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調査手法の技術移転
(グヌン・ハリムン・サラック国立公園にて)

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ジャングルの林冠を調査するためのタワー
(パソ研究林 マレーシア)


【目 次】

第Ⅰ部 生物多様性をめぐる国際関係

(ブログ記事「『生物多様性と保護地域の国際関係 対立から共生へ』出版1」参照)

第Ⅱ部 国立公園・自然保護地域をめぐる国際関係

(ブログ記事「『生物多様性と保護地域の国際関係 対立から共生へ』出版2 ―第Ⅱ部 国立公園・自然保護地域をめぐる国際関係」参照)

第Ⅲ部 インドネシアの生物多様性保全と国際開発援助

第9章 生物多様性の国際開発援助プロジェクト
 国際開発援助と生物多様性
 生物多様性と南北問題
 国際開発援助からみたエコツーリズム
 生物多様性保全のための国際開発援助
 インドネシアの生物資源とその保全
 ボゴール植物園物語
 インドネシアにおける生物多様性援助
 生物多様性プロジェクトの枠組み

第10章 インドネシアの国立公園管理と地域社会
 日本の国立公園を輸出する
 インドネシアの国立公園管理と開発援助
 インドネシアのエコツーリズムと国立公園
 協働型管理への模索──グヌン・ハリムン・サラック国立公園
 ゾウの楽園の背後にあるもの──ワイ・カンバス国立公園
 インスタントコーヒーと最高級のルワックコーヒー──南ブキット・バリサン国立公園
 国立公園管理と地域社会の関係の類型化
 国立公園ガバナンスの課題

第11章 持続可能な運営と連携・協働
 熱帯林での調査研究
 熱帯生態学の研究者とリサーチ・ステーション
 国立公園管理と研究者・地域住民との協働
 プロジェクトにおける連携と持続可能な運営
 生物多様性保全国際開発援助の新たな枠組み

第Ⅳ部 対立を超えて──生物多様性・保護地域 その新たな役割と期待 (略)


【ブログ内関連記事】の紹介は、↑の目次にリンクを貼りました。
書籍内(↑も含む)の写真は、すべて著者が世界各地で撮影してきたものです。

生物多様性カバー (表).JPG『生物多様性と保護地域の国際関係 ―対立から共生へ―』
  明石書店より3月25日発行
 
  割引価格でのご提供を、前々回記事のコメントに書きました。
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『生物多様性と保護地域の国際関係 対立から共生へ』出版2 ―第Ⅱ部 国立公園・自然保護地域をめぐる国際関係 [保護地域 -国立公園・世界遺産]

 先週に引き続き出版案内です。
 今回は、第Ⅱ部の「国立公園・自然保護地域をめぐる国際関係」を紹介します。

 第Ⅱ部は、生物多様性保全の中心的施策でもある国立公園や世界遺産などの自然保護地域をめぐる話題だ。

 名古屋COP10(2010年)で採択された「愛知目標」は、各国に保護地域の拡大を要請しているが、その合意までには先進国と途上国の対立があった。自然保護地域は、広ければ広いほど、指定地域数が多ければ多いほど、自然が保護されるはずだ。そのことについては、誰も反対するはずがないと思うのに、なぜ世界は対立するのだろうか。そもそも、保護地域はどのように誕生したのだろうか。

 第5章では、まず保護地域の誕生、そしてその中でも自然の聖地を紹介する。さらに、世界で最初の国立公園イエローストーン国立公園(米国)誕生の秘話、その米国型の国立公園が先住民などを阻害してきたことによる現代の世界対立の遠因にまでさかのぼる。
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テレルジ国立公園(モンゴル)の亀岩は、信仰対象にもなっている


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自然の聖地の代表的例
ウルルは、先住民族アボリジニの信仰対象
ウルル=カタ・ジュタ国立公園(オーストラリア)
かつてのエアーズ・ロックは、英国人名に由来する


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世界で最も古い国立公園のひとつヨセミテ国立公園(米国)
グレーシャーポイント展望台より、ハーフドームなどの景観


 しかし、地域社会との軋轢を生んだ米国型の国立公園システムも、時代とともに住民による自然資源の利用を容認し、地域社会との協働を模索するように変遷してきた。その結果、エコツーリズムも誕生してきた(第6 章)。
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米国型国立公園は、地域住民を追放して専用的に管理した
先祖の保護地域からの追放を語る住民
(イシマンガリソ湿地公園(世界遺産)(南アフリカ)にて)


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エコツーリズムが主要産業ともなっているコスタリカ


s-s6-ハウスキーパーCIMG0391_3.jpg
ロッジで働くことによる現金収入が、自然資源の消費抑制にもなる
(クルーガー国立公園(南アフリカ)にて)


 これらの変遷を主導したのが10 年に一度開催される「世界国立公園会議」である。世界遺産の制度や地域の紹介など、国際的な保護地域をみてみる。さらに、その保護地域と地域住民とのかかわりの変遷をアニメ映画「もののけ姫」」や「アバター」なども引用しながら考える(第7 章)。

s-s7-第5回世界国立公園会議CIMG0009.jpg
10年に一度開催される「世界国立公園」の第5回会議(2003年)
(ダーバン・南アフリカ)


s-s7-マチュピチュDSC00569.jpg
日本人に最も人気のある世界遺産の一つマチュピチュ(ペルー)


s-s7-ジャイアントコーズウェイCIMG1175.jpg
世界自然遺産の柱状節理 ジャイアントコーズウェイ(北アイルランド・イギリス)


 一方で、日本の国立公園内には民有地も含まれており、今や世界の潮流ともなっている地域社会との協働管理が古くから行われてきた。世界遺産富士山の入山料問題などを例に、米国型システムとの比較を大道芸型とディズニーランド型としてわかりやすく解説する(第8 章)。
s-s8-瀬戸内海風景DSC01269.jpg
日本で最初の国立公園の一つ「瀬戸内海国立公園」(香川県地域)
日本で国立公園が指定されて、今年(2014年)は80周年だ


s-s8-尾瀬ヶ原DSC00935.jpg
最も古い国立公園の一つ「日光国立公園」
から2007年に分離独立(?)した「尾瀬国立公園」(尾瀬ヶ原)


 【目 次】

第Ⅰ部 生物多様性をめぐる国際関係

(前回ブログ「『生物多様性と保護地域の国際関係 対立から共生へ』出版1」参照)


第Ⅱ部 国立公園・自然保護地域をめぐる国際関係

第5章 保護地域の誕生と世界的拡張
 愛知目標の保護地域面積目標
 保護地域拡大でなぜ対立するのか
 保護地域の誕生
 保護地域と自然の聖地
 「米国型国立公園」の誕生秘話
 国立公園の世界的拡張と強制退去
 保護地域と地域社会の軋轢

第6章 保護地域ガバナンスのパラダイムシフト
 統治管理から地域社会重視のガバナンスへ
 開発援助による保護と開発の統合
 エコツーリズムの誕生
 エコツーリズムと地域振興
 地域住民による資源利用の容認
 地域社会との協働管理

第7章 国立公園の世界会議
 世界国立公園会議
 国際的な保護地域制度
 世界遺産
 富士山と世界遺産
 保護地域カテゴリーの見直し
 保護地域と地域住民・社会との関わり
 “もののけ姫”と“アバター”

第8章 日本の国立公園
 意外と遅い日本の国立公園の誕生
 日本の国立公園は自然保護地域ではない?──自然保護と景観保護
 自然環境保全地域の成立
 日本型と米国型の国立公園システム比較──大道芸型とディズニーランド型
 富士山入山料と米国の国立公園閉鎖──国立公園の利用者負担と利用者規制
 日本型は日本の専売特許か


第Ⅲ部 インドネシアの生物多様性保全と国際開発援助 (略)

第Ⅳ部 対立を超えて──生物多様性・保護地域 その新たな役割と期待 (略)


【ブログ内関連記事】の紹介は、↑の目次にリンクを貼りました。
書籍内の写真(↑も含む)は、すべて著者が世界各地で撮影したものです。

生物多様性カバー (表).JPG『生物多様性と保護地域の国際関係 ―対立から共生へ―』
   明石書店より3月25日発行
  割引価格でのご提供を、前回記事のコメントに書きました。
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米国予算不成立で国立公園閉鎖!?のわけ -そのとき日本は? [保護地域 -国立公園・世界遺産]

 米国の新年度予算(および暫定予算)が、議会の対立によって不成立のままだ。これにより、国家公務員の給与未払いや国立博物館、国立公園などの閉鎖が生じていると報道されている。

 予算が決まらないのだから、公務員給与が払えないことや職員人件費も含めて管理費の出せない国立博物館などが閉鎖になることは、なんとなくわかる。しかし、なぜ国立公園までもが閉鎖になるのか、日本で同様のことが生じたら、やはり国立公園も閉鎖になるのか、これらの点を考えてみよう。
s-ヨセミテ国立公園P7030158.jpg
米国を代表する古い国立公園ヨセミテ国立公園

 米国の国立公園は、連邦政府内務省の国立公園局(National Park Service)によって管理されている。国立公園局は、国立公園などの自然保護地域のほか、国定記念物(National Memorial)などの歴史的文化財や国立墓地なども、その管理対象としている。したがって、自由の女神像やリンカーン記念館、ワシントン記念塔なども、今回の予算不成立のあおりを受けて、見学ができない状況となっている(らしい)。

 実は、ホワイトハウス(とその周辺の土地・建物)も国立公園局が管理している。これらの歴史的建造物や国立公園などの自然は、国旗や国歌と同様に、多民族国家でもあるアメリカ合衆国の統合の象徴として、内務省の一組織である国立公園局が管理しているのだ。

 国立公園が政府により管理されているのは日本も同様だが、米国ではその土地も国立公園局が所有(これを「営造物制公園」という)し、国立公園に入園するにはゲートで入園料も払わなければならない(一部国立公園には、ゲートのないところもあるが)。

   s-デスバレー国立公園P7040220.jpg    s-セコイアNPビジターP7020135.jpg
   写真左) 灼熱の砂漠、デスバレー国立公園には、ゲートもない。入園料は、ビジターセンターで払う
   写真右) 公園内のビジターセンターでは、公園職員(レンジャー)が解説業務(セコイア国立公園)

 したがって、職員の給与を払うことができなくて職員が自宅待機になると、ゲートでの入園料徴収もできず、ゲート自体が閉鎖されることになる。国立公園局が管理している自由の女神像への立ち入り禁止を考えればわかりやすい。多くの日本人観光客も、とんだとばっちりを受けたようだ。以前のブログ記事でも紹介したように「ディズニーランド」の休園日を想定すればよい(「富士山入山料 -国立公園の入園料と利用者数制限」参照)。

 それでは日本ではどうかというと、日本では国立公園が閉鎖されることはまずない。なぜなら、日本の国立公園の土地は管理官庁の環境省が所有しているわけでもなく(これを「地域制公園」という)、公園内には多くの住民が居住し、産業活動も行われているからだ。国立公園といっても、ゲートがあるわけでもない。

 「箱根駅伝」で有名な箱根(富士箱根伊豆国立公園)には、天下の国道1号線も通過している。国立公園を管理している環境省職員の給与が払えなくなって自宅待機になっても、国道が閉鎖になるわけではないし、国立公園の中では依然として観光ホテルや遊覧船も運営されていることだろう。困るのは、建物の建て替えなど工事の際に許可を得ることができないことくらいかもしれない。

 米国予算不成立のニュースが、図らずも日本と米国の国立公園制度の違いをあらわにした。池上彰さんのニュース解説ではないけれど、「そうだったのか!」。これだから、ニュースの裏読みは面白い。

 【ブログ内関連記事】

 「『米国型国立公園』の誕生秘話
 「富士山入山料 -国立公園の入園料と利用者数制限
 「意外と遅い?国立公園の誕生 -近代保護地域制度誕生の歴史
 「富士山の麓で国立公園について講演

 「10年前のその日 in Hawaii
 「アバター  先住民社会と保護地域
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富士山入山料 -国立公園の入園料と利用者数制限 [保護地域 -国立公園・世界遺産]

 本年6月の世界文化遺産の登録以来、富士山旋風が吹き荒れている。テレビ番組も富士山特集がたびたび放映されるし、本屋の店頭にも富士山コーナーが出現した。

   s-富士山ご来光CIMG0499.jpg    s-千駄ヶ谷富士塚CIMG0455.jpg
   左) 富士山ご来光   多くの人がご来光を拝みに深夜から登山する          
   右) 都内の富士塚(千駄ヶ谷富士) 
             江戸時代にも富士山ブームで富士講が盛んになった
             富士山に登拝できなくとも近所のミニ富士(富士塚)登山でご利益
  
 富士山本体にも登山者が押し寄せている。環境省の登山者数速報値発表(2013年8月1日環境省関東環境事務所)によると、山開きの7月1日から21日までの8合目付近での登山者数は7.9万人だという。これは、平成17年の各登山道8合目付近への赤外線センサー設置以来最高で、昨年同期よりも約2万人、35%増だそうだ。

 今年は、各登山道で環境保全協力金の徴収が7月25日から8月3日までを試行期間として始まった。いわゆる「入山料」で、金額は1000円だ。

 世界遺産の登録に際し、ますます増大が予想される登山客による環境汚染などの懸念から、より一層の環境保全が求められた。このこともあり、トイレの管理、ごみ清掃などに要する費用の利用者負担、さらには登山者数の規制などを念頭に地元で入山料徴収が検討されてきた。特に快適なトイレにしようとすればするほど、電気水道などのない山岳地では莫大な管理費用がかかる。

 しかし、徴収のための根拠となる法制度だけではなく、実施体制や徴収金の使途なども確定できなかったため、とりあえず“試行”することになった。「入山料」といわず「協力金」と名付けられているのも、そのためだ。

 米国など海外の国立公園を訪問したことのある人は、入り口のゲートで入園料(入山料)を支払った経験もあるに違いない。しかし日本の国立公園では、入り口ゲートもないし、ましてや入園料徴収などは考えられない。

    s-キナバル国立公園CIMG0024.jpg        s-クルーガー国立公園ゲートCIMG0290.jpg
 キナバル国立公園(マレーシア)のゲート   クルーガー国立公園(南ア)のゲート

