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歴史は繰り返す?インバウンドを狙った国立公園誕生 ― 国立公園のブランド化による外国人観光客誘致(2) [保護地域 -国立公園・世界遺産]

前回記事は、政府の「明日の日本を支える観光ビジョン」(2016年3月)は経済対策の外貨獲得のために、外国人観光客数(インバウンド)を2015年実績のおよそ2000万人から東京オリンピック開催の2020年には4000万人とする目標を設定し、そのために国立公園でも積極的に受け入れる施策を発表したことだった。


実は、これとそっくりの出来事が、今から約85年前の世界恐慌の時に起きていた!

第一次世界大戦終結後、戦場とならなかった米国では経済が好況だった。
しかしこれも長続きはせず、世界的な経済の低迷が忍び寄ってきた。

そして、1929(昭和4)年にはニューヨークのウォール街で株価大暴落が起き、世界恐慌となった。

日本では、この経済不況の1920年代後半から30年代にかけて、不況を乗り切るための外貨獲得手段として、外国人観光客の誘致が図られたのだ。

1927(昭和2)年の経済審議会の国際観光地開発答申をはじめ、国立公園協会設立(1927(昭和2)年)、国立公園調査会設置(1930(昭和5)年 閣議決定)、鉄道省に国際観光局設置(1930(昭和5)年)と相次いで関連施策が講じられている。

この政策の一環として、「国立公園法」が1931(昭和6)年に制定され、上記の国立公園調査会の国立公園候補地から順次国立公園が指定されることとなった。

最初の国立公園指定地は、1934(昭和9)年3月16日に指定された瀬戸内海国立公園、雲仙国立公園霧島国立公園の3公園で、続いて同年12月4日に阿寒国立公園、大雪山国立公園日光国立公園、中部山岳国立公園、阿蘇国立公園の5公園が指定されている(名称は、いずれも指定当時)。

これらの国立公園は、当時の「選定方針」によれば「世界の観光客を誘致できる魅力を有する」「日本を代表する自然の大風景地」として選定されたものだ。
すなわち、外国人観光客を誘致するための「国立公園というブランド」を付したものともいえる。

実際、瀬戸内海国立公園は絵葉書のような多島海景観が特徴だ。

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瀬戸内海の多島海景観(直島より)

江戸時代からの貿易港長崎に近い雲仙国立公園雲仙温泉は外国人の保養場として有名で、日本で最初のパブリックコース雲仙ゴルフ場もある。

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雲仙温泉地獄

近代アルピニズム発祥の地であり、明治時代にウォルター・ウェストンらによってヨーロッパに「日本アルプス」と紹介された中部山岳国立公園。
国立公園指定の前年1933年には、日本初の本格的な山岳リゾートホテルとして上高地帝国ホテルがオープンしている。

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涸沢カール

日光国立公園にも、明治時代に開業した日本で最古の西洋式リゾートホテルの一つ、日光金谷ホテルがあり、また中禅寺湖畔には外国大使館の別荘が立ち並び、夏になると大使館が日光に移動するとまで言われたほどだ。

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歴史文化財と自然が融和した風景(神橋)

つまり、国立公園は「自然保護」の場ではあるものの、今日一般的に理解されているような自然保護(あるいは生物多様性保全)というよりも、観光のための景色(景観)を保護するための自然保護、つまり「景観保護」という色彩が強かったといえよう。


このたび政府が発表した「明日の日本を支える観光ビジョン」での、国立公園で外国人利用者数を2020年までに1000万人としようという目標と「ナショナルパーク」ブランド化などの施策は、85年前と瓜二つともいえるのではないだろうか。

ちなみに、現在の国土交通省「観光庁」は、当時の鉄道省に設置された「国際観光局」がその起源ともいえる。


85年前の大恐慌は「国立公園の誕生」を生み出したが、今回の「観光ビジョン」とそれに続く国立公園施策では、何が誕生するのだろうか。

歴史は繰り返すというが、歴史を学び検証することによって、負の歴史は繰り返さないようにしたいものだ。


【本ブログ内関連記事リンク】


意外と遅い?国立公園の誕生 -近代保護地域制度誕生の歴史

天災島原大変とキリシタン弾圧の舞台、そして異文化の香り -国立公園 人と自然(3) 雲仙天草国立公園

神話と龍馬の霧島、縄文杉の屋久島 -国立公園 人と自然(7) 霧島屋久国立

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温泉と避暑リゾート、世界遺産 -国立公園 人と自然(20)日光国立公園

