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幸運!! 京都 葵祭 [日記・雑感]

先週の京都での月曜日の用務が朝からなので、前日(15日)に京都泊にした。
京都駅に着いて観光パンフレットをもらうために案内所に行ったら、その日は「葵祭」だという。
知らなかった!

京都御所からの行列出発に間に合いそうなので、急いで地下鉄で向かった。

御所出発の境町御門前は、大変な人だかり。

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行列に向かって、一斉にカメラを向ける。

 

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とても写真を撮るどころではないので、行列の先のほうに移動しようとしても、歩道も身動きができない。


 そこで裏通りに向かったら、ここも多くの人が先を急いでいた。

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河原町通の手前で行列を見ることにした。
次々と、平安貴族の姿をした列が通り過ぎていく。

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沿道は、カメラの列。

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旅に偶然は多いが、こんな幸運は何度あってもいいものだ。



ご訪問ありがとうございます。

いつものことながら、 皆さんのブログへの訪問は、時間ができたときに数回分をまとめてになってしまいます。
特に6月初旬まではなかなかまとめての訪問も難しいかも。ご容赦ください。


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消える湖の先住民族と野生動物 ― 国立公園 人と自然(海外編12) ロアガン・ブヌッ国立公園(マレーシア) [   国立公園 人と自然]

しばらくぶりで、サラワク州(マレーシア)の国立公園に戻ろう。
今回は、サラワク最大の内水面を有する「ロアガン・ブヌッ(Loagan Bunut)国立公園」。

サラワク州東部の都市ミリから車で3~4時間の奥地にある泥炭湿地が中心の国立公園で、面積は10,736ha、公園に指定されたのは1991年8月だ。

この国立公園のおよそ3分の2の面積を占めるのが、サラワク州で最大面積(約650ha)を誇る湖ロアガン・ブヌッで、先住民族ブラワン族の呼び名に由来する。

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ブラワン族の人々は、この湖や川に一時的な漁師小屋を設置して魚を取ってきた。

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国立公園管理事務所(↓写真)も、この伝統的な漁師小屋設置は許可してきた。

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東南アジア各地では、国立公園の設置により先住民族などが公園地域から追放され、伝統的な生活が存続できない事例も多い。
地域住民の伝統を存続し、自然資源の保存と両立させるこの公園の管理方針に注目したい。

大きな“すくい網”を用いるスランバウ(Selambau)という伝統的な漁法は、水位が雨季と乾季とで大きく変化するこの地域に合わせた漁法だ。

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ロアガン・ブヌッは、サラワクで最大の湖といっても、それは雨季の湛水した状態の時で、乾季には干上がって湖が消滅してしまうこともある。
何しろ、水深は高い時でもせいぜい3m、乾季には50㎝程度だ。

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今回訪問した3月は、州西部のクチン周辺は連日の大雨だったが、東部のミリ周辺は何日も雨が一滴も降らない日が続いていた。

普段は国立公園管理事務所のすぐ下がボートの桟橋となっているが、乾季にははるか沖合(?)まで水たまりを歩いていかなければならない。

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ボートに乗って湖にでると、熱帯特有の赤茶けた水面の先に続く湿地林と底抜けに青い空、白い雲。

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湖からブヌッ川を下ると、多くの野生動物を観察することができる。
多いのはサギ類だが、大きなくちばしのホーンビル(サイチョウ)も見ることができた。

コンパクトデジカメだけれど写真撮影に成功したのは、真っ赤なくちばしにブルーの羽のカワセミの仲間、コウハシショウビンだ。
英名は、Stork-billed Kingfisherというが、和名、英名ともに、赤い大きなくちばしがコウノトリのようだということらしい。

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ボートからは、オナガザルやワニも観察することができた。

しかし、この公園を訪れる利用者、特に外国人はまだ少ない。

エコツーリズムの観光客が多くなってこの公園の素晴らしさを知ってほしいと思う半面、ひっそりとこのまま残してほしい気もする。

自分勝手ながら、複雑な思いだ。
素晴らしい自然に接すると、いつもの悩みだ。

【本ブログ内関連記事リンク】

ツバメと壁画の大洞窟 ― 国立公園 人と自然(海外編10) ニア国立公園(マレーシア)

テングザルと食虫植物の天国(1) ― 国立公園 人と自然(海外編11) バコ国立公園(マレーシア)

テングザルと食虫植物の天国(2) ― 国立公園 人と自然(海外編11)バコ国立公園(マレーシア)

サラワク州クチンは猫の町!?