 その最大の理由(原因)は、米国などの国立公園が国立公園専用地として国有地化されて管理されているのに対して、日本の国立公園は一般住民も居住する耕作地や産業用地として利用されている民有地などを国立公園に指定しているからだ。一般住民の居住区で民有地でもある地域で、いくら国立公園といっても勝手にゲートを作って入園料を徴収したら、それこそ憲法違反にもなりかねない。

 この米国型と日本型の国立公園における土地所有、管理制度のちがいを、私はあえて「ディズニーランド型」と「大道芸(ストリートパフォーマンス)型」と命名して解説してきた(「富士山の麓で国立公園について講演」参照)。

 ディズニーランドは、さまざまなアトラクションなどを楽しみに行く場として管理運営され、利用者も当然のごとく入り口で入園料金を払っている。これに対してストリートミュージシャンが演奏する駅前広場や道路などは、もともとは通行のための場であり、一般の人が自由に立ち入ることのできる場だ。そこでの演奏に対しては、強制的に料金を取ることはできず、せいぜいチップ程度だ。
s-大道芸CIMG3034.jpg
上野公園での大道芸
通りすがりの人が誰でも見物できる

 この例えは、必ずしも正確ではないし、このブログでは解説内容も不十分だが、両者の違いのニュアンスをご理解いただければ幸いだ。

 日本の国立公園で、この入園料あるいは入山料が検討されたのは、今回の富士山が初めてではない。尾瀬の入山料問題は、1988(昭和63)年に自然保護団体が入山料構想を発表したことに端を発して、国会論争にもなった。入山料の根拠となる法律がなく憲法違反になる、誰でも楽しむ山や国立公園が金持ち(入山料を払うことのできる人だけ)のものになってしまう・・・・・・・・

s-尾瀬ヶ原至仏山DSC00935.jpg
尾瀬国立公園尾瀬ヶ原

 入園者数の規制の意味では、マイカー規制もある。尾瀬や上高地などでは、中心部(上高地では中の湯から上高地、尾瀬では沼山峠や鳩待峠まで)へのマイカーでの乗り入れを規制して、手前でシャトルバスに乗り換えるものだ。これによって、中心部までの到達をスムーズにし、排気ガスや駐車のための林内乗り入れを減少させ、さらにシャトルバス乗換に伴う若干の金額と不便さとによって、利用者数の抑制をも目指した施策だ。

 多くのところでは夏の混雑期にだけ実施されているが、上高地では通年で実施されている。交通安全や渋滞対策の観点から道路交通管理者など(警察や自治体など)との協力のもとに実施されているが、直接的に国立公園ゲートで利用者数のコントロールができない日本では、実質的な利用者規制手段でもある。

 富士山でも、富士スカイライン(静岡県側)と富士スバルライン(山梨県側)では、シーズン中は料金所(跡)~5合目までの間はマイカーの乗り入れが禁止されてシャトルバスかタクシーなどだけの利用となる。このマイカー規制は、実施期間が年々延長され、実施路線も増加している。

 しかし、マイカー規制の前夜などはかえって登山者が殺到し、5合目駐車場が満杯のために車を手前の路上においてから5合目駐車場(頂上ではない!!)まで延々と数時間も歩く人々と路上駐車の車の列の光景が毎年繰り広げられている。

 入り口ゲートで入園料徴収や利用者数のコントロールができない日本の国立公園では、このほかにも様々な工夫をして利用者負担や利用者コントロールを試みている。駐車場利用に伴う協力金(自然公園財団)やチップ式公衆トイレなど、別の機会に紹介したい。

 今回の富士山環境保全協力金(入山料)は、事前のアンケート調査結果でも協力に好意的な回答が多かったが、実際の募金でも意外と金額が集まったようだ。私がかつて担当したころの富士山のチップ式トイレでの事前アンケートと募金実態の乖離とは大きな違いだ。

 かつての経験といえば、尾瀬での入山料問題が起きた1988(昭和63)年の夏、国会対応などで夏休みもとれない私をあてにできない妻と子供たちは、さっさと自分たちだけでオーストラリア旅行に出かけてしまった。それまでオーストラリア旅行の経験のない私は、しばらくの間、食事のたびのオーストラリアでの出来事の話題の仲間入りをすることができなかった。

 そう、「入山料」と聞くと、今でもあの25年前の夏のことを思い出す。家族からの疎外にかなり落ち込んだようだ。今と違って仕事優先の世の中での自業自得でもあるけどね。

 久しぶりに尾瀬にでも行ってみようか。

 【ブログ内関連記事】

 「富士山の麓で国立公園について講演
 「祝 富士山世界文化遺産登録 -世界遺産をおさらいする
 「富士山 世界文化遺産登録へ -その秀麗な姿と信仰と芸術の源泉、そして自然
 「自然保護の原点 古くて新しい憧れの国立公園 -国立公園 人と自然(19)尾瀬国立公園
 「意外と遅い?国立公園の誕生 -近代保護地域制度誕生の歴史
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祝 富士山世界文化遺産登録 -世界遺産をおさらいする [保護地域 -国立公園・世界遺産]

 プノンペン(カンボジア)で開催中のユネスコ第37回世界遺産委員会において、本日(2013年6月22日)富士山が世界遺産リストに登録することが決定したと、富士山世界文化遺産学術委員会委員の私にも速報が入った。

 これによると、日本時間で22日17:28に世界遺産一覧表への「記載」が決定されたという。いわゆる「登録」の決定だ。世界遺産一覧表への正式な記載日は、委員会の審議最終日である6月26日付となる見込みで、記載する正式名称は「富士山-信仰の対象と芸術の源泉」、争点となっていた三保の松原も含まれることになったという。まずは、目出度し、目出度しだ。

s-田貫湖富士CIMG0106.jpg
富士山と田貫湖


 この富士山を含め、世界遺産についてはこれまでもブログで紹介してきたが、この機会におさらいをしてみよう。

 世界遺産は、1972年に成立した世界遺産条約(正式名:世界の文化遺産および自然遺産の保護に関する条約)に基づき世界遺産リストに登録されるものだ。

 エジプトのアスワン・ハイ・ダム建設による遺跡水没に端を発した世界的な文化財を保護するための条約策定と、国際自然保護連合(IUCN)などが進めてきた世界的な自然を保護するための条約策定とが、それまで別々に作業されてきた。

 これらの動きが、1972年にストックホルム(スウェーデン)で開催された初の世界的な環境会議「国連人間環境会議」を契機に合体して結実したのが、この世界遺産条約である。

 こうした経緯もあり、世界遺産には「文化遺産」と「自然遺産」とがある。条約に定められたそれぞれの登録基準のうち、少なくとも1項目以上が該当する「顕著な普遍的価値」を有すると世界遺産委員会で認められたものである。2005年には、両者の基準を備えた「複合遺産」という区分も誕生した。

 日本は、先進国の中では一番遅く、条約制定から20年もたった1992年にやっと締結(批准)した。この年は、国連環境開発会議(リオサミット)が開催された年でもある。翌1993年に法隆寺と姫路城が文化遺産に、白神山地と屋久島が自然遺産にそれぞれ登録され、その後登録数も増加して、今日の富士山登録を迎えた。

 条約を管轄しているユネスコによると、2012年9月現在で190カ国が条約を締結しており、世界遺産リスト登録数は、文化遺産747件、自然遺産193件、複合遺産29件の合計969件で、登録遺産は157カ国に分布しているという。

 世界遺産リストを眺めて、訪問した世界遺産を地域ごとに掲げてみると・・・・ざっとこんなところ

【ヨーロッパ】
ボイン渓谷の遺跡群(文化遺産、アイルランド)、ジャイアンツ・コーズウェーとコーズウェー海岸(自然遺産、イギリス)、ロンドン塔、キューの王宮植物園群(ともに文化遺産、イギリス)、ローマ歴史地区(文化遺産、イタリア)、アントニ・ガウディの作品群、セゴビア、トレド(すべて文化遺産、スペイン)、ヴェルサイユの宮殿と庭園 、パリのセーヌ河岸 (ともに文化遺産、フランス)、ブルッヘ(ブルージュ)歴史地区(文化遺産、ベルギー)、クラクフ歴史地区、ヴィエリチカ岩塩坑、ワルシャワ歴史地区(すべて文化遺産、ポーランド)
 

s-セゴビア.jpg     s-サグラダ・ファミリア.jpg
  セゴビア(スペイン)              サグラダ・ファミリア(スペイン)

  s-トレドの泉.jpg    s-ニューグレンジ.jpg
   トレドの泉(イタリア)             ニューグレンジ(アイルランド)


   s-ジャイアントコーズウェイ.jpg   s-カカドゥ国立公園.jpg
   ジャイアント・コーズウェイ(イギリス)    カカドゥ国立公園(オーストラリア)

【オセアニア】
カカドゥ国立公園 、ウルル=カタ・ジュタ国立公園(ともに複合遺産、オーストラリア)、グレーター・ブルー・マウンテンズ地域(自然遺産、オーストラリア)、シドニー・オペラハウス(文化遺産、オーストラリア)

【アジア】(日本を除く)
ボロブドゥル寺院遺跡群、プランバナン寺院群、バリ州の文化的景観(すべて文化遺産、インドネシア)、ウジュン・クロン国立公園、スマトラの熱帯雨林遺産(ともに自然遺産、インドネシア)、 石窟庵と仏国寺、昌徳宮、慶州歴史地域(ともに文化遺産、韓国)、済州の火山島と溶岩洞窟(自然遺産、韓国)、北京と瀋陽の明・清王朝皇宮(紫禁城など)、万里の長城、承徳避暑山荘と外八廟、明・清王朝の皇帝墓群(すべて文化遺産、中国)、九寨溝(自然遺産、中国)、峨眉山と楽山大仏(複合遺産、中国)、キナバル国立公園(自然遺産、マレーシア)

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 仏国寺(韓国)               慶州古墳群(韓国) 
 
  s-紫禁城(故宮博物館).jpg   s-万里の長城.jpg 

紫禁城(故宮博物館)(中国)        万里の長城(中国)

       s-楽山大仏.jpg     s-九寨溝.jpg 
   楽山大仏(中国)           九寨溝(中国)


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峨眉山(中国)                  キナバル山(マレーシア)

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ソンサンイルチュルボン(韓国・済州島)  

【南北アメリカ】
カナディアン・ロッキー山脈自然公園群(自然遺産、カナダ)、エバーグレーズ国立公園、ヨセミテ国立公園、ハワイ火山国立公園(すべて自然遺産、米国)、メキシコシティ歴史地区とソチミルコ、古代都市テオティワカン、古代都市ウシュマル(すべて文化遺産、メキシコ)、パナマのカリブ海側の要塞群:ポルトベロとサン・ロレンソ(文化遺産、パナマ)、グアナカステ保全地域(自然遺産、コスタリカ)、カナイマ国立公園(自然遺産、ベネズエラ)、クスコ市街、リマ歴史地区、ナスカとフマナ平原の地上絵(すべて文化遺産、ペルー)、マチュ・ピチュの歴史保護区(複合遺産、ペルー)

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 バンフ国立公園(カナダ)          ヨセミテ国立公園(米国) 


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カナイマ国立公園(ベネズエラ)       ウシュマル遺跡(メキシコ)

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  マチュピチュ(ペルー)          太陽のピラミッド(メキシコ) 



【アフリカ】
グレートリフトバレーのケニア湖水システム(自然遺産、ケニア)、イシマンガリソ湿地公園(自然遺産、南アフリカ)

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 イシマンガリソ湿地公園(南アフリカ)


 自分の訪問した世界遺産をリストアップしたのは初めてだが、こうしてみると我ながら結構な箇所の世界遺産を訪問していると感心する。日本は除いて、21か国50件の世界遺産だ。

 しかし、そのほとんどは世界遺産とは意識せずに、また世界遺産訪問を目的にしたものではない。長年の間に、結果としてこれだけの世界遺産を訪れただけだ。ちょっと自慢になってしまったかも・・・・

 日本では、今回の富士山を含めて、文化遺産13件、自然遺産4件が登録されている。私は、世界遺産登録以前を含めれば、文化遺産はすべて訪問したことがあるが、肝心の自然界遺産のうち白神山地には残念ながらまだ足を踏み入れたことがない。すぐ近くの深浦十二湖などには40年も前に訪問したことがあるのだが・・・

【日本】
(文化遺産)
法隆寺地域の仏教建造物(1993年)、姫路城(1993年)、古都京都の文化(1994年)、白川郷・五箇山の合掌造り集落(1995年)、原爆ドーム(1996年)、厳島神社(1996年)、古都奈良の文化財(1998年)、日光の社寺(1999年)、琉球王国のグスク及び関連遺産群(2000年)、紀伊山地の霊場と参詣道(2004年)、石見銀山遺跡とその文化的景観(2007年)、平泉-仏国土(浄土)を表す建築・庭園及び考古学的遺跡群(2011年) 、富士山-信仰の対象と芸術の源泉(2013年)

(自然遺産)
屋久島(1993年)、白神山地(1993年)、知床(2005年)、小笠原諸島(2011年)


 世界遺産委員会での審議の俎上に載るためには、まずは各国が推薦した暫定リストに掲載される必要がある。わが国では現在のところ、富士山、武家の古都・鎌倉以外にも、富岡製糸場と絹産業遺産群、北海道・北東北の縄文遺跡群、佐渡鉱山の遺産群、彦根城など10件がリストアップされている。このほか、世界遺産による地域の活性化を期待して、全国で100件以上が誘致活動を行っているという。

 確かに世界遺産の登録により、日本の世界遺産の地域では、観光客数が急増した。これとともに自然や地域生活への影響も生じてきた。富士山でも、登山者の増加とこれによるゴミ、し尿問題などが懸念されている。地元では、入山者数制限や入山料徴取なども話題に上っている。