世界的大カルデラの魅力と草原の危機 -国立公園 人と自然(15) 阿蘇くじゅう国立公園

本ブログ記事の内容に関連する詳細は、下記↓の拙著をご覧ください。

生物多様性カバー (表).JPG『生物多様性と保護地域の国際関係 対立から共生へ』出版2 ―第Ⅱ部 国立公園・自然保護地域をめぐる国際関係







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スーパー国立公園?発表 ― 国立公園のブランド化による外国人観光客誘致(1) [保護地域 -国立公園・世界遺産]

腰痛に関しては、多くの方々から暖かい励ましのお言葉をいただき、ありがとうございました。
結局、制定後初めての「山の日」にも横になっていました(「埴輪 古代へのロマン」)。

ところで、今年初めて登場した「山の日」の8月11日。長野県松本市では記念式典が開催され、皇太子殿下ご夫妻と愛子内親王が参列されたという。親子での初の公式行事参加だそうだ。

皇太子といえば、私が学生時代に浅間山を登山をした際、下山途中で当時の皇太子(今上天皇)ご夫妻とそのお子様の浩宮(現皇太子)が登って来てすれ違った記憶がある。

軽井沢にご静養中のご一家の小浅間山登山の途中だったようだ。
鮮明な記憶ではないが、別に厳重な警護が付いていたわけでもなく、すれ違って初めて皇太子ご夫妻とお子様だと気が付いた次第だ。

それ以来(かどうかは知らないけれど)、現皇太子は山好きのようで、全国の山を踏破しているそうだ。


その「山の日」が8月11日として制定されたのは、2014年5月の国会で「祝日法」が改正されたことによる。

本来であれば昨年(2015年)から「山の日」が設けられてもよいのだが、次年(2015年)用カレンダーが印刷済みで修正が間に合わないことから、今年(2016年)が初の「山の日」となったようだ。

山の関係者(登山家、観光業者、環境保全運動家などなど)にとっては、「海の日」があるのに「山の日」がないのは不公平であり、山の日制定は悲願(ちょっと大げさ?)だった。それに、経済的、環境意識向上などの効果も見込める。

「山の日」が8月11日に落ち着いたのも、国民の祝日がない6月か8月のうち、労働時間や授業時間に影響の少ない夏休み期間中に落ち着いたという次第だ。

さらに、11日となった詳細などは、本ブログの記事「山の日制定」で記したとおりだ。


ところで、この「山の日」を前にした去る7月25日、環境省から特別に「選定した8国立公園」の発表があった。

 選定した国立公園(国立公園名と選定のポイント)
 (環境省2016年7月25日報道発表資料より)

 阿蘇くじゅう国立公園: 災害復興、カルデラと千年の草原
 阿寒国立公園: 観光立国ショーケース、エコツーリズム全体構想
 十和田八幡平国立公園:震災復興、温泉文化
 日光国立公園:欧米人来訪の実績
 伊勢志摩国立公園:伝統文化、エコツーリズム全体構想
 大山隠岐国立公園:オーバーユースに対する先進的取組
 霧島錦江湾国立公園:多様な火山と「環霧島」の自治体連携
 慶良間諸島国立公園:地元ダイビング事業者によるサンゴ保全の取組、エコツーリズム全体構想

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 阿蘇くじゅう国立公園飯田高原


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日光国立公園戦場ヶ原
背景の山は男体山


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戦場ヶ原の泉門池
食害防止のネットの切れ目からシカが侵入している
背景の山は男体山


全国にある32カ所の国立公園のうちから、訪日外国人旅行者を積極的に受け入れる公園を選定しようというものだ。

政府が経済対策のために外貨獲得を狙った「観光立国」政策を初めてずいぶん長くなった感がある。

この間の、訪日中国人の爆買いなどに象徴される外国人観光客数(インバウンド)の増加と経済的効果には目覚ましいものがある。
2012年に800万人強だった訪日外国人旅行者数は、2015年にはおよそ2000万人と倍増した。

政府は、これを東京オリンピックが開催される2020年にはさらに倍増の4000万人にする目標値を設定した(「明日の日本を支える観光ビジョン」2016年3月)。ちなみに、2030年には6000万人が目標だ。

