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太古の珍獣と悠久の巨樹 -秩父の神社と巨樹(5) [巨樹・巨木]

秩父市での「巨木フォーラム」エクスカーションの続き。

大徳院の門前には「大徳院の一本スギ」がある。
推定樹齢300年というスギだが、寺に伝わる延享3年(1745年)の古地図にその存在が記されているという。

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大徳院からしばらく歩くと、「奈倉妙見宮」がある。

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ここでは、小鹿野町の秋祭りに女歌舞伎が上演される。
今年も訪れた前夜の10月1日に上演されたことが、テレビニュースで報じられていた。

そのすぐ近くには、化石で有名な「ようばけ」がある。

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荒川支流の赤平川右岸の第三紀層地層の大露頭で、約1500万年前の堆積物からはクジラやサメ、貝類などの化石が発見されている。
2016年3月には、これらの堆積層と化石群が国指定の天然記念物に指定された。

そして「ジオパーク」にも認定されている。
ジオパークは、一定の価値ある地形や地質などを教育や観光などに活用しながら保全もしていこうとする活動だ。

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日本には40以上のジオパークに認定された地域があるが、そのうち8地域は世界的なジオパークネットワークの「ユネスコ世界ジオパーク」にも認定されている。

「おがの化石館」には、ようばけや近くの同じ地層から発見された化石などが展示されている。

その中でも奇獣といわれるパレオパラドキシアは、約2000万年前から1100万年前に日本と北アメリカ西海岸の海辺で生息していた体長2mほどの哺乳類だそうだ。

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骨格模型や復元模型も展示されているが、現在では類似の骨格をもつ生物が生存していないため、その形態はもちろん、生態も謎が多いという。

現在のところ、現代のカバに似た形態と生態であったと想像されている。
浅い海中にも潜って海藻など食べる“草食系”と推定されているせいか、復元模型もそれとなく優しげだ。

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全身骨格の化石は今から40年前の1975年に秩父市大野原で発掘されたが、世界で2例目という貴重なものだ(展示は、レプリカ)。

歯などの部分化石は、海外や日本の他地域でも発見されているが、埼玉県は世界で最もパレオパラドキシアの化石が発見されている地域だそうだ。

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エクスカーション最後の巨樹は、「明ケ指(みょうがさす)のカツラ」だ。

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どちらかというと水分の多いところを好むカツラだが、明ケ指のカツラの生育地は、まさに荒川支流の安谷川の渓流沿いだ。

根元からのたくさんの分枝とコブの独特の雰囲気は、深山渓谷に鎮座する巨樹にふさわしく、フォーラムのポスターやパンフレット表紙をも飾っている。

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悠久の時を生きてきた巨樹でも、さすがにパレオパラドキシアの化石の時代から生き続けているのはない。
しかし、その遺伝子は延々と継承され、イチョウやメタセコイアのように生きている化石と称される種もある。

少なくとも人間の一生をはるかに超えた歴史を見続けてきたことは間違いない。それが巨樹というものだ。



いつも本ブログにご訪問いただき、ありがとうございます。

2016年10月に埼玉県秩父市で開催された第29回「巨木を語ろう全国フォーラム」(10/1フォーラム、10/2エクスカーション)に長らくお付き合いいただきましたが、とりあえず報告は終了します。

次回からは別のテーマとなりますが、引き続きよろしくお願いします。


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困民党とロケット祭の椋神社、そして吉田小学校庭の大木 ― 秩父の神社と巨樹(4) [巨樹・巨木]

しばらく間が空いたが、埼玉県秩父市での「巨木フォーラム」のエクスカーションで巡った巨樹の紹介。

「椋神社」は、明治17年(1884年)に起きた「秩父事件」の際に、3千名ともいわれる農民らが集結した場所として著名だ。

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当時は、デフレ政策と軍備拡張のための増税などで、全国の農民などは生活に困窮し、各地で政府に対する抵抗運動が起きていた。秩父地方でも、デフレなどの全国的な経済不況に加え、欧州での不況による生糸価格の大暴落もあって、秩父銘仙に象徴される生糸の産地でもあった秩父の農民の生活は困窮を極めていた。