 このブログでも報告したように、インドネシアのバリサン山地(スマトラの熱帯雨林遺産)の自然遺産は、熱帯林の違法伐採によるコーヒー・プランテーション化などによって「危機遺産」に登録されてしまった。米国のエバーグレーズ国立公園も、湿地生態系として自然遺産に登録されているが、流入する汚水などによる生態系の悪化から、2010年に危機遺産に登録されてしまった。

 s-南ブキット・バリサン.jpg      s-エバーグレーズ国立公園.jpg
  南ブキット・バリサン国立公園(インドネシア)    エバーグレーズ国立公園(米国)


 この危機遺産は、前述の文化遺産、自然遺産、複合遺産の正式な分類とは異なるが、世界遺産の存続が危ぶまれる状態になったものは危機遺産リストに登録されるのだ。

 自然遺産第1号のガラパゴス諸島(エクアドル)は、観光客の急増とそれに伴う汚染などによる生態系影響のため、2007年には危機遺産リストに登録されてしまった。その後の取組により、2010年には危機遺産リストから除かれた。

 しかし、ドイツのドレスデン・エルベ渓谷のように、交通渋滞緩和のための渓谷への架橋によって、渓谷と都市の一体的な文化景観や自然が損なわれるとして、世界遺産の取り消し(抹消)にまで至った例もある。

 そして、現在開催中の世界遺産委員会では、内戦が続くシリアにある古代都市アレッポなどシリア全土6カ所の世界遺産(いずれも文化遺産)を危機遺産に登録することが決議された(6月20日)。

 アフガニスタンでは、アフガン紛争により2003年以来危機遺産になっていたバーミヤン渓谷の文化的景観と古代遺跡群(文化遺産)の石造大仏が、当時のタリバン政権によって2001年に爆破破壊され、その映像が全世界にニュースとして配信されるというショックな事件も起きた。

 富士山の世界遺産登録自体は、これに学術委員として携わった私としても喜びをともにしたいが、今後の保全管理の重要さを考えると身の引き締まる思いだ。

 日本の象徴の富士山が、危機遺産に、そして登録抹消になるようなことが決してないよう、願わずにはいられない。
 
 そして同時に、人類共通の財産を脅かす戦争・紛争がなくなることも願わずにはいられない。アウシュビッツや原爆ドームのような「負の遺産」は、これ以上増やしたくない。願い下げだ!!


(ブログ内関連記事)

【富士山】

富士山 世界文化遺産登録へ -その秀麗な姿と信仰と芸術の源泉、そして自然
国立公園 人と自然(10) 富士箱根伊豆国立公園 -世界のフジヤマ、天下の険 箱根、そして踊子の伊豆
国立公園 人と自然(10) 富士箱根伊豆国立公園(追補) -陽光輝く海原と桜満開の伊豆半島

【海外の世界遺産】

一番人気の世界遺産 空中都市 マチュピチュ
テーブルマウンテンが林立する「失われた世界」 -国立公園 人と自然(番外編2) カナイマ国立公園(ベネズエラ)
そのおいしいコーヒーはどこから? -スマトラ島の国立公園調査
コーヒーを飲みながら 熱帯林とコーヒーを考える
巨木文化と巨石文化 -巨樹信仰の深淵

【日本の世界遺産】

知床旅情と世界遺産で急増した観光客 -国立公園 人と自然(5) 知床国立公園
温泉と避暑リゾート、世界遺産 -国立公園 人と自然(20)日光国立公園
小笠原 世界遺産に登録!!
世界遺産登録 -観光への期待と懸念
世界遺産候補になった東洋のガラパゴス、ペリーやジョン万次郎も訪れた島々 -国立公園 人と自然(2) 小笠原国立公園
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富士山 世界文化遺産登録へ -その秀麗な姿と信仰と芸術の源泉、そして自然 [保護地域 -国立公園・世界遺産]

 富士山が世界遺産に登録される見通しとなったことは、新聞やテレビなどのニュースで広く報じられたので多くの方がご存じだろう。富士山世界文化遺産の学術委員をしている私のところにも、4月30日から5月1日にかけての深夜に、2通の文化庁報道発表速報のメールが届いた。

 ニュースでも報じられているとおり、今回は世界遺産を審議するユネスコ世界遺産センターに対して、委託を受けて遺産候補の調査をしていたICOMOS(イコモス、国際記念物遺跡会議)から世界遺産一覧表への「記載が適当」との勧告がなされたものだ。
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朝日に輝く富士の稜線(山梨県富士河口湖町より望む)

 だから、まだ正式に世界遺産となったわけではない。正式決定は、今年6月16~27日にプノンペンで開催される第37回世界遺産委員会の場だ。

 世界遺産は「世界遺産条約」に基づいて登録され、文化遺産、自然遺産、そして両方を兼ね備えた複合遺産があること、そして審査と登録の作業手順などについては、既にこのブログ記事でも紹介した(たとえば、「一番人気の世界遺産 空中都市 マチュピチュ」、「世界遺産登録 -観光への期待と懸念」)。

 今回の富士山は、ICOMOSの勧告に基づき、ユネスコ世界遺産委員会で承認されて、文化遺産に登録されようとしている。しかし、無条件ではない。一つには、名称の変更がある。当初、日本から推薦書を提出した際の名称は「富士山」だけだった。それに対してICOMOSからは昨年末に、世界遺産の内容をより明らかに示す名称として、たとえば「富士山およびその関連巡礼遺産群」などへの変更を求められた。日本としては、名称変更には異存はないが、世界遺産の内容(根拠)としては信仰対象だけではなく、芸術の源にもなっているとして、「富士山と信仰・芸術の関連遺産群」の名称を提案回答した。

 わが国最高峰で広く各地からその秀麗な姿を望むことができ、敬いの対象でもある富士山は、同時に古来から噴火を繰り返し、畏れの対象でもあった。その活動を鎮めるためにも信仰対象ともなり、各地に神社も創建された。

s-富士山本宮浅間大社CIMG0108.jpg   s-富士山曼荼羅CIMG0113.jpg
富士山本宮浅間大社(静岡県富士吉田市)と富士山曼荼羅


 s-千駄ヶ谷富士塚CIMG0455.jpg富士山本宮浅間大社(静岡県富士宮市)に残される富士山曼荼羅(まんだら)は、日本各地で富士山への信仰を説く際に使用されたという。今日の商品案内パンフといったら罰が当たるだろうか。


 江戸期には、富士講に代表されるように多くの人々が富士山をめざし、実際に登山できない人々のために江戸市中にはミニ富士も作られた。国立競技場や神宮球場の最寄駅千駄ヶ谷から近い鳩森神社(東京都渋谷区)には、富士塚が残されている。この富士塚に登れば、本物の富士山に登ったと同じご利益があるといわれている。私は子供のころ、それとも知らずに遊びでよく登ったものだ。


 富士山は、万葉集の昔から芸術の対象でもあった。その富士山を愛でる場所のひとつとして有名な三保の松原(静岡県静岡市)は、江戸期になると葛飾北斎をはじめとする浮世絵などにも描かれた。また、天女の羽衣伝説の舞台としても有名だ。

 しかし、ICOMOSは勧告のなかで、三保の松原の構成資産(世界遺産の対象範囲)からの除外を求めてきた。富士山本体からは45kmも離れていて一体性もなく、防潮堤防などもイメージを損なうと考えられたようだ。
s-三保の松原2CIMG0557.jpg  s-三保の松原CIMG0562.jpg
三保の松原(静岡県静岡市) 
残念ながら、富士山は薄雲をかぶってしまっていた。右写真は、防潮堤防 

 推薦書作成の当初段階では、三保の松原以外にもいくつかの展望地(視点場)を含むことが検討された。しかし、富士山を望むことができる場所は、日本中に広く分布する。遠く紀伊半島からも見ることのできるという。かつては江戸市中のどこからでもその姿を望むことができ、江戸市中の浮世絵などに描かれ、実際都内には多くの富士見坂などの地名も残っている。新幹線の中から見上げる雄大な富士山もなかなか良い。

s-田貫湖富士CIMG0106.jpg 
ダイヤモンド富士の名所、田貫湖の富士(静岡県富士宮市)

s-湘南海岸左富士DSC00650.jpg
広重の浮世絵 東海道五十三次名所の「南湖の左富士」で有名な茅ヶ崎海岸からの富士(神奈川県茅ケ崎市)

s-葉山海岸CIMG0127_2.jpg
湘南海岸では、葉山からも相模湾越しに富士が遠望できる(神奈川県葉山町)

s-富士山3.JPG

かつては萱場としても利用された富士山麓の草原(静岡県御殿場市)

 このような状況で、多くの視点場から特定の場所を取り上げて構成資産とするには、かなりの理由付けが必要だ。そこで、いくつかの視点場候補地の中から、三保の松原に絞り込んだのだ。三保の松原を構成資産とする理由は、上記のとおり、富士山芸術と密接な関連があるということだ。しかし、結局は十分な理解は得られなかったようだ。

 s-白糸の滝CIMG0029.jpg富士山は、信仰や芸術だけの源泉ではない。その恵みのひとつ、豊富な湧き水は、山麓での製紙業や酒、飲料水などにも利用されている。また、さまざまな産業の名称や意匠登録図案にもなっている。(右写真:構成資産のひとつ、白糸の滝(静岡県富士宮市)

 勧告ではこのほか、世界遺産登録後の来訪者の増加による影響と今後の保全管理計画などの樹立必要性なども指摘されている。

 閉塞感漂う今日、日本の象徴、富士山の世界遺産登録へ向けて前進のニュースは、日本中の人々に明るい話題を提供した。とりわけ地元の自治体や観光関係者にとっては、郷土への誇りだけではなく、経済的な面でもメリットが大きいに違いない。

 s-富士山頂CIMG0520.jpgs-富士山頂CIMG0515.jpgこれまでも、そしてこれからも、富士山は日本人だけではなく、世界中の人々を魅了してきた。多くの人々が、その頂上を目指して登山する光景は、富士講の時代と変わりないように思える。一部には、もっと多くの人々が、誰でも楽に頂上に到達できるようにするべきだという考えもある。(写真:富士山山頂)

 しかし今回、富士山は文化遺産としての登録ではあるが、その本体は自然物である。既に登録された自然遺産の各地での観光客急増とその影響に目をそむけないでもらいたい。

 いや、他人ごとではない。私も富士山世界文化遺産の学術委員として関わらなくては・・・ネ。

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最高の人生の楽しみ? ルワック・コーヒー [保護地域 -国立公園・世界遺産]

 NHKテレビ(BSプレミアム)で、映画「最高の人生の見つけ方」を観た。

 映画のストーリーは、ガンで余命半年の二人が残りの人生でやりたいことをリストアップして実現していく過程で、人との絆などに気付いていくというものだ。

 その中で、ジャック・ニコルソン演じる金持ちの実業家の仕事以外の唯一の楽しみ(いや、女性との付き合いもあるから唯一ではないかな?)に“ルワック・コーヒー”があった。なにしろ、病室にまでルワック・コーヒーの豆とサイホンを持ち込むくらいなのだ。
s-ルワック・コーヒー1DSC02971.jpg ルワック・コーヒー


 しかし、モーガン・フリーマン演じる博識の自動車整備工から、それがジャコウネコの糞から作られることを教えられてしまう。至福の時を醸し出す最高級のコーヒー豆がネコの糞?それを知った時の実業家の胸中や如何。

s-ルワック・コーヒー2DSC02977.jpg 
ジャコウネコの写真をあしらったパッケージ

 世界でも最高値の高級コーヒー豆、ルワック・コーヒ(ルアック・コーヒー)(Kopi Luwak)は、ハクビシンなどに近いジャコウネコが食べて未消化の糞として排出されたコーヒー豆だ。彼らの消化の過程で微妙な化学反応を起こすらしく、独特の風味のコーヒー豆となる。

 インドネシアのスーパーでも値段は通常のコーヒー豆の10倍以上、専門店ではカップ1杯が数千円~1万円近くもするそうだ。もともとは野生のジャコウネコの糞を集めていたが、現在では飼育したジャコウネコの糞から生産している。

s-パームシベットimg048_2.jpg
捕獲されたパームシベット(ジャコウネコの近縁種)(左下)の計測

 物は試で私もルワック・コーヒーをインドネシアで購入した。確かに、まろやかな甘さのあるコーヒーだった。コーヒーの煎じ方・淹れ方にもよるのだろうが、それ以上でも、それ以下でもない。私はそこまでの値段を払う気にはなれない。

s-ジャコウネコ糞DSC01452.jpg
コーヒー豆がいっぱいのジャコウネコの糞

 
 このルワック・コーヒーは、インドネシアのスマトラ島ランプン州、中でも西海岸のクルイ(Krui)などのバリサン山麓が主な生産地だ。

 スマトラ島の西側に南北に連なるバリサン山地は、トラやゾウ、サイなどの希少な野生動物が生息することなどから、2004年には「スマトラの熱帯雨林」として世界遺産(自然遺産)に登録された。

 ブキット・バリサン・スラタン(南ブキット・バリサン)国立公園もその一部である。しかし、その貴重な生物多様性を有する国立公園も、住民侵入(エンクローチメント)によって違法伐採が進み、原生林が伐採されて、コーヒーのプランテーション(農園)となっている。かつての原生林の面影を残す太い切り株もある見渡す限りの伐採跡には、細々としたコーヒーの苗が植えられている。

 このため、スマトラの熱帯雨林の世界遺産は、ついに2010年には「危機にさらされている世界遺産(危機遺産)」として登録されることになってしまった。

s-BBSコーヒー伐採00238.jpg
原生林が違法伐採されてコーヒーのプランテーション(農園)に
(南ブキット・バリサン国立公園)


 広大な違法コーヒー栽培地を自然に戻すのは困難だ。しかしこれ以上の拡大は防止しなければならない。国立公園当局は、民間NGOと協力して、地元住民の生計を助けることにより、公園内への侵入を阻止するプログラムを開始している。

