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インドネシア生物多様性保全プロジェクト3 (国立公園管理) [生物多様性]

 インドネシアでは、2009年3月現在、50の国立公園が指定されている。国立公園は、基本的には国有地(国有林)であり、林業省自然保護総局(現在ではPHKAだが、本ブログ記事では当時のPHPAを使用)が管理する公園専用地域となっているが、これらの国立公園での管理計画の樹立や管理体制の整備は必ずしも十分ではない。

 s-ハリムン管理事務所0747.jpg生物多様性プロジェクトでは、生物多様性保全のためにグヌン・ハリムン国立公園を適正に管理運営することを目標のひとつとした。このため、無償資金協力では、国立公園管理事務所を国立公園の入口(国立公園外)に位置するカバンドゥンガン(Kabandungan)村(ジャカルタから車で約3時間)に建設提供した(備品類も含む)。また、国立公園内のチカニキ(Cikaniki)には、フィールドステーション(リサーチステーション)も建設した(ブログ記事「インドネシア生物多様性保全プロジェクト1および同2(調査研究活動)」参照)。

 本プロジェクトはスタート時点から、無償資金協力(ハードの提供)だけで完成するのではなく、無償の施設と併せて技術協力も実施(ソフトの提供)することを特色としていた。プロジェクト方式技術協力(プロ技協)の内容は、公園管理体制を確立し、管理のための管理計画などを策定し、実施することである。

 ハリムン国立公園は、1992年に指定されたが、プロジェクト開始時点(1995年)では、管理事務所は近隣のグデ・パンゴランゴ(Gede-Pangrango)国立公園管理事務所の一部となっており、所長を含む大半の職員も兼務であった。プロジェクト開始後、インドネシア側の努力もあり、管理事務所機構は徐々に発展し、第1フェーズの後半(97年9月)には、ハリムン国立公園管理事務所は独立して所長を有し、50名規模の職員体制を目指すまでになった。

 国立公園管理計画は、PHPAの通達により「国立公園管理計画策定のためのガイドライン(Guidelines for the Preparation of National Park Management)」が1993年に定められている。これによると、計画は3分冊で構成され、第1部は「国立公園管理計画編」、第2部「資料、計画、分析編」、第3部「サイト計画編」となっており、それぞれの構成、必要資料も定められている。プロジェクトでも、他公園との整合性をとることからも、このガイドラインに従って策定作業を進めた。

 前述のとおり、ハリムン国立公園内の自然状況等の資料は不充分である。本来は、現況調査結果を待って計画を策定すべきであるが、生物多様性保全のための早急な管理体制樹立のためには、調査と併行して策定せざるを得なかった。筆者は、かつて「十和田八幡平国立公園(十和田団地)公園計画再検討報告書」(1976年)および「釧路湿原保全構想」(1978年)において、メッシュ解析法を採用したが、これは公園の概況、地区の特性を把握するために有効であった。このため、プロジェクトにおいてもこの手法により、まず公園内の特性を示す地図を作成することから始めることとした。

 これらの結果も踏まえ、公園計画では、自然の特性などに基づき、核心地区(Core Zone)、原生地区(Wilderness Zone)および利用地区(Intensive Use Zone)に区分することとした。当初JICAチームは、日本の地域制公園の経験も踏まえ地域との共存の観点から、伝統的利用地区(Traditional Use Zone)として地域住民による慣習的な植物採取などを許容する地区を設定する考えを提案したが、PHPAでの公園管理計画の地域地区としては未だオーソライズされておらず、考え方自体は関係者間で合意されたものの、正式な計画案に盛り込むまでには至らなかった。また、プロジェクト計画(R/D)では、公園計画は地元の開発計画とも十分整合を図ることとされており、特に、PHPA当局も含め、地元ではエコツーリズムの導入による地域経済への波及効果を期待している。しかし、管理体制、受入体制が未整備のままでいたずらにエコツーリズムの推進による利用者の増大を図るのは問題を生じる。豊かな自然が破壊されてからでは遅い。この点で筆者は、公園計画に反映させるべく次の点を提案した。

1)    保護対象の核心地区と利用地区とを明確に区分し、特に宿泊施設は原則として、公園内に点在する形ながらも法的には公園指定地域外であるエンクローチメントの集落または公園周辺の集落に設ける。これは、地域を巻き込んだエコツーリズムの推進にもなるし、伝統的な生活慣習に触れるよい機会にもなる。
2)    当面は、フィールドステーションを核に、研究フィールドとして整備・運営し、国内外の研究者・学生の利用増進により、研究利用とエコツーリズムの統合を図る。

 現在では、手作業のメッシュ解析ではなく、地理情報システム(GIS)によるコンピュータ処理なども可能となった。その元となる植生や動物分布などのデータも、プロジェクトの進展により整備が進んできた。後任の専門家などの努力により、グヌン・ハリムン国立公園も拡張され、「グヌン・ハリムン・サラック国立公園」となった。エコツーリズムも実施されるようになった。また、インドネシア全体の国立公園数もずいぶん増え、林業省の国立公園管理計画の取り扱い制度や考え方自体もだいぶ変化してきた。初代リーダーとしては、当時と比べて隔世の感がある。まさに、プロジェクトの成果だろう。そこには、継続的に関わってきた専門家の技術移転による、日本の国立公園の経験が生きている。

 *本ブログ記事は、筆者「インドネシア生物多様性保全プロジェクト(報告)」(国立公園567、1998年)を参考としています。そのほか関連著作に、筆者「インドネシア生物多様性保全プロジェクトと研究フィールド」(日本熱帯生態学会ニューズレター Tropical Ecology Letters No.27、1997年)、「国立公園の科学データと研究者との協働」(国立公園661、2008年)など。

 (写真) 無償資金協力により建設された「グヌン・ハリムン国立公園管理事務所」(インドネシア・カバンドゥンガン)

 (関連ブログ記事) 「インドネシア生物多様性保全プロジェクト1」「インドネシア生物多様性保全プロジェクト2(調査研究活動)」「富士山の麓で国立公園について講演


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