秩父事件は、このような中で自由党員を中心に農民らが「困民党」を組織したものだ。

11月1日に椋神社に集結した数千名もの農民らは、猟銃や刀剣などで武装し、翌日には秩父郡の中心大宮郷(現、秩父市)にまで進軍して郡役所や警察なども占拠した。県庁、さらには東京の政府まで攻め入る計画だったというが、出動した軍隊により鎮圧されてしまった。

この「秩父事件」あるいは「困民党」については、圧政を打ち破るための民衆による画期的な蜂起か、あるいは高利貸などを襲った借金苦、生活困窮者の暴徒による単なる略奪、放火事件だったのか、その評価はさまざまなようだ。

時間(歴史)が評価するとは言うけれど、その歴史も時代とともに移ろうのだから厄介だ。

そんな大事件があったのも嘘のように、ひっそりと静まり返った椋神社の本殿脇の広場には、樹齢100年ともいわれる2本のクヌギが寄り添っている。
「椋神社の夫婦クヌギ」と呼ばれている。

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訪れた際には夫婦クヌギの下で、地元の方々が1週間後(10月9日)に控えた椋神社例大祭「龍勢祭」の準備に精を出していた。
夫婦クヌギの右側にある櫓では、龍勢打ち上げの際に太鼓を打ち鳴らすとか。

龍勢祭は、花火を推力にしたロケットのようなものをおよそ15分間隔で30本ほども打ち上げるものだ。

打ち上げ台は、神社から見える丘の中腹の高さ約20mの櫓。

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点火すると轟音とともに数100mの上空に昇り、その姿は龍のごとくということで、この名がついたようだ。
テレビニュースで見たが、まさにロケット祭で壮観だ。実物を見ることができず、残念だった。


次は、市立吉田小学校の校庭に生育している樹齢800年ともいわれる「吉田小学校の大ケヤキ」だ。市指定の天然記念物にもなっている。

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ここは秩父氏館跡ともいわれ、現在では椋神社に移転されている「八幡宮」も建立していた。

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大ケヤキはその敷地外周の斜面に生育していたといわれるが、明治時代末の校庭の拡張などで根元が埋め立てられて、樹勢がだいぶ弱ってきていた。

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全国巨樹・巨木林の会では、今回の巨木フォーラム開催を記念して、「巨樹健康診断」を実施した。

根元を掘削しての診断などのほか、ツリークライミングによる高所診断、最近話題のドローンによる空中調査も実施された。その結果は、フォーラムで報告されたほか、報告書も作成された。

校庭には、久しぶりに見る二宮金次郎の像があった。

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しかし最近では、「ながらスマホ」を助長しているとの親からのクレームで、各地で撤去が相次いでいるともいう。

私は別に金次郎像にそれほど愛着があるわけでもないが、ながらスマホを助長するから撤去しろとの親のクレームとそれを受け入れて撤去する学校(教育委員会)の対応には、正直がっかりだ。

金次郎像による道徳の押し付けもまた、困ったものだけどね・・・。

明治の大事件とその後の農民たちの暮らしぶり、そして小学児童たちの健やかな成長を見続けてきた巨樹たちと金次郎像に出会った秩父路だった。


【本ブログ内関連記事リンク】

巨木フォーラム in 秩父 ― 秩父夜祭 屋台芝居と囃子でおもてなし

巨木フォーラム in小豆島 (1)

巨木フォーラム in小豆島(2) ― 小豆島の巨樹めぐり

どこんじょう 震災にめげずに巨木フォーラム開催







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「シーボルト展」をハシゴ ― 日本に魅せられた男の驚異的な日本収集 [生物多様性]