 そのひとつスカラジャ(Sukaraja)集落では、野生のジャコウネコの糞を採取してルワック・コーヒーとして生産している。野生のものだから希少価値で、飼育されたものからのルワック・コーヒーより高値になり、住民には高収入となる。それで国立公園内での違法伐採、違法コーヒープランテーション拡大がなくなれば、しめたものだ。

s-コーヒー焙煎機DSC01464.jpg
集落でのコーヒー豆焙煎工場

s-コーヒー販売DSC01460.jpg
生産されたルワック・コーヒー豆の販売

 時には真実を知らないほうが幸せなことは、人生にいくらでもある。しかし目をそむけてはいけない事実も多い。

 原発やこのブログの生物多様性や保護地域などの現状も、そうしたものの一つだと思うけれど・・・・。

 ところで、あなたの最高の人生は何? 私のは・・・・・・

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酒と旅を愛した文豪 大町桂月のみた十和田とヒメマス -国立公園とヒメマスの物語(2) [保護地域 -国立公園・世界遺産]

 明治の文豪、大町桂月。この人を知っている人は、どれくらいいるだろうか。前回のブログ記事「国立公園とヒメマスの物語(1)」の和井内貞行については、私の年代だと教科書や偉人伝に登場して、ほとんどの人が知っているにちがいない。

 s-小倉半島DSC01110.jpgそれに対して、私が桂月の名を知ったのは、大学生の頃に近くの古書店で『関東の山水』(博文館1909年(明治42年)発行)という著書を購入してからだ。著者にではなく、書名に惹かれての購入だった。そして、仕事で十和田に住むようになると、「国鉄バス」(そうです、当時は)の青森~八甲田~十和田湖(休屋)の路線では、まだ健在だった「バスガイド」さん(正式には車掌さん?)から「住まば日の本 遊ばば十和田 歩けや奥入瀬三里半」という桂月の歌が必ず紹介されたものだ。

 s-桂月墓DSC01085.jpg桂月は高知出身の明治時代の文豪で、酒と旅を愛し、北海道の層雲峡などの名付け親としても知られている。なかでも十和田をこよなく愛した桂月は、晩年は本籍を蔦に移して蔦温泉で過ごした。桂月の「世の人の命をからむ蔦の山 湯のわく処水清きところ」の歌碑は、蔦温泉旅館の正面に建てられている。57歳で亡くなる際には、「極楽に越ゆる峠のひと休み、蔦のいで湯に身をば清めて」との辞世を詠み、現在も蔦の地に眠っている。

 久しぶりに十和田を訪れた私は、蔦温泉に立ち寄った際に桂月の墓に詣でた。蔦温泉の建物や蔦沼には何度となく訪れたが、幹線道路から反対側の桂月の墓に詣でたのは、十和田に3年間も住んでいながら、今回が初めてだった。苔むした石段の上の墓の桂月は、十和田の大木に抱かれて、今も静かに十和田を見守っているのだろう。

 前置きがだいぶ長くなったが、桂月のみたヒメマスと十和田湖の物語を紡いでみよう。

 s-蔦温泉DSC01090_2.jpg明治41年(1908年)に十和田湖を訪れた桂月は、9月1日に休屋から船で生出に至り、和井内貞行の孵化場を見た。桂月の「十和田湖」(明治42年「太陽」所載)には、孵化場ではアルコール標本を見て、養殖の手順を詳しく説明してもらったこと。貞行が北海道からカバチエボという鱒を取り寄せて養殖に成功し、緑綬褒章を授与されたこと。養殖は本土では十和田湖のみで、環境に適して成長も早く、和井内鱒の名を付したこと、などが記されている。また、新鮮な鱒のその美味さに舌鼓を打ったとも記し、十和田湖とそこで食したヒメマスをよほど気に入ったようだ。

 大正12年(1923年)から13年にかけて蔦温泉に"籠城"した際にも、桂月は十和田湖を訪れた。その際の「蔦温泉籠城記」には、八甲田山と十和田湖の探勝と遊覧の記録が詳細に記されている。この頃には、十和田もだいぶ観光地化してきたようだ。桂月が最初に十和田湖を訪れた頃には、旅館は休屋と銀山にそれぞれ1軒しかなかったが、今回は子ノ口、宇樽部、発荷、生出、銀山、滝ノ沢にそれぞれ1軒、そして休屋には3軒もあったという。

 s-蔦沼DSC01077.jpg同書によれば、青森県知事の武田千代三郎は、明治45年(1912年)設立の十和田保勝会の会長として十和田湖や奥入瀬を世に知らしめ、法奥沢村の村長小笠原耕一は、家財をも投じて開発の努力をしたという。一方、秋田県では秋田顕勝会を設けて、男鹿半島、田沢湖とともに、十和田湖の開発に努めていることなどが記されている。

 こうして十和田に魅せられた桂月は、蔦温泉滞在中の大正12年、法奥沢村村長小笠原耕一らの求めに応じて、「十和田湖ヲ中心トスル国立公園設置ニ関スル請願」を記した。この請願書の中でも桂月は、十和田湖では特色として「十和田湖ニハ特産ノ姫鱒ヲ釣リ(中略)快盡クルヲ知ラズ」と記している。この請願書は、青森県庁や内務省などに提出された。

 s-乙女の像DSC00505_2.jpgその後、十和田湖は昭和11年(1936年)に国立公園に指定された。指定15周年を記念して建立された高村光太郎作の「乙女の像」は、桂月のほか、前述の当時の青森県知事武田千代三郎、地元村長小笠原耕一の3名の国立公園指定への功績を顕彰したものだ。そして、今も十和田湖のシンボルとして立ち続けている。

 (写真右上) 十和田湖(瞰湖台から小倉半島の眺め)
 (写真左上) 大町桂月の墓
 (写真右中) 桂月の歌碑と蔦温泉旅館
   (足元から湧き出る無色透明の温泉と歴史を感じさせる伝統的木造建物(本館)はぜひ味わいたい)
 (写真左下) 蔦沼(奥の山は南八甲田の赤倉岳)
 (写真右下) 十和田湖のシンボル 乙女の像

 (関連ブログ記事)
 「われ幻の魚を見たり 和井内貞行と十和田湖 -国立公園とヒメマスの物語(1)
 「桂月の奥入瀬、幻の魚見たりの十和田湖、そして賢治の岩手山 -国立公園 人と自然(1)十和田八幡平国立公園


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われ幻の魚を見たり 和井内貞行と十和田湖 -国立公園とヒメマスの物語(1) [保護地域 -国立公園・世界遺産]

 久しぶりに十和田湖を訪れた。今夏の暑さの影響で紅葉には少し早いとはいえ、閑散とした休屋の集落、そして閉鎖した旅館や売店の多さには、正直目を疑った。老舗旅館が軒並み、廃業、経営者の交代、格安料金経営などを余儀なくされている。私が40年ほど前に国立公園管理官として勤務していた頃の、続々と遊覧船から降り立つ観光客、呼び込みも勇ましい売店の掛け声など、今では想像だにできない。

 s-ヒメマス定食2.jpg十和田で初めて食した「ヒメマス料理」。ある食堂には、ヒメマスの刺身、塩焼き、フライに酢の物・・・とヒメマスづくしの料理メニューがあった。特に刺身の甘くとろけるような味わいは、いまだに忘れられない。

 そのヒメマスの軌跡を追う、「ヒメマスと国立公園の物語」を始めることにしよう。

 十和田湖にヒメマスをもたらした和井内貞行のことについては、国語の教科書に取り上げられ、また昭和25年(1950年)には大河内傅次郎主演の映画にもなっている。その映画の題名が、かの有名な「われ幻の魚を見たり」だ。

 s-休屋DSC00490_2.jpg安政5年(1858年)、当時の盛岡藩鹿角郡毛馬内村柏崎(現在の鹿角市)に生まれた貞行は、成人すると工部省小坂鉱山寮吏員として十和田鉱山に勤務することになった。これが、貞行と十和田湖、そしてヒメマスとを結びつけることになる。貞行24歳、明治14年(1881年)のことだった。今から130年前のことだ。鉱山自体はその後、藤田組(現在の同和鉱業)に払い下げとなり、貞行も同時に藤田組の社員に身分が代わることになった。

 その職場では、過酷な鉱山労働に従事する2500人もの労働者の食事は、干物と塩漬けの野菜という粗末なものだった。当時の十和田湖は食料となるような魚は生息していなかった。まさに"水清ければ魚棲まず"の状態だった。貞行は、この労働者たちに新鮮な魚を提供したいとの思いからコイやカワマスの放流などを試みたが、採算性も低く事業としては成り立たなかった。

 s-十和田湖DSC01097.jpgそんな折に耳にしたのが、北海道支笏湖のカバチェッポの存在だった。貞行は明治35年(1902年)12月、青森県水産試験場を通じて支笏湖から3万粒(5万粒の説もあり)のヒメマス卵を取り寄せて孵化に成功し、翌年5月には稚魚を放流した。明治38年(1905年)には、貞行は日露戦争勝利を記念して生出に孵化場の建設を始めた。しかし、私財を投げ打って取り組んだヒメマスの孵化と放流の成否が判明したのは、着手から3年の後であった。

 明治38年(1905年)の秋、湖畔にたたずむ貞行が目にしたのは、風もないのにさざ波が立つ湖面だった。ヒメマスが産卵のために岸の浅瀬に押し寄せてきたのだ。その時発した感動の言葉が、「われ幻の魚を見たり」だと伝えられている。翌年に「和井内孵化場」が完成すると、養殖漁業の拠点を銀山から生出に移した。

 こうして、ヒメマス養殖事業は軌道に乗り、貞行はその功績により明治40年(1907年)に緑綬褒章を授与された。貞行が起こした「和井内孵化場」は、その後、国、青森・秋田両県、十和田湖増殖漁業協同組合とその経営母体は代わり、施設は近代化されつつも、「十和田湖孵化場」として現在に引き継がれている。

 次回は、十和田を愛した文豪 大町桂月と、貞行、ヒメマスとの交流を綴ることにしよう。

*本ブログ記事(連載)は、者の「国立公園とヒメマス ~阿寒湖、支笏湖、そして十和田湖を結ぶもの~」(国立公園699号、2011年)を基にしています。 


 (写真上) ヒメマス尽くしのヒメマス定食
 (写真中) 閉店が多い十和田湖・休屋の売店
 (写真下) 御鼻部展望台からの十和田湖
      (小倉半島(左)と中山半島(右)で形成される複式カルデラ火口がよくわかる)
      (写真では切れているが、右側が秋田県側で和井内の地名もある)

 (関連ブログ記事)
 「桂月の奥入瀬、幻の魚見たりの十和田湖、そして賢治の岩手山 -国立公園 人と自然(1) 十和田八幡平国立公園
 「連載 国立公園 人と自然(序) 数少ない自慢、すべての国立公園訪問記
 「縄文の巨樹に思いを馳せて -第25回巨木フォーラムと三内丸山遺跡


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一番人気の世界遺産 空中都市 マチュピチュ [保護地域 -国立公園・世界遺産]

 日本人に一番人気のある世界遺産は、なんといってもペルーのマチュピチュ遺跡だ。空中都市、あるいは天空の街とも天空の城とも呼ばれるが、その建設理由はいまだ謎のようだ。6月まで国立科学博物館で開催されていた「マチュピチュ「発見」100年 インカ帝国展」は、40万人を超える入場者で大変な人出だった。私も、本物のマチュピチュと展覧会の両方を見た。展覧会のミイラを含めた多くの展示品は、実際にペルーに行ってもなかなか見ることのできないものだ。3Dスカイビューシアターも、上空から俯瞰した映像は鳥にでもなったようでなかなか迫力があった。

 s-マチュピチュ00569.jpgマチュピチュ人気を裏付ける話をペルーで聞いた。標高2400メートルのマチュピチュ。そこへ行くには、インカ帝国の都クスコから峡谷に沿う鉄道で3時間半、さらにバスで20分ほどの山道を登る。2010年1月の豪雨で、マチュピチュに通じる峡谷が洪水にあい、鉄道、道路が分断されて観光客が閉じ込められた。その後しばらく、マチュピチュへは到達できなくなってしまった。

 すると途端に、日本からの観光客はパタッと止まってしまったそうだ。クスコの街も、1983年には世界遺産に登録されている。日本からの玄関口、首都リマの歴史地区も、1991年に世界遺産に登録されている。ほかにも、ナスカの地上絵やチチカカ湖など、私も参加した定番の観光名所はたくさんある。しかし、マチュピチュに行くことができないだけで、日本の観光客にはそっぽを向かれたようだ。それだけ、マチュピチュの人気が高いということだろう。

 s-クスコ00483.jpg私がペルーを訪問したのは、2011年9月。体力のあるうちに行ってみようと思い立ってのことだ。今まで多くの国を訪れたが、いわゆる観光ツアーに参加したことはない。せいぜい、往復航空機だけツアー扱いのいわゆるフリープランを利用したくらいだ。しかし、今回は言葉の問題や列車など事前予約の必要性などもあり、ツアーに任せて正解だった。コースは定番の、リマ、クスコ、マチュピチュ、それにナスカ地上絵とチチカカ湖も訪れる盛りだくさんのものだ。前記のとおり、クスコとリマの街は、世界遺産にそれぞれ登録されている。ナスカの地上絵も1994年に登録されている。この旅は、何と4カ所の世界遺産を一気にめぐる旅だった。

 ところで、このブログでもテーマとして取り上げている「世界遺産」。クスコ市街、リマ旧市街、ナスカ地上絵はともに、「文化遺産」だ。それでは、マチュピチュは何だろう。実は、マチュピチュは「文化遺産」と「自然遺産」の両方の登録要件を備えた「複合遺産」なのだ。

 世界遺産には、文化遺産、自然遺産、複合遺産の3区分(カテゴリー)がある。それぞれの区分の登録基準に従って、ユネスコの世界遺産委員会において顕著で普遍的な価値があると認められたものが、世界遺産として登録される。1972年に世界遺産条約(正式名「世界の文化遺産及び自然遺産の保護に関する条約」)がユネスコ総会で採択されるまで、文化遺産と自然遺産はそれぞれ別々に保護条約の作成検討が進んでいた。その名残もあって、文化遺産と自然遺産が区分けされ、最近(2005年)になってやっと複合遺産という区分が誕生した。