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四谷・左門町界隈(3) 江戸の名残と明治・大正のモダン [ちょっとこだわる:民俗・文化・紀行・時事など]

実家のある左門町(新宿区)から用務先の二番町(千代田区)までの散策も、いよいよ終盤。

服部半蔵の墓もある「西念寺」(前回ブログ記事)から、このあたりに多い車も通過できないような路地をしばらく進むと、JRと地下鉄丸ノ内線の「四ツ谷駅」前の交差点に出る。

四ツ谷駅から多くの人々が左方向、すなわち赤坂・青山方面に歩いていた。
どうやら、今年4月から公開時期が拡大された「迎賓館赤坂離宮」に向かう人々のようだ。

赤坂離宮は、1909年(明治42年)、かつての紀州徳川家江戸中屋敷に、後の大正天皇の皇太子時代に東宮御所として建設された。その後も、昭和天皇のご成婚直後などに東宮御所として使用されたものの、あまり利用はされなかったようだ。

ネオ・バロック様式の西洋風宮殿は、2009年(平成21年)には明治以降の建造物として初めて国宝に指定されている。

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そういえば、建物はもちろん、外周の塀(フェンス?)も、どことなくベルサイユ宮殿を彷彿させるが、細部の飾り物などには和風のもの(鎧兜や鳳凰など)も多い。

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写真↑の中央の青銅の屋根飾りは鎧・兜、左の金色は鳳凰

戦後は、国会図書館などにも使用されたというが、私が小学生のころには写生会で庭園や館内に入場した覚えがある。
迎賓館として改装利用されるようになったのは、1974年(昭和49年)からだ。

今回は、JICAでの会議の予定もあり、見学は断念。
写真↑は、2013年11月に撮影。


「四ツ谷駅」ホームは、江戸城外堀の中にある。
外堀は、この辺りではJR市ヶ谷駅と飯田橋駅間や地下鉄赤坂見附駅付近(ホテルニューオータニ近く)などで、昔のように水を湛えているのを見ることができる。

JR中央線・総武線はこの外堀の底を通過し、あとからできた地下鉄丸ノ内線はJRよりも高い位置で地表に出たところに駅舎がある。

写真↓の手前がJR四ツ谷駅のホーム、奥の線路を跨ぐのが丸ノ内線との連絡通路と地下鉄駅舎。その先のビル群は、赤坂見附方面。

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この外堀跡の線路を跨ぐのが、都内最古の陸橋「四谷見附橋」だ。

もともとは1913年(大正2年)に架けられ、近くの東宮御所(赤坂迎賓館)に合わせてフランス式の装飾が取り入れられたという。
なお、現在の橋は道路整備に併せて1991年に整備された。

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この橋を越えて新宿通りを進んだ(写真↓の先)突き当りが、前回登場の服部半蔵が警護したという江戸城(皇居)の「半蔵門」だ。

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ところで、四谷見附や赤坂見附、日比谷見附などの「見附」は、江戸城を警護するための見張り番所があったところで、敵に攻め込まれないように道が折れ曲がる枡形になっていたりする。

四谷見附は、江戸城外郭門の一つ「四谷門」があったところで、現在でも石垣の一部が残されている。

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これに連なる外堀の土手は、春には桜の名所として名高い。


左門町の実家を出発してから、写真を撮ったり、寄り道をしたりの小一時間、江戸の名残と近代日本のモダンな姿を垣間見た散策だった。

故郷を見直してみるのも悪くない・・・

でも、急がないと、JICAの会議に遅れるかも(-.-;)




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