先週末、研究資料収集を兼ねて、『よみがえれ! シーボルトの日本博物館』(江戸東京博物館)と『日本の自然を世界に開いたシーボルト』(国立科学博物館)をハシゴした。

前者の日本博物館展覧会は、夏から国立歴史民俗博物館(千葉県)でも開催されていて、行ってみたいと思っていたけど結局行くことができなかった。

11月6日までの江戸東京博物館(東京都)での会期を逃すと、その後は西日本方面の巡回となってしまうので、会期末ギリギリのところで観覧した。

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展覧会ポスター

シーボルトは、ご存じのとおり江戸末期に長崎出島に来日した人物で、日本に近代西洋医学を伝えたほか、伊能忠敬の日本地図を国外に持ち出そうとしたシーボルト事件で有名だ。

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展覧会カタログ

シーボルトはドイツ人医師だが、自然史研究を行うためにオランダ陸軍の募集に応じて、当時のオランダ領東インド(現、インドネシア)で勤務の後、出島オランダ商館付の医官として1823年に来日した。

日本はまだ江戸時代で鎖国中だったから、オランダ軍軍医となったことが、結果として日本との結びつきのきっかけになった。

来日したシーボルトは、日本そのものに魅せられたようだ。
長崎での滞在中、そして商館長の江戸参府への随行としての道中、各所で自分自身、あるいは日本人協力者により、ありとあらゆる自然や文物を収集し、あるいは自然・文物のほか生活の様子などを絵に描かせた。

オランダに帰国したシーボルトは、愛する日本の理解をヨーロッパでも深めるために、収集物を展示した「日本博物館」設立を構想して、各方面にその実現を働きかけた。

展示会は実現したものの、日本博物館の設立は実現しなかったという。
今回の展示品は、シーボルトが夢見た日本博物館への展示予定品の一部というが、動植物の標本・スケッチから絵画、漆器、仏像などの美術・工芸品、生活用具、人々の生活のスケッチなどなど、膨大なものだ。

展示品は撮影禁止のため、写真でご覧いただけないのが残念だ(カタログは購入したけどネ)。
もっとも、数が多すぎて、とてもブログ記事では紹介できない・・・。

この後、長崎、名古屋、大阪を巡回するそうなので、関心のある方は展覧会へどうぞ。


江戸東京博物館のシーボルト展の後、上野の国立科学博物館で開催されているシーボルトの標本展をハシゴした。

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科学博物館企画展入口

膨大な日本の文物を収集したシーボルトだが、彼の日本滞在の当初の目的は、医者としての診療とともに、日本の自然の科学的調査だった。

シーボルトが収集した動植物の標本、スケッチ画、鉱物標本などは、多くがオランダに送られ、現在でもライデン国立植物標本館などに保管されている。

その標本などをもとに著されたのが『日本植物誌』、『日本動物誌』などだ。
その実物が国立科学博物館と前述の江戸東京博物館のシーボルト展に展示されていた。

私も写真では見たことがあったが、実物を見るのは初めてで、その大きさ(およそ40㎝x30㎝)には驚いた。
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膨大な植物標本の中でも、特に有名なのが「アジサイ」だ。
ライデンに保存されていた標本のうち、複数あるものが日本に返還されたその一つだ。

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科博シーボルト展にて

長崎で出会った日本の娘、タキを愛し、発見したアジサイの学名として「オタクサ」を付した。つまり、「おタキさん」のなまりという。

ちなみに、タキとの間の愛娘イネは、西洋医学を学んだ日本最初の女医としても有名だ。

シーボルトによりヨーロッパにもたらされたアジサイやヤマユリなどは、ヨーロッパにはない珍しい植物として、上流階級にもてはやされた。

ヨーロッパ産のユリの花は小型なため、日本産の美しく大きな花をも持つユリ、中でもカノコユリは絶賛されたという。

このように、当時のヨーロッパ貴族階級では園芸ブームが起きており、東洋やアメリカ新世界などの珍しい植物を売り込んで一獲千金をもくろむ者も多かった。

彼らを「プラントハンター」と呼ぶが、シーボルトも結果としてその一翼を担ったともいえよう。

シーボルトなどによりヨーロッパにもたらされたアジサイやユリなどは、その後に園芸植物として品種改良されて、日本に逆輸入されている。

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園芸品種として改良されたユリ(花菜ガーデンにて)