 これまでこのブログの「国立公園 人と自然」で取り上げてきたのは自然遺産だ。日本には、屋久島、白神山地、知床小笠原の4つの世界自然遺産がある。ベネズエラのカナイマ国立公園も、ギアナ高地の自然遺産だ。スマトラトラ、サイ、ゾウなど希少動物が生息するインドネシアの南ブキットバリサン国立公園では、違法伐採(エンクローチメント)によるコーヒープランテーションの拡大が続き、ついに世界遺産の登録を抹消されて、危機遺産の登録になってしまった。このほかにも、世界遺産としてはことさら取り上げていないが、多くの世界遺産に関連する地域の記事がある。

 私が学術委員会委員として参画してきた「富士山」も、来年の世界遺産(文化遺産)の登録を目指している。これらの世界遺産について、ブログでも積極的に取り上げていこう。

 (写真上) 世界複合遺産 空中都市マチュピチュ(ペルー)
 (写真下) 世界文化遺産 クスコの街並み(ペルー)

 (関連ブログ記事) 世界遺産:知床、小笠原、屋久島、富士山、熊野古道、ギアナ高地、バリサン山脈
 「知床旅情と世界遺産で急増した観光客 -国立公園 人と自然(5) 知床国立公園
 「小笠原 世界遺産に登録!!
 「世界遺産登録 -観光への期待と懸念
 「世界遺産候補になった東洋のガラパゴス、ペリーやジョン万次郎も訪れた島々 -国立公園 人と自然(2) 小笠原国立公園
 「神話と龍馬の霧島、縄文杉の屋久島 -国立公園 人と自然(7) 霧島屋久国立
 「世界のフジヤマ、天下の険 箱根、そして踊子の伊豆 -国立公園 人と自然(10)富士箱根伊豆国立公園
 「富士山の麓で国立公園について講演
 「原始信仰と世界遺産の原生林 -国立公園 人と自然(9) 吉野熊野国立公園
 「テーブルマウンテンが林立する「失われた世界」 -国立公園 人と自然(番外編2) カナイマ国立公園(ベネズエラ)
 「ギアナ高地と記録映画番組
 「そのおいしいコーヒーはどこから? -スマトラ島の国立公園調査
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そのおいしいコーヒーはどこから? -スマトラ島の国立公園調査 [保護地域 -国立公園・世界遺産]

 今日のブログの話題は、「おいしいコーヒー」だ。といっても、コーヒーの入れ方や飲み方、あるいはコーヒー豆のうんちくを披露するものではない。

 たびたびブログで紹介しているとおり、私は地球温暖化の防止のための森林の減少や劣化による温室効果ガス(二酸化炭素など)の排出を抑止(REDD:Reducing Emissions from Deforestation and Forest Degradation in Developing Countries)するための調査プロジェクトに参加している。調査フィールドとなるインドネシアには、昨年1年間でも3回訪問した。地球温暖化防止のためには、単に森林の伐採や劣化を止めればよいというものでもない。やはり森林に生息・生育する生物の多様性保全や森林資源に依存して生活している地域住民のことも考慮に入れなければならない。REDD+では、これら生物多様性保全や地域住民の知恵や権利の尊重を「セーフガード」としてプロジェクト推進の際の配慮事項としている。私は、こうした観点から、インドネシアの国立公園管理(ガバナンス)について調査研究を進めている。

 調査地の一つ、ワイ・カンバス(Way Kambas)国立公園調査については、昨年末のブログでも紹介した(ブログ記事「今年最後のインドネシア調査」)。今回は、もう一つの調査フィールド、南ブキット・バリサン(Bukit Barisan Selatan)国立公園だ。

 s-BBSコーヒー伐採00238.jpgスマトラ島の西部(インド洋側)は、ユーラシア・プレートとインド・オーストラリア・プレートがせめぎ合う地域だ。東日本大震災以上の犠牲者が出た2004年12月のスマトラ島沖大地震とインド洋大津波も、このプレート活動によって生じたものだ。このプレート活動による隆起によって、スマトラ島のインド洋側には南北に山脈が連なっている。そこはまた、貴重な野生生物の宝庫でもあり、世界遺産にも登録されている。その山脈の最南端部が、今日の舞台、南ブキット・バリサン国立公園だ。

 しかし、その貴重な生物多様性を有する国立公園も、住民侵入(エンクローチメント)によって違法伐採が進んでいる。これらの違法侵入住民の多くは、ジャワ島など地元外からの移住者だ。この侵入者たちにより、原生林が伐採されて、コーヒーのプランテーション(農園)となっている。かつての原生林の面影を残す太い切り株もある見渡す限りの伐採跡には、細々としたコーヒーの苗が植えられている。コーヒーは熱帯地域の植物ではあるが、強い直射日光では葉焼けなど生じるため、通常は半日陰で栽培されている。しかし、樹木を選択して伐採するのは手間がかかるし、シェード(緑陰樹)の植栽や後片付けも大変だ。そこで手っ取り早い方法として、皆伐して焼き払い、そこに苗を植えることになる。

 s-ロブスタコーヒー01391.jpgこうして造成されたコーヒープランテーションでは、コーヒー栽培にとっては劣悪な環境で粗放な管理のため、収量も低く、品質も落ちる。しかし、ここで栽培されているロブスタ(Robusta)種は、日射や病害虫にも強く、比較的栽培が容易でもある。違法でもあり、品質も劣ることから、当然価格も安く買いたたかれる。それでも、違法侵入の住民にとっては、貴重な現金収入だ。

 このロブスタ種は、日本で一般的に馴染みのあるアラビカ種に比べると、苦みや渋みが強く、かつ廉価でもあり、インスタントコーヒーやレギュラーコーヒーの増量にも使われているという。大手コーヒーチェーンでも使用されているともうわさされているが、その真偽は確かめていない。研究によると、南ブキット・バリサン国立公園での違法伐採の面積増加も、世界的なコーヒー価格に左右されているという。

 国立公園管理当局は、違法住民を追放するため、期限内退去の警告文を公園入り口に掲示し、警察や軍隊も動員してパトロールをしているが、一向にその効果はあがっていない。

 結局のところ、これまでのブログ記事でも紹介してきたエビやバーベキュー炭、あるいはスナック菓子の揚げ油やバイオ燃料に使用されるパームオイル(ヤシ油)などと同じように、私たちが飲むおいしいコーヒーもまた、東南アジアの森林や生物多様性、あるいは地域住民の生活にまで影響を及ぼしていることは確かなようだ。

  私たち消費者自身が、熱帯林破壊などに加担しないようにするため、木材やバナナなどの農作物と同様、各種の認証制度が設立されている。これは、生産過程などを透明にして、熱帯林破壊や地域住民からの搾取がないことを認証してマークを付与するものなどだ。フェアトレード・コーヒー、サステイナブル・コーヒーなどと呼ばれているもので、私たちは、その認証商品を購入すれば、環境や地域社会の破壊に少しは配慮できる仕組みだ。

 しかしこれらの認証コーヒーの市場はわずかで、世界のコーヒー消費量の増大に連れて熱帯林伐採も拡大している。考えてみれば、自宅でコーヒーを入れるなんて、私が子供の頃には考えられない贅沢だった。

 (写真上)伐採された原生林跡地とコーヒープランテーション(緑の低木がコーヒーの木)(スマトラ島、南ブキット・バリサン国立公園にて)
 (写真下)ロブスタ(Robusta)コーヒー(パッケージ上部(写真では右側)に豆の種別Robustaのシールが)(写真の製品は、本文とは関係ありません)

 (関連ブログ記事)
 「インドネシアの生物資源と生物多様性の保全
 「そのエビはどこから? -スマトラ島のマングローブ林から(2)
 「地球温暖化と生物多様性
 「愛知ターゲットと保護地域 -保護地域の拡大になぜ対立するのか
 「アバター  先住民社会と保護地域
 「生物資源と植民地 -COP10の背景と課題(1)
 「ゾウの楽園の背後にあるもの -国立公園 人と自然(番外編1追補)ワイ・カンバス国立公園(インドネシア)
 「国立公園 人と自然(番外編1)ワイ・カンバス国立公園(インドネシア) -ゾウと人との共存を求めて
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今年最後のインドネシア調査 [保護地域 -国立公園・世界遺産]

 今年も残すところ数日となったが、調査で滞在中のインドネシアから本日帰国(2011年12月29日ジャカルタ発、30日成田着)する。私はこの数年、地球温暖化の防止のための森林の減少や劣化を防止(REDD+)するための調査プロジェクトに参加している。今回の調査もこの一環で、森林保全のための国立公園管理(ガバナンス)と地域住民との関係などについて現地調査した。
 
 今回は主としてスマトラ南部のワイ・カンバス国立公園が対象だ。このブログでも、何度か取り上げたことがある、ゾウの訓練所などがある公園だ。インドネシアでは、所有者が明確でない森林は基本的には国有地となっている。したがって、森林地域に設定される国立公園も、基本的にはすべて国有地となっている。

 ワイ・カンバス公園では、かつての移住政策によりジャワ島などから人々が移住し、キャッサバ(シンコン)の畑などを開拓して生活していたことがある。しかし、そこはたまたま国立公園内だったことから、公園保護に支障があるということで、住民は公園外に強制退去させられた。

 s国立公園内墓地01225.jpg現在は、シンコン畑も少しずつ自然林に戻りつつあるが、墓地は退去するわけにはいかない。こちらでは土葬だ。そこで、墓地の部分は住民の利用も認める「特別ゾーン」としている。今回の調査は、これらの国立公園管理と地域社会との関係、そしてそのための国立公園管理計画などを調査しているものだ。

 インドネシアには、このほかにも、公園指定前から住民が居住していた地域が多数存在する国立公園や、住民の不法侵入により公園内の森林が伐採されてコーヒーなどのプランテーションが開拓されている公園などもある。法律上の制度、建前上の管理方針と、実態とのかい離も大きい。

 インドネシアでの調査も、今年はこれで3回目となった。大学の授業にできるだけ影響を及ぼさないよう、夏休みや春休みを利用している。今回も暮れの時期の調査となった。いよいよ明日は、寒くあわただしい暮れの日本だ。調査では、ガタガタ道を走り通しで、だいぶ身体にも響いた。若い頃はむしろ楽しかったくらいで、ずいぶん歳を感じてしまった。仕事も片付いた帰国までの寸暇、日本のような年末のあわただしさもないこの国で、まったりとした空気を思う存分吸っておこう。

 (写真)国立公園内の墓地(背後の草原はシンコン畑跡)(スマトラ島ワイ・カンバス国立公園)

 (関連ブログ記事)
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小笠原 世界遺産に登録!! [保護地域 -国立公園・世界遺産]

 小笠原諸島は、昨日(日本時間2011年6月24日午後11時頃)パリのユネスコ本部で開催されていた世界遺産会議で世界遺産(自然遺産)への登録が決定した。地元をはじめ、大震災で沈み気味だった全国民にとって、久しぶりに明るい話題だ。

 s-南硫黄島0468.jpg東洋のガラパゴスともいわれる貴重な生態系だけでなく、歴史文化的にも魅力のある島々だ(ブログ「国立公園 人と自然(2) 小笠原国立公園 -世界遺産候補になった東洋のガラパゴス、 ペリーやジョン万次郎も訪れた島々」参照)。ユネスコから委嘱を受けた国際自然保護連合(IUCN)の調査団が昨年7月に現地調査を実施し、その結果から先月(5月)には世界遺産として適当である旨の報告をユネスコに提出していた。

 だから、誰もが世界遺産登録は信じて疑わなかったが、世界遺産会議での正式決定までは気が気ではない。その決定が、会議スケジュールの遅延によって先延ばしになっていた。地元をはじめ、関係者は逸る心を抑えるのに苦労しただろう。これでやっと喜ぶことができる。心からお祝いを申し上げたい。

 s-南島P6290758.jpgしかし、喜びに水を差すわけではないが、これからさらなる苦労も待ち受けることだろう。 観光客の増加、外来種の新たな侵入、生活の変化・・・多くの関係者はそのことを自覚している。観光に浮足立つと、ついつい欲が出てしまうのが人の常だ。その結果、引き合いに出される本家のガラパゴスのように”危機遺産”になってしまっては、元も子もない(ブログ「世界遺産登録 -観光への期待と懸念」)。

 現在の“のんびり”とした小笠原を残してほしいと願うのは、所詮外部の人間の無責任な言動かもしれない。お祝いムードの今、これ以上の繰り言はやめにしよう。 

 そして、小笠原に続いて、大震災の地元、岩手県の平泉も開催中の世界遺産会議で世界文化遺産に登録決定され、被災地の復興に元気を与えてくれることを切に願う。

 (写真上) 全島立ち入り禁止の原始の島 南硫黄島
 (写真下) 小笠原の景勝地のひとつ 南島

 (関連ブログ記事)
 「世界遺産登録 -観光への期待と懸念
 「国立公園 人と自然(2) 小笠原国立公園 -世界遺産候補になった東洋のガラパゴス、ペリーやジョン万次郎も訪れた島々
 その他、「国立公園 人と自然」の各記事を参照ください。
 


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愛知ターゲットと保護地域 -保護地域の拡大になぜ対立するのか [保護地域 -国立公園・世界遺産]

 名古屋で開催された生物多様性条約COP10の成果の一つ、生物多様性の保全目標などを定めた「愛知ターゲット」も、遺伝資源のアクセスと利益配分(ABS)のルールを定めた「名古屋議定書」と同様に、最後の最後まで論争が続いた。生物多様性の保全は、世界の誰もが賛同するはずなのに、なぜ対立が生じるのか。愛知ターゲットの20項目の一つで、最大の焦点でもあった「保護地域」について考えてみる。(本ブログは、「COP10の背景と課題」シリーズ(4)を「保護地域」カテゴリーとして重複掲載するものです。)

