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インドネシアで蚊の絶滅について考える -生物多様性の倫理学 [地球環境・環境倫理]

 研究調査でインドネシアに滞在している。熱帯の夜、寝付かれない中で“少し真面目”に蚊を殺すことについて考えてみよう。

 熱帯途上国滞在で恐ろしいものの一つに伝染性疾患がある。赤痢、マラリア、デング熱などで九死に一生を得た人を何人も知っている。大げさではなく、本当に「九死に一生」なのだ。マラリア汚染地帯はインドネシアでもずいぶん少なくなってきたが、デング熱は首都ジャカルタでもしばしば流行する。マラリアもデング熱も、蚊の媒介によって広まる。地球温暖化の影響の一つに、こうした熱帯性の昆虫の生息域拡大に伴う熱帯伝染病の蔓延があげられるほどだ。そうでなくとも、蚊に刺されるのは不快なものだ。

 s-蚊取りラケットDSC00378.jpgそこで活躍するのが「蚊取りラケット」だ。ネットに蚊を捕らえて感電死させる代物だ。感電死などと生易しいものではなく、焼き殺す感じだ。最近は日本でも見かけるようになってきたが、15年前にインドネシアに赴任した際には、長年滞在していた日本人から教えてもらって重宝した。なんでもその人は、一時帰国の際にはお土産に持ち帰って喜ばれたそうだ。

 ところで、マラリアやデング熱の撲滅のためには、媒介する蚊の駆除が必要だが、人間の都合で絶滅させても良いものだろうか。“害虫”や“雑草”などは、人間が勝手に分類したものだ。害虫だろうと益虫だろうと、それぞれの生物は子孫を残そうと必死になって生きている。

 米国のリン・ホワイトJR.は、キリスト教聖書の創世記に自然・生物は神が人間のために創ったものと記されており、これが近代の自然破壊にもつながったと指摘している(「機械と神 -生態学的危機の歴史的根源」1972年みすず書房)。近年には、ディープ・エコロジー運動など、人類以外の生物種にもそれぞれ独自に、人類の生存や要求から独立して、繁栄する価値と権利を有する、とする考え方が台頭してきた。これを環境倫理学などでは「人間中心主義」から「生命中心主義」への移行としている。

 生物多様性の面からも、蚊の幼虫ボウフラはヤゴや稚魚の餌になるし、成虫もトンボ、鳥やヤモリ、カエルなどの餌になる。つまり、生態系を支えているのだ。生物資源利用の面からも、蚊の唾液に含まれる血液凝固を阻止する物質からは、脳卒中や脳梗塞のための抗血栓薬などが開発されているという。

 こうしてみると、いくら病原菌を媒介し、不快な思いをさせる蚊といえども、むやみに絶滅させるわけにはいかないのではと思い始める。日本では昔から「一寸の虫にも五分の魂」として小さな虫の生命力も認めている。あるいは仏教思想の影響で「悉皆成仏」などの言葉もある。

 「熱帯夜」自体は決して日本のように寝苦しくはないが、特に地方でのホテルや民家の宿泊では蚊の襲来に悩まされる。部屋の蚊を“絶滅”させるまでの間、このような思いを馳せていると寝不足になる。なにしろ、プアサ(断食)中は、人々は夜明け前から動き出す。(注:断食月中は、夜明けから日没までの間(厳密には宗教省が発表)は、一切の飲食ができないため、夜明け前に朝食をとるのだ。)

 (写真) 熱帯の夜の必需品(?)蚊取りラケット(下)と抱き枕(上)

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