江戸時代には、シーボルトほかにも、ケンペル、ツンベルク、フォーチュンなどが動植物の標本類をヨーロッパにもたらした。

 → ブログ記事「アジサイとシーボルト  そしてプラントハンターと植物園

シーボルト尽くしの秋の一日を楽しんだ。
ちなみに、昼食は江戸東京博物館のある両国で、ちゃんこ鍋を味わった。


【緊急追伸】

このところ、世界は米国次期大統領に決まったトランプ氏の話題で持ちきりだ。

まさにトランプ旋風だが、本ブログの主要テーマでもある環境、人と自然との関係への影響もいろいろと出てきそうだ。

その第一が、地球温暖化防止のための世界の枠組み「パリ協定」からの離脱だ。

生物多様性条約をめぐる自然資源の利用と利益配分にも、依然として参加の見込みはないだろう。

グローバル企業寄りとも思えるその政策は、かつてのブッシュ親子大統領の時代を彷彿とさせる。
ビジネスマンというから、その傾向は強まるかもしれない。

米国追随政策が多い日本(TPPだけは別?)の、このところの世界への対処も気がかりなところだ。

トランプ次期米国大統領のこれまでの言動が、単に選挙用だったのかどうか私には判断できない。

米国の政策、日本の政策に対する考えもまとまらないので、この場での論評は控えることにする。

ただ、トランプショックで世界の環境や生活が台無しになるのだけは御免だ。


【本ブログ内関連記事リンク】

アジサイとシーボルト  そしてプラントハンターと植物園

花菜ガーデンのユリ

生物資源をめぐる国際攻防 -コロンブスからバイテクまで

(緊急追伸関連)

偉大な英国、強大な米国?  ― 英米の選挙に思う一国至上主義の復活と環境問題

地球環境と一国至上主義(その2)  生物多様性条約と名古屋議定書をめぐって

地球環境と一国至上主義 (その1)  気候変動枠組条約と京都議定書をめぐって

地球温暖化「パリ協定」 なぜ今?に迫る -その2 なぜ歴史的合意か

地球温暖化「パリ協定」 なぜ今?に迫る -その1 条約採択と京都議定書

見返りを求める援助 求めない援助





バラの乱舞 ― 秋の花菜ガーデン [日記・雑感]

神社や巨樹が続いたので、ちょっと話題を変えて久しぶりに花に触れることにする。

花菜ガーデン(神奈川県立花と緑のふれあいセンター:神奈川県平塚市)に秋バラを見に行った。

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ここには890種、1100本のバラが植栽されているそうだ。
秋の時期に咲いているのは何種か正確には知らないが、とにかく多くのバラがあり壮観だった。

色や形だけではない。匂いバラのコーナーもある。

名前まで記録していないが、撮った写真の一部をアップ。

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中国の品種には、バラの花とは思えないようなバラも。
初めは蕾か、すでに咲終わりかとも思ったけれど、よく見るとこれが花らしい。

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バラは花だけではなく、実も美しい。特にツルバラの実は風情がある。

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バラだけではなく、秋咲のサルビアも見事だ。
世界中に約900種が自生しているという。

花菜ガーデンには、園芸用に改良されたものも含めて約60品種が展示されているそうだ。
サルビアといえば、赤しか頭になかったが、こんなにも多彩なのに驚いた。

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巨樹もいいけど、色とりどりのお花もいいですね!

【本ブログ内関連記事リンク】

花菜ガーデンのユリ

碧い宝石 ヒスイカズラ

青いケシの花に誘われて




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