 生物多様性条約(CBD)では、保全のための主要な手段として「生息域内保全」を定めている(第8条)。これは、多様な生物や生態系を自然状態で保全しようというものだ。その中核的な方法として、保護地域を定めてできるだけ人間の影響などを排除して保全することも示されている。ちなみに、「生息域内保全(in-situ conservation)」でも危うくなった生物種などの保全のためには、動物園、植物園、さらにはシードバンク(種子銀行)やジーンバンク(遺伝子銀行)などの人間の管理下で保護することも必要だ。これを条約では「生息域外保全(ex-situ conservation)」と定めている(第9条)。

 保護地域は、古くは王侯貴族などの狩猟の場や狩猟対象動物の確保(game reserve)のために誕生した。紀元前700年には、アッシリアに出現したという記録もあるという。日本でも、江戸時代の鷹狩のための鷹場や御巣鷹山、あるいは鴨場などが知られている。先日NHKで放映された「ブラタモリ」でも、目黒界隈や現在の東京大学駒場キャンパス、あるいは浜離宮公園などの鷹場などを訪ねていた。鷹場では、建物の新築や鳥類の捕獲などが禁じられていたという。また、有用材の木曽五木を擁する尾張藩では、無断伐採者に対して死罪を含む厳罰で臨んだことも良く知られている。現在では、国立公園や世界遺産地域など、さまざまな種類の保護地域がある。(「意外と遅い?国立公園の誕生 -近代保護地域制度誕生の歴史」、「日本の国立公園は自然保護地域ではない? -多様な保護地域の分類」)

 こうした保護地域について世界中の関係者が集まる会議「世界国立公園会議」が、1962年の米国シアトルを第1回として10年に1度開催されている。その第3回会議(1982年バリ)の会議勧告では、地球上全陸地面積の5%を保護地域にすることを目標としていた。その後、保護地域面積は順調に増加し、第4回会議(1992年カラカス)では目標を10%とした。生物多様性の保全のための「2010年目標」(2002年ハーグCOP6で採択、2004年クアラルンプールCOP7で詳細決定)では、陸域、海域(海域は2012年目標)ともに、10%を保護地域の目標値とした。その後も保護地域の増加は著しく、2008年には、陸上保護地域だけでも全世界で12万か所を超え、地球上の陸地面積の12.2%を占めるまでになった。

 s-生命の宝庫熱帯林0765.jpg保護地域は条約でも規定されるとおり生物多様性の保全に寄与するものであり、熱帯林の消失などに対処するため先進国を中心に保護地域の一層の拡大を求める声は強い。そこで、名古屋のCOP10では、「ポスト2010年目標」として、保護地域の目標を15%に、あるいは20%にする案などが議論された。一般的には、生物多様性の保全のためには保護地域拡大が有効であることには反対論も少ないはずだと考えられる。しかし、途上国などは、高い目標値の設定には強く反対した。  

 途上国が保護地域面積割合の拡大に反対するのは、一言でいえば、開発などに支障があり、世界の生物多様性保全の恩恵は先進国の受けるのに、保全のために途上国だけが犠牲を強いられていると考えるからだ。こうした考えに基づく南北対立の構図は、制定過程を含む生物多様性条約全般にみることができる。地球温暖化の論争でも同様だ。

 その背景には、植民地時代などの保護地域は、先進国の人々の狩猟や観光などの目的、あるいは単に保護主義による野生生物保護の目的だけのために設定されたもので、地域住民(先住民)には利益はなかったとの思いがある。実際、保護地域内に居住していた住民は、保護地域から追放され、いわゆる米国型(イエローストーン型)の国立公園などとして管理されてきた。(「アバター  先住民社会と保護地域」)

 単に自然状態を維持するだけで森林伐採など資源利用もできない保護地域は、何も利益を生み出さないと途上国は考える。それだけではない、保護地域として管理するためには、保護地域の資源に依存する住民から自然を守るためのレンジャーなど、保護のための費用も膨大なものとなる。こうした点も、途上国の被害者意識を一層高めることになる。数字の上では保護地域面積は増加していても、途上国などでは単に地図上で指定しただけ(地図上公園Paper Park)で、実際には保護地域として管理されておらず、その機能を有していないものがたくさんある。

 途上国としても、生物多様性の「持続可能な利用」には理解を示すようになってきた。そこで、ある程度の保護地域拡大はやむを得ないとしても、保護地域管理のため、あるいは開発を犠牲にした代償として、相当の資金を要求している。しかし、際限ない資金供与の懸念から、先進国は途上国の主張に抵抗している。

 これらの背景と主張がからむ保護地域に関する南北対立も、会期末ギリギリのところで、日本を含む先進国側の援助資金提供の意思表示と、保護地域面積割合を提案されていた案の中間でもある17%とすることで、何とか妥結した。しかし、海域の保護地域については、10%で妥結したものの、日本を含め世界の現状は目標から遥かに遠い。世界全体の海域保護地域は、わずか1%にすぎない。一方で、乱獲や埋め立て開発など、生物多様性への脅威は続いている。

 一口に「保護地域」と言ってもその目的、保護地域内の管理手法などは千差万別であり、生物多様性保全の効果も面積割合だけでは語れない。保護地域の面積だけが増加しても、図上だけで実態のないペーパーパークでは意味がない。資金や技術の援助をすることも先進国の責任の一つだ。また、かつての植民地のように、地域住民だけに犠牲や負担を強いるものであってはならない。生物多様性が保全されることによって恩恵を受ける先進国の私たちも、日常生活からは離れた熱帯林や海域の保護と開発(地域社会)のあり方を真剣に考えたい。それにしても、またまた繰り返される「総論賛成、各論反対」はどうにかならないでしょうかネ。そして、生物多様性条約に未だ加盟していない米国も。

 (写真) 生物多様性の宝庫、熱帯林(コスタリカにて)

 (関連ブログ記事)
 「意外と遅い?国立公園の誕生 -近代保護地域制度誕生の歴史
 「日本の国立公園は自然保護地域ではない? -多様な保護地域の分類
 「アバター  先住民社会と保護地域
 「『米国型国立公園』の誕生秘話
 「エコツーリズムの誕生と国際開発援助
 「名古屋議定書採択で閉幕 COPの成果 -COP10の背景と課題(3)
 「ABS論争も先送り 対立と妥協の生物多様性条約成立 -COP10の背景と課題(2)
 「生物資源と植民地 -COP10の背景と課題(1)


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世界遺産登録 -観光への期待と懸念 [保護地域 -国立公園・世界遺産]

 毎日記録的な猛暑が続いているが、夏休みともなると浜辺でのんびりしたくなる人も多いだろう。東京から船で25時間以上かかる小笠原は、究極の「のんびり場所」の一つだ。その小笠原に今月(2010年7月)初めから中旬まで、世界遺産登録可否の審査のため調査団が来ていた。小笠原諸島は、今年1月に世界遺産への推薦書が、日本政府から世界遺産事務を担当する国連教育文化機関(UNESCO ユネスコ)に正式に送付された。これに基づいての現地調査だ。来年6月ないし7月に開催される予定の世界遺産委員会での正式登録決定が期待される。

 s-小笠原1.jpg調査に来たのは、国際自然保護連合(IUCN)から派遣された専門家2名。ユネスコが事務担当なのに、なぜIUCNの専門家が派遣されたのか。世界遺産には、文化遺産、自然遺産、複合遺産の3区分(カテゴリー)がある。それぞれの区分の登録基準に従って、ユネスコの世界遺産委員会において顕著で普遍的な価値があると認められたものが、世界遺産として登録される。1972年に世界遺産条約(正式名「世界の文化遺産及び自然遺産の保護に関する条約」)がユネスコ総会で採択されるまで、文化遺産と自然遺産はそれぞれ別々に保護条約の作成検討が進んでいた。その名残もあって、文化遺産と自然遺産が区分けされ、最近(2005年)になってやっと複合遺産という区分が誕生した。そんな経過もあり、条約の事務局はユネスコだが、文化遺産は国際記念物遺跡会議(ICOMOS イコモス)が、自然遺産はIUCNが、それぞれ審査などの技術的支援をすることになっている。今回の小笠原にIUCNから専門家が派遣されたのは、このためだ。

 一方、昨日7月24日付の朝日新聞記事によると、文化遺産の審査が厳しくなり、来年の登録を目指して再挑戦中の「平泉」も前途多難だという。さらに2012年の登録に向けて準備中の「鎌倉」と「富士山」は、推薦書提出の先送り論まで強まっているという。実は私は、富士山の世界文化遺産登録推薦のための学術委員も仰せつかっている。いや、別に委員でなくとも日本人としては、絵画をはじめ多くの芸術・芸能、信仰、さらに商標デザインなどにまで用いられるなど、さまざまな形で日本文化や日本人のアイデンティティを形成してきた富士山を世界に誇りたい気持ちは強い。しかし、なかなかハードルが高いのも事実だ。

 s-富士山0232.jpg「小笠原諸島」は2007年には暫定リストに掲載された。この暫定リストとは、国内で世界遺産の候補地として正式に認めて掲載されるもので、登録のための推薦書提出までの長い道のりの第1段階だ。小笠原の場合には、外来種問題などの解決のため、暫定リスト掲載後から正式推薦書提出までにさらに数年を有した。富士山も暫定リストには2007年に登載されている。

 この暫定リスト候補には、各地の自治体から多数の推薦が相次いでいるという。いずれも、世界遺産の知名度を生かして、観光開発に繋げようとの大きな期待がある。しかし、自然遺産の場合には、多数の観光客が訪れることにより、自然が損傷される懸念もある。すでに世界自然遺産に登録されている「屋久島」や「知床半島」「白神山地」では、観光客の急増で、踏みつけによる林木や林床植生への影響、さらにし尿やゴミ、騒音などの問題が顕在化している。ダーウィンの進化論でも有名な世界遺産第1号(1978年)の「ガラパゴス諸島」は、観光客の増加やホテル開発などにより環境への影響が大きくなり、2007年には「世界危機遺産」に指定されてしまった。かつて、わが国の国立公園制度創設期(「意外と遅い?国立公園の誕生 -近代保護地域制度誕生の歴史」)には、観光開発への期待から日本中で公園指定の陳情があった。しかしその後、国立公園の役割が自然保護や生物多様性保全にシフトするにつれ、行為規制を鬱陶しく思う自治体などからは公園解除の陳情が来るようになった。世界遺産には、こうなってほしくない。

 つい先日(7月22日)、IUCNの世界保護地域委員会(WCPA)メンバーの私に、IUCNから世界自然遺産の審査委員推薦依頼のメールが来た。これによると、本年の自然遺産候補リストには、小笠原のほか、中国やベトナム、インド、イランのアジア諸国、ベナン、ケニア、コンゴのアフリカ諸国、さらにドイツとオーストラリアからの候補地が掲載されているという。さらに、複合遺産にも、中国、ナイジェリア、スペイン、コロンビアの候補地がある。前述の新聞記事の文化遺産に限らず、自然遺産も候補地は多い。これらの候補地は、我こそは世界に傑出した自然であるとの地元の自負と誇り、さらに観光など地域振興の期待を背負っている。念願の世界遺産登録が、曲がり間違っても、危機遺産へのスタートラインとならないように祈りたい。

 なお、(財)自然公園財団では、パークガイド・シリーズとして「小笠原」を2010年3月に発行した。小笠原国立公園の自然情報などが満載のガイドブックである。私も、「国立公園そして世界遺産へ -小笠原の国立公園指定の経緯・世界遺産登録の動き-」を執筆している。興味のある方は、次のwebからの取り寄せ、または小笠原父島の売店や往復の船内で購入してください。  http://www.bes.or.jp/publish/parkguide.html

 (写真上)小笠原
 (写真下)富士山

 (関連ブログ記事)「国立公園 人と自然(2) 小笠原国立公園 -世界遺産候補になった東洋のガラパゴス、ペリーやジョン万次郎も訪れた島々」、 「国立公園 人と自然(10) 富士箱根伊豆国立公園 -世界のフジヤマ、天下の険 箱根、そして踊子の伊豆」、 「国立公園 人と自然(10) 富士箱根伊豆国立公園(追補) -陽光輝く海原と桜満開の伊豆半島」、 「富士山の麓で国立公園について講演」、 「国立公園 人と自然(5) 知床国立公園 -知床旅情と世界遺産で急増した観光客」(世界自然遺産:知床半島)、 「国立公園 人と自然(7) 霧島屋久国立 -神話と龍馬の霧島、縄文杉の屋久島」(世界自然遺産:屋久島)、 「国立公園 人と自然(9) 吉野熊野国立公園 -原始信仰と世界遺産の原生林」(世界文化遺産:紀伊山地の霊場と参詣道)、 「国立公園 人と自然(番外編2) カナイマ国立公園(ベネズエラ) -テーブルマウンテンが林立する『失われた世界』」(世界自然遺産)、 「意外と遅い?国立公園の誕生 -近代保護地域制度誕生の歴史


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アバター  先住民社会と保護地域 [保護地域 -国立公園・世界遺産]

 話題の3D映画「アバター」をみてきた。さすが3Dは迫力がある。あまり映画もみない私だが、ついつい引き込まれてしまった。しかし、それ以上に関心を引かれたのは、映画の舞台設定だ。森で平和に暮らす「先住民」と呼ばれる人々に、資源開発で金もうけをしようとする「人間」が立ち退きを迫り、ついには戦争状態になるというものだ。中国で、このアバターの上映禁止問題が起きたのも、少数民族問題を考えるとうなずける。

