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支配する側 される側 -その倒錯の関係? [日記・雑感]

いつもご訪問ありがとうございます。

最近、たまたま読んだ本や新聞、聴いたラジオ番組などで、「支配と被支配」に関連する内容が重なった。

支配と被支配といっても、別に暴君や帝国主義の植民地の話ではない。ましてや、SだのMだのの話でもない。いや、ちょっとは関係するかな(笑)

副題の「倒錯の関係」もちょっと過激だ。「逆転の発想」というほどの意味なのでご容赦を。

これから書こうとしているのは、日常的な物やペットなどに関わる話だ。

若者は、携帯(スマホ)を使いながら、実は使われている、などというアレである。

NHKラジオに「ラジオ深夜便」という番組があって、バイオリニストの千住真理子さんのトークがあった。

彼女によると、演奏の際(だけではなく普段も)にはファウンデーションも含めて化粧をしないという。
名器ストラディバリウスに化粧の成分を含んだ汗が落ちて、表面のニスが変化しないように気を使っているのだそうだ。

若者のスマホと同様、名器に支配されているといってもよいかもしれない。

ベストセラーにもなっているユヴァル・ノア・ハラリ著『サピエンス全史 文明の構造と人類の幸福』(河出書房新社)には、小麦の話が出てくる。

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麦畑の芽吹き(群馬県高崎市にて)

人類は農耕を始めて、小麦を作物として栽培してきたけれど、小麦の立場からすると逆だという。

つまり、雑草には負けやすく、多くの水や肥料などを必要とする小麦は、人類を奴隷のごとく使って生息地(耕作地)を拡大してきたことになる。

なるほど、生物(遺伝子)の最終目標が「種の保存」であり、そのためにいかに子孫を残すかに腐心して戦略を立てていることは知っていたが、小麦の作物化は小麦の生き残り拡大戦略だったのか。

人類が小麦を食料として使って(支配して)いるのではなくて、小麦の拡大のために人類が使われて(支配されて)いるのだ!!

このような逆転の発想に頷ける事例は山ほどある。

ペットとの関係もそうかもしれない。

作家の内田百閒は、野良猫の子「ノラ」を飼い始めて、15円の牛乳が気に入らないと見るや21円のを買ってやる。
ついには、猫が食べないアラを味付けをし直して夫婦で食べたという(2017年2月6日付 朝日新聞「天声人語」)。

そういえば、昨年読んだポール・ギャリコ著『猫語の教科書』(筑摩書房)には、猫は飼い主の家を占拠し、飼い主を奴隷のように意のままに操ろうとしていると書いてあった。

猫が出ないようにドアを付けたり、物を落とさないように片づけたり・・・結局は猫の居心地の良い猫仕様の家になって、乗っ取られているというのだ。
猫を躾けるつもりが、逆に人間が猫に躾けられているというのだ。

先の内田百閒も、まさに野良猫の奴隷と化したのかもしれない。

実は、本ブログでは初めての紹介(カミングアウト?)となるが、私も捨て猫を飼っている。

昨年の3月、極寒の日に海岸まで散歩に出かけたら、松林で蹲って震えている真っ白い子猫がいた。
乳離れしたばかりらしく、まだしっかり歩くこともできず、凍死してしまいそうなので、拾ってきた。

その猫が私の膝の上で丸くなって寝入っていると、起こさないようにトイレも我慢してしまう。

私の膝も、完全に猫に乗っ取られてしまった。
私も猫の僕となってしまった。

まあ、別にそれでもイイけど・・・

子どもの頃に意味も分からず聞いていた流行歌、奥村チヨ『恋の奴隷』(作詞:なかにし礼、作曲:鈴木邦彦)をふと思い出してしまった。

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