 ところで、このブログの中心テーマの一つでもある国立公園などの自然保護地域でも、実はこのアバターと似たような問題が起きていたのだ。アバターの資源開発と先住民の対立の話が、なぜ先住民と保護地域、同じ自然保護派同士の話と似てくるのか。そこには、太古から連綿と生活を続けてきた「先住民」と呼ばれる人々の社会と、いわば侵入者でもある「文明人」との軋轢、そして侵入者によるガバナンス(管理・統治)によって先住民の生活が脅かされるという点で、類似点があるのだ。

 s-先住民報告0028.jpg1872年に広大な国土を有する米国で始まった国立公園制度は、その景観や野生生物を手付かずの状態で後世に伝えようとするものだった。その後、アフリカ、中南米や東南アジアなどの植民地に導入された米国型の国立公園制度は、厳正な自然保護を重視するあまり、自然資源を利用していた先住民などの伝統や生活を無視し、時には部落ごと公園区域から追い出すようなこともあった(こうした、公園専用地型を専門用語では「営造物制」という)。しかし、公園内の自然資源に依存して生活していた人々は、レンジャー(国立公園管理官)の目を盗んで薪炭など燃料や食料、薬草などの資源採取を繰り返し、公園管理と違法採取のイタチゴッコが続いた。

 最近になってようやく世界的にも、保護地域の管理のためにも地域社会の生活の安定は必要だとの認識が生まれてきた。これには、生物多様性条約を巡る途上国と先進国との対立などで、途上国の資源原産国意識や農民・女性の権利意識が芽生え、これに先進国が理解を示すようになってきたこともある。1992年のリオ・デ・ジャネイロで開催された「国連環境開発会議」(地球サミット)では、「リオ宣言」や「アジェンダ21」に、こうした考えが盛り込まれた。もっともこれも、これまでの行為を反省し、罪滅ぼしの意識に目覚めたものと捉えられないこともない。

 10年に一度、世界中から国立公園などの保護地域や自然保護の専門家が集まる「世界国立公園会議」というのがある。1962年に第1回が米国のシアトルで開催されて、直近は2003年の第5回会議だ。私は、この世界国立公園会議に、1982年の第3回(バリ島・インドネシア)、1992年第4回(カラカス・ベネズエラ)、そして第5回(ダーバン・南アフリカ共和国)と出席してきた。おそらく(間違いなく)、日本では最多の出席だろう。この第5回世界国立公園会議でも、「地域社会とともに生きる保護地域」がテーマの一つとなった。会議には、120人ほどの先住民関係者も参加した。そしてセッションでは、地元アフリカはもとより、南米エクアドルのコパンインディオ、オーストラリアのアボリジニ、カナダのイヌイット、マレーシアのイバンなどの先住民から、それぞれがおかれている生活実態と保護地域の実情紹介などが相次いだ。

 s-南ア住民0106.jpgその際に訪れたグレーター・セント・ルシア湿地公園(Greater St. Lucia Wetland Park)(南アフリカ共和国)は、面積26万ヘクタールにも及ぶ湿地とサンゴ礁、海岸砂丘などの自然保護区で、世界遺産にも登録され、2か所のラムサール登録湿地もある。その湿地には、多くの水鳥やカバ、ワニなどが生息している。この湿地周辺の森林に先祖代々住んでいた住民たちは、突如政府により居住地から追放された。世界遺産として推薦するためには、保護地域に住民が居住して資源利用しているのは都合が悪いのだ。抵抗する住民たちは不法占拠を続け、逮捕者も相次いだ。こうした政府と地域社会との長い闘争の末、1993年にやっと両者の合意がなされ、逮捕者は釈放され、住民たちは代替地を所有することになった。それでもまだ、移住を拒否し、森林地域に居住し続ける住民もいた。こうした政府と地域住民との争いの末ついに、湿地と海岸は1999年に世界遺産として登録された。保護地域外に移住した住民たちには教育やロッジ建設などによる雇用の機会も与えられ、女性たちは観光用の手工芸の土産物作りに精を出すようになり、政府もこれを援助している。

 保護地域を分類した「保護地域カテゴリー」(「日本の国立公園は自然保護地域ではない? -多様な保護地域の分類」を参照)では、自然資源をある程度の地域社会による利用を許容しながら管理する「資源管理保護地域」(Managed Resource Protected Area)、さらに取り上げた保護地域を地域社会に返還したうえで管理してもらう「地域社会保全地域」(Community Conserved Area: CCA)なども追加された。オーストラリアやニュージーランドをはじめ多くの地域で、これらの保護地域も誕生してきている。世界各地で実施されている「エコツーリズム」も、自然への影響を最小限にした自然観察型観光と地域社会の文化保護や経済的安定との両立を図る手段のひとつとして注目されている。

 保護地域の中にも地域住民が生活している「日本型」の国立公園(これを専門用語では「地域制」という)は、こうした世界の傾向を先んじたものとして見直されつつある。といっても、これは結果論にすぎないかもしれない。狭い国土で、昔から濃密な土地利用がなされてきた日本では、明治から昭和にかけての国立公園制度黎明期に、結果としていわゆる「地域制」の国立公園制度を採用せざるを得なかったのだ(「意外と遅い?国立公園の誕生 -近代保護地域制度誕生の歴史」を参照)。

 「アバター」をみていて、日本のアニメ映画「もののけ姫」が思い浮かんだ。両者は、類似の舞台設定だと思う。「もののけ姫」では、自然(森の精霊)と資源利用(たたら場)をもくろむ人間との争いが描かれている。「アバター」でも「もののけ姫」でも、一戦を交えて双方に被害が出てからでは遅い。その前に、「共生」する道を探ることはできないのだろうか。過去の教訓、歴史から学ぶことがいかに大事か頭では理解していても、それを実行するのはどんな場面・分野でも難しい。支配権力者にとっては、映画や文学作品などは所詮おとぎ話にすぎないのだろうか。さげすむことなく理解し、そこから教訓や歴史を汲み取ってほしい。もっとも、ただのアニメおたくの権力者にも困ったものだが。


 (写真上)世界国立公園会議で報告するエクアドルの先住民女性(第5回世界国立公園会議(2003年南アフリカ共和国ダーバン)にて)
 (写真下)世界遺産の保護地域設定のために土地を追い出された住民(中央:実情を我々に語っている)(グレーター・セント・ルシア湿地公園(南アフリカ共和国)にて)
 

 (関連ブログ記事)「『米国型国立公園』の誕生秘話」、 「富士山の麓で国立公園について講演」、 「意外と遅い?国立公園の誕生 -近代保護地域制度誕生の歴史」、 「日本の国立公園は自然保護地域ではない? -多様な保護地域の分類」、 「エコツーリズムの誕生と国際開発援助」、 「エコツーリズムと保全について考える -エコツーリズム協会記念大会でコーディネーター」、 「熱帯林の消滅 -野生生物の宝庫・ボルネオ島と日本」、 「インドネシアの生物資源と生物多様性の保全」、「インドネシア生物多様性保全プロジェクト3 (国立公園管理)」、 「生物資源をめぐる国際攻防 -コロンブスからバイテクまで」、 「金と同じ高価な香辛料」、 「国立公園 人と自然(9) 吉野熊野国立公園 -原始信仰と世界遺産の原生林」、 「国立公園 人と自然(番外編2) カナイマ国立公園(ベネズエラ) -テーブルマウンテンが林立する「失われた世界


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日本の国立公園は自然保護地域ではない? -多様な保護地域の分類 [保護地域 -国立公園・世界遺産]

 熱帯林などの生物多様性の減少が地球規模で進む中、自然保護地域(以下、「保護地域」)の役割はますます増大している。世界には、国立公園を含めて、原生的な自然の保護を目的としたものから、記念物的なもの、あるいは特定の景観や動植物種を保護対象としたものなど、多様な保護地域がある。国連環境計画(UNEP)の付属機関、世界自然保全モニタリングセンター(WCMC)の2008年公表データによれば、陸上保護地域だけでも全世界で12万か所を超え、地球上の陸地面積の12.2%を占めているという。

 この保護地域の性格や位置づけ、管理体制などは実に多様である。たとえば、一口に「国立公園」といっても、国によってその形態や問題点は様々だ。世界の保護地域の現状を把握し、問題点などを抽出するためには、ある程度同一の基準で包括的に分類してリスト化することが有効だ。このため、UNEPと国際自然保護連合(IUCN)は共同して、「国連保護地域リスト」を作成している。1994年に改定されたカテゴリーでは、世界の保護地域を次のように6カテゴリー(類型)に分類している。

保護地域カテゴリー(IUCN 1994)
I 厳正保護地域/原生地域
 Ia 厳正保護地域(Strict Nature Reserve)
  主として学術的な目的のために管理される保護地域
 Ib 原生地域(Wilderness Area)
  主として原始性の保護のために管理される保護地域
II 国立公園(National Park)
  主として生態系保護とレクリエーションのために管理される保護地域
III 天然記念物(Natural Monument)
  主として特異な自然物を保全するために管理される地域
IV 生息地/種管理地域(Habitat / Species Management Area)
  主として管理介入を通じた保全のために管理される保護地域
V 陸域景観/海域景観保護地域(Protected Landscape / Seascape)
  主として陸域景観・海域景観の保全とレクリエーションのために管理される保護地域
VI 資源管理保護地域(Managed Resource Protected Area)
  主として自然生態系の持続可能な利用のために管理される保護地域

s-南硫黄島0468.jpg このうち、Iの厳正保護地域(原生地域)は、人為の影響のない、あるいは少ない自然をそのまま手つかずに残しておこうというものだ。日本では、「自然環境保全法」(1972年)によって指定される「原生自然環境保全地域」などが相当する。米国では、日本の自然環境保全法が制定されたときのモデルの一つにもなった「原始地域法(または原生自然法)(Wilderness Act)」(1964年)による「原始地域」などがある。いずれも、科学研究や教育の場として確保し、許容される利用も、登山など徒歩利用による原始的なものに限定される。時には、立ち入りが禁止される地域も設定される。日本でも、太平洋に浮かぶ無人島の「南硫黄島原生自然環境保全地域」では全島が、わが国唯一の「立入制限地区」に指定されている。

 しかし、何といっても、保護地域の中で中心的役割を担っているのは、今も昔も「国立公園」だ。以前のブログ記事で紹介したとおり、世界最初の米国の国立公園(「『米国型国立公園』の誕生秘話」)と、日本の国立公園(「意外と遅い?国立公園の誕生」)とでは、その成立過程の違いから、公園の指定対象までもが異なっている。国連保護地域リストでは、これまで日本の国立公園の多くが、カテゴリーIIの「国立公園」ではなく、カテゴリーVの「景観保護地域」に分類されてきた。

 環境省(かつての環境庁)では、やっきになって景観保護地域から国立公園への変更をIUCNに働きかけたことがある。その結果、日本でも国立公園と位置づけられる公園がだいぶ多くなってきた。一方、同じように国立公園が景観保護地域に分類されている英国は、「景観」こそが人類と自然との相互の長年の営み(協働)によって作り上げられてきたもので、後世に残すべきものであると、むしろ景観保護地域に分類されたことを誇りに思っているようだ。

 紺碧の海原から見上げれば、蜜柑が色づき、陽光を浴びて白い除虫菊が咲き乱れる多島海の島々を巡る瀬戸内航路。蒸気汽船の汽笛も聞こえてきそうなのんびりとした風景だ。日本で最初の国立公園のひとつ、瀬戸内海国立公園が指定された昭和9年(1934年)当時は、こんな様子だったことだろう。これではどう見ても、原始的な自然を保護する国立公園ではなく、風光明媚な景色を保護する景観保護地域と言われても仕方ない。

 (写真) 日本で唯一の立入制限地区が指定されている「南硫黄島原生自然環境保全地域」(鳥は、カツオドリ)
 (関連ブログ記事) 「『米国型国立公園』の誕生秘話」 「意外と遅い?国立公園の誕生」 「富士山の麓で国立公園について講演


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エコツーリズムの誕生と国際開発援助 [保護地域 -国立公園・世界遺産]

 近年、国際開発援助(国際協力)においても、「エコツーリズム(ecotourism)」という用語が頻繁に使用されるようになってきた。このエコツーリズムの定義は様々で、10人集まれば10通りと言われている。実際世界的にも多くの国際会議、あるいは団体や研究者が定義を発表している。たとえば、第1回東アジア国立公園保護地域会議(1993年中国・北京)では、「環境に配慮した旅行の推進または旅行者が生態系や地方文化に対する著しい悪影響を及ぼすことなく自然および文化地域を訪れ、理解し、鑑賞し、楽しむことができるよう施設および環境教育を提供すること」とされている。国内でも、(財)日本自然保護協会やNPO法人日本エコツーリズム協会をはじめとして、多様な定義が発表されている。いずれにしろ、現在のところの大方の合意は、①自然や文化を損なわない持続可能な観光利用、②自然や文化の理解・学習、③地域社会の振興、の要素を含んでいることであろう。以下は、私の専門分野である自然保護地域・生物多様性保全を中心に、エコツーリズムと国際開発援助についてみてみる。

 前述のエコツーリズム要素の①自然を損なわない観光、②自然観察や自然解説・教育は、「エコツーリズム」用語の誕生前から長い歴史を持ち、我が国を含め世界的にも、自然保護や国立公園管理などの施策に取り入れられてきた。そもそも、国立公園とは自然を保護しつつレクリエーション利用などに供する場として設定されたもので、米国のレンジャーやビジターセンターに代表されるような自然解説も伴うものであった。しかし、国立公園誕生の過程では結果として、先住民であるネイティブ・アメリカン(インディアン)の土地を取り上げて保護地域とすることになった(ブログ記事「『米国型国立公園』の誕生秘話」を参照されたい)。同様に、アフリカ、中南米や東南アジアなどの植民地に導入された米国型の国立公園制度は、厳正な自然保護を重視するあまり、先住民などの伝統や生活を無視し、時には部落ごと公園区域から追い出すようなこともあった。そのため、燃料(薪炭)や食糧、薬草など公園内の自然資源に依存して生活していた人々は、レンジャー(国立公園管理官)の目を盗んで資源採取を繰り返し、公園管理と違法採取のイタチゴッコが続いた。また、かつての自然保護のための援助プログラムは、保護地域を設定し、そこでの自然観察のための仕組みは、ややもするとサファリのような大規模な観光開発に発展することもあった。

 こうしたマスツーリズムや地域社会対応への反省もあり、「持続可能な開発」の概念を提唱した「世界保全戦略」(IUCNなど1980年)、およびこれを受けて開催された「第3回世界国立公園会議」(1982年インドネシア・バリ島)などを経て「持続可能な観光(sustainable tourism)」の概念と地域社会を尊重する考え方が徐々に形成されてきた。さらに、「自然ツーリズム(nature-tourism)」、「コミュニティベース・ツーリズム(community-based tourism)」や「エコツーリズム(ecotourism)」などの用語も誕生してきた。80年代に誕生した「エコツーリズム」という用語は、第4回世界国立公園・保護地域会議(1992年ベネズエラ・カラカス)において、自然保護と地域社会発展の統合の手段として明確に位置づけられた。s-バードウォッチング.jpgすなわち、エコツーリズムによる地域社会の経済性向上によって、保護地域内の自然資源に依存する生活からの脱却を図り、また住民が自然の価値を再認識することで、自然保護を保証しようとするものである。また、単に地域住民との関係だけではない。多額の国際的負債を抱えた途上国政府を救済する手段としての「自然保護債務スワップ」の実施に際して、途上国の財政基盤を強化するための経済的手段(産業)としての位置づけもある。

 国際開発援助プログラムでは、「エコツーリズム」の用語を使用しているプログラムであっても、前述の要素をすべてを含んでいるとは限らないし、焦点の当て方もかなり異なる。一方で、「エコツーリズム」の用語を使用していなくとも、前述のエコツーリズムの要素に合致するような活動を取り入れているプログラムも多い。たとえば、保存団体や地域共同体などによる地域文化を保存するための経費収入の一環としてエコツーリズムロッジ運営などの場合もある。あるいは、地域の経済発展を目指す援助プログラムでは、外部資本によらずに、地域の活動として容易に実施できる観光産業としてのエコツーリズムを取り入れているものもある。

 自然保護とエコツーリズムに関連する事例では、80年代からは、保護地域の管理と地域住民の社会・経済的要求を調和させることにより自然保護を保証しようとする「保全開発統合プロジェクト(ICDP)」が、世界各地で援助プログラムとして大規模に実施された。ここでは、エコツーリズムの用語は使用していなくとも、自然保護と地域経済発展の両立を図るために、実質的なエコツーリズムが取り入れられてきた。しかし時として、経済開発を優先した大規模プロジェクトとして実施された場合には、従来のマスツーリズムに近くなる恐れも有している。また、90年代半ばからは「リオ宣言」(1992年リオデジャネイロ・ブラジル)などの影響もあり、国際協力の世界でも地域社会・共同体の尊重と住民参加を重視する傾向が強まった。開発プロジェクトも、ミニプロ(小規模プロジェクト)、草の根無償など援助額が小規模で、NGOなどが主体となるものが盛んになった。これに伴い、エコツーリズムを取り入れた援助プログラムも一層増加した。我が国でJICAプロジェクトとしてエコツーリズムを明確に活動計画に取り入れたおそらく最初の一つは、「インドネシア生物多様性保全計画」(1995年開始)(ブログ記事「インドネシア生物多様性保全プロジェクト1および同2」を参照されたい)ではないだろうか。その後、マレーシアなど各地のプロジェクトでエコツーリズムが取り入れられてきている。

 最近は日本国内でも、各地で「エコツーリズム」「エコツアー」が脚光を浴びてきている。60年代の高度経済成長期のように、各地でスカイライン(観光道路)を造って自然を破壊するような観光開発は鳴りをひそめた。しかし、「エコツアー」そのものが、新たなブランド、観光商品として集客能力をもっているのも事実である。エコツーリズム先進地の各地では、観光客の増加やガイドの資質など、自然破壊にもつながりかねないエコツーリズムとは名ばかりの新たな問題も懸念されている。「エコツーリズム」とは、単に人間のための利益、地域社会の収入増加の手段として従来の「観光」が置き換わったものではなく、前述の要素①~③のすべての活動を通じて、人間が自然から受けた恩恵を自然に対して還元するものと考えたい。

 *この記事は、筆者「国際協力からみたエコツーリズム」(季刊ECOツーリズム42・43『エコツーリズム 未来への課題と展望』、2009年)、「生物多様性と国際開発援助」(環境研究126、2002年)および「インドネシアのエコツーリズム」(『エコツーリズムの世紀へ』エコツーリズム推進協議会編発行、1999年)をもとにしています。

 (写真)エコツーリズムロッジ(左手建物)前でのバードウォッチング(インドネシア)

 (関連ブログ記事)「エコツーリズムと保全について考える」 「『米国型国立公園』の誕生秘話」 「富士山の麓で国立公園について講演」 「インドネシア生物多様性保全プロジェクト1」 「インドネシア生物多様性保全プロジェクト2」 「熱帯林の消滅
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エコツーリズムと保全について考える -エコツーリズム協会記念大会でコーディネーター [保護地域 -国立公園・世界遺産]

 NPO法人日本エコツーリズム協会の設立10周年記念大会が、3月16日(月)に京王プラザホテルで開催されました。C.W.ニコルさんの記念講演などのあと、午後には合計10の分科会が開催されました。私は協会の会員ではありませんが依頼されて、この第4分科会「持続可能な観光 ~エコツーリズムを通じた保全はどうすれば実現するのか~」と第9分科会「環境問題とエコツーリズム ~地球温暖化、生物多様性保全時代の観光として~」のコーディネーターを務めました。当初は、第4分科会だけでしたが、直前になって第9分科会のコーディネーターのご都合が悪くなり、急遽代役となった次第です。

 第4分科会では、西原弘さん(NPO法人日本ガラパゴスの会事務局長)、瓜田勝也さん(NPO法人霧多布湿原トラスト理事)、壱岐健一郎さん(有限会社リボーン代表・NPO法人エコツーリズム・ネットワーク・ジャパン代表理事)の3人のパネリストの方々から、それぞれの活動をご報告いただきました。私は、冒頭で問題提起も兼ねて、小笠原南島と途上国世界各地のエコツーリズムの例をスライドで示しながら、次のような発表をしました。エコツーリズムは、もともと従来型の大量観光(マスツーリズム)の反省・アンチテーゼから生まれたところがあります。自然や文化を損なわないことが前提ですが、ややもすると「エコツーリズム」のラベルを貼っただけの観光による影響が懸念されます。また、途上国の保護地域では、地域住民を追い出して設定・管理された保護地域の自然資源をめぐって、生活のために依存せざるを得ない住民と管理者のいたちごっこが続いています。s-コスタリカエコツーP3050037.jpgエコツーリズムは、ガイドや宿泊施設従業員、土産物製造販売など雇用と現金収入の機会を与え、それにより自然資源依存から脱却することによって、自然保護に貢献することが可能です。ディスカッションでは、自然や文化を損なわない観光・エコツーリズムから、さらに一歩進めて「保全のためのエコツーリズム」についても取り上げました。利用の対価あるいは保全の費用負担としての利用料から、利用者意識、企業のCSR、マスコミの取り上げ方、ルール作りなど、幅広い内容が話題となりました。

 第9分科会のパネリストは、日比保史さん(コンサベーション・インターナショナル・ジャパン代表)、松本毅さん(屋久島野外活動総合センター代表)、樋口誠司さん(株式会社JTB関東交流文化事業チーム企画開発マネージャー)の3人でした。この分科会のテーマは、第4分科会のテーマと類似していて、同一人がコーディネーターを務めるとどうしても区別がつかなくなります。さらに、突然のピンチヒッターということもあり準備不足の面も否めません。そこで、私は地球環境問題を意識的に取り上げることとして、冒頭で従来の環境問題と近年の地球環境問題の違いを紹介しました。すなわち、従来型の公害や自然保護は地域限定的であり、加害者(原因)と被害者(影響)は区別されていました。それに対して、地球環境問題は、広範囲であり、加害者と被害者も不可分のことが多いのが特徴です。この面からも、新たな環境の時代のエコツーリズムは、エコツーリズムを実施する地域の環境保全に資することはもちろんですが、さらに広範な地域の保全のためになり得るような、またエコツーリズム自体が加害者にならないような仕組みが必要と考えています。パネルディスカッションでも、地球規模の生物多様性・生態系サービス、カーボンオフセットの取り組みや貧困問題への取り組みなどが話題になりました。しかし、そもそも観光のために移動すること自体が二酸化炭素を排出しており、カーボンオフセットも自己満足・免罪符ではないかといったような、根本的な疑問も依然として残ります。さらには、観光旅行中だけでなく、日常生活での意識と行動、すなわち個人のライフスタイルにも関わります。

 「エコツーリズム」は、上記のように観光によって自然や文化が損なわれてきたことの反省から誕生しました。一方で、携わっている多くの人々や地域では、産業としての経済性を考慮せざるを得ない面もあります。このジレンマは、大会に出席した多くの人が感じていることでしょう。単に集客力のある新たな観光商品名としてのエコツーリズム、ということにならないようにしなければなりません。エコツーリズムを、参加する人が増えれば増えるほど自然の保全となるような仕組みとしたいものです。そんなことを強く感じた大会でした。

 (写真) 主要産業のエコツーリズム・ガイド風景(コスタリカにて)
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「米国型国立公園」の誕生秘話 [保護地域 -国立公園・世界遺産]

 世界で最初の国立公園は、1872年に誕生した米国のイエローストーン国立公園(Yellowstone National Park)だ。この公園の誕生には数々の逸話が残されている。時はゴールドラッシュに沸く西部開拓の時代。幌馬車を連ねて西へ西へと進んだ開拓民たちは、適地があればそこで牧場経営などをはじめた。土地はもともとは先住民族であるネイティブ・アメリカン(インディアン)のものだが、開拓民も政府も、そのような考えには至らなかった。開拓民が開墾すれば、そこは自分たちの所有地になったのだ。そんな時代、1870年にワッシュバーン(Henry D. Washburn)らの探検隊は、イエローストーン地域で間欠泉や雄大な滝などの大自然に目を奪われた。その夜キャンプの焚き火に顔を染め、金属カップのコーヒーをすすりながら、隊員たちは昼間見た景色の感動に酔いしれていた(これは、私が子供のころに見たテレビの西部劇の場面からの勝手な想像にすぎないが)。その時、コーネリアス・ヘッジス(Cornelius Hedges)という若者が、これらの大自然を個人所有にして荒らしてしまうのではなく、後世にまで伝えて公共の利益に供すべきだと熱く語った。彼にとっては、この主張を人前で披露するのは3回目だった。これが、世界で最初の国立公園、イエローストーン国立公園の始まりである。

 という話が今や伝説となっている。私も、林学科の大学生の時、環境庁の参事官で非常勤講師をしていた大井道夫氏から授業でその話を聞き、今でもなぜか頭から離れない。時々自分の講義でも、まことしやかに披露することもある。米国国立公園局のホームページなどでも紹介されている。しかし実際は、そのように単純で、美しいだけの伝説でもないようだ。

 日本の国立公園の誕生は、世界恐慌を契機とした外貨獲得政策から生まれ、観光のための風景保護が主体というのが、前回のブログ記事であった。それに対して、米国の国立公園は原始自然(wilderness)の保護、生態系の保全が主体であるといわれている。国際自然保護連合(IUCN)の「保護地域カテゴリー」でもそうだ。しかしイエローストーン国立公園誕生の陰にも、当時西部に鉄路を拡大していた鉄道会社の働きかけがあったようだ。すなわち、観光目的でもあったわけだ。

 米国の国立公園誕生で忘れてはならない人物の一人は、「国立公園(あるいは自然保護)の父」といわれるジョン・ミュアー(John Muir)であろう。森の生活(ウォールデン)で有名なソロー(Henry David Thoreau)とともに、米国の自然派(ナチュラリスト)の先人だ。s-ヨセミテP7030166.jpgヨセミテ国立公園の設立に尽力したことで有名で、ジョンミュアー・トレイルにその名を残し、自然保護団体シエラ・クラブ(Sierra Club)の創始者でもある。米国の国立公園は、決してヘッジスの発案だけで誕生したわけではなく、多くの人々の努力の結晶であった。

 また、イエローストーンよりもヨセミテのほうが、実質的には世界初の国立公園だという考え方もある。ヨセミテは、イエローストーン国立公園の誕生よりも早く、1864年に州立公園(state park)として誕生した(国立公園に指定されたのは1890年)。これは当時、たまたまヨセミテのあるカリフォルニア州には地方政府が確立されており、後世に伝えるべき自然を州立公園として管理することが可能だった。一方、イエローストーンの属するワイオミング州では公園を管理すべき州政府機能が確立していなかったため、連邦政府が管理する「国立公園」(national park)となったというわけだ。

 これらのような、世界で初めての国立公園誕生の契機となった時代背景や自然へのまなざし、土地所有に対しての考え方などは、その後世界各地、特に植民地で設立された保護地域に、大変大きな影響を及ぼし、保護地域の性格や形態を特徴づけることになった。次のブログ記事からは、いわば米国型の保護地域と日本の保護地域の比較をしていきたい。

 ところで、多様な人種により構成されている合衆国では、「国立公園」は「国旗」とともに国家統一の象徴でもある。そのため、国立公園局は内務省に属し、いわゆる国立公園だけではなく、ホワイトハウス(大統領府)などの歴史的遺産も管理している。日本ではあまりピンとこないが、米国民の国家の象徴、国民統合の象徴としての国旗への思いには、すさまじいものがある。2001年9月の同時多発テロの際、私はハワイにある東西センターの客員研究員だった。テロの発生とともに米本土から遠く離れたハワイで見た光景は、ビルの窓という窓、通りを走る車、すべてに掲げられた星条旗であった。国家の災難に団結して取り組もうという意思表示だ。「国立公園」も国旗と同じように国民から熱い思いで見られているとしたら、実にうらやましい。

 (写真) イエローストーンよりも早い(?)ヨセミテ国立公園の景観(グレイシャーポイント展望台より)
 (関連ブログ記事) 「意外と遅い?国立公園の誕生」 「富士山の麓で国立公園について講演
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