この目標の実現のためには、国立公園も重要な観光資源となる。
そのため、32国立公園の中から、先行的・集中的に取り組む公園として上記の8公園を選定したものだ。

当初は5カ所の予定だったが、地方自治体などからの陳情も相次ぎ、地域バランスなども考慮して8カ所となったようだ。

環境省では、この8公園を世界水準の「ナショナルパーク」としてブランド化を図ることとして、「国立公園満喫プロジェクト」と名付けて実施する。

「ナショナルパーク」を「世界遺産」などと同じような新たなブランドにして、外国人観光客を呼び込もうというわけだ。

でも、日本語では従来の「国立公園」と「ナショナルパーク」の違いはあっても、英語ではどちらも "National Park"。
国内でのブランド化だけでは、外国人にその違いは伝わらないのでは?

「スーパー国立公園」(Super National Park)とでもすればよいかもしれない? 
ただしこの用語、海外でも一部の観光業者が使用しているだけで、広く馴染まれているわけではないので、使用には注意が必要だ。

いずれにしろ、この8公園だけではなく、全国の国立公園での訪日外国人旅行者数を2020年までに1000万人にするのを目標としている。
つまり、全訪日外国人旅行者数の4分の1を国立公園で受け入れようというものだ。

私は、8公園のうち「阿寒国立公園」と「十和田八幡平国立公園」の2公園に連続して、それぞれ約3年間住んでいたことがある。

s-阿寒湖畔(雄阿寒岳より) 3.jpg
 雄阿寒岳より望む阿寒国立公園阿寒湖畔
背景の山は雌阿寒岳
(最近は訪問していないので、昔の写真で失礼!)



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十和田八幡平国立公園十和田湖の中ノ海(中湖)をめぐる遊覧船
遊覧船の先は中山半島

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十和田湖畔休屋の乙女の像(高村光太郎作)


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八甲田山中でも最も美しいといわれる睡蓮沼

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通年生活をしていたということで、雪山の八甲田も追加


短期間の観光客では味わえない世界的な国立公園(になることを希望?)の素晴らしさを体験できたのは、仕事とはいえ幸運の一語に尽きる!!

当時は、ブログもなくて、その素晴らしさを多くの皆さんに発信できなくて残念だったけど。


次回では、国立公園と外国人観光客、ナショナルパークと国立公園の違いなどについて解説する。


【本ブログ内関連記事リンク】

山の日制定

形から入る -山ガールから考える多様性

世界的大カルデラの魅力と草原の危機 -国立公園 人と自然(15) 阿蘇くじゅう国立公園

われ幻の魚を見たり 和井内貞行と十和田湖 -国立公園とヒメマスの物語(1)

酒と旅を愛した文豪 大町桂月のみた十和田とヒメマス -国立公園とヒメマスの物語(2)

桂月の奥入瀬、幻の魚見たりの十和田湖、そして賢治の岩手山 -国立公園 人と自然(1) 十和田八幡平国立公園

温泉と避暑リゾート、世界遺産 -国立公園 人と自然(20)日光国立公園

新年にふさわしい国立公園、旅の原型お伊勢参りと新婚メッカの真珠の里 -国立公園 人と自然(8) 伊勢志摩国立公園

神話と龍馬の霧島、縄文杉の屋久島 -国立公園 人と自然(7) 霧島屋久国立




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埴輪 古代へのロマン [ちょっとこだわる:民俗・文化・紀行・時事など]

最近、古墳時代の埴輪を続けて2カ所で見る機会があった。

初めは、国立博物館(東京上野)の「日本の考古・特別展」。
「古代ギリシア展」を観た際に、たまたま特別展に立ち寄った。

平成館の特別展会場入口では、国宝に指定されている「挂甲の武人(けいこうのぶじん)」の埴輪が出迎える。

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埴輪で唯一の国宝とか。出土は群馬県太田市。

大陸伝来の最新の甲冑と剣を身に着けた武人の姿を現している。
身に着けているのは大陸伝来のものだが、その姿は弥生時代以来の日本の伝統的な武装だそうだ。

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後で紹介するように、大和朝廷が勢力を張った畿内(関西地方)に対して、古墳時代の関東地方にはそれと匹敵するほどの豪族の勢力があったようだ。

その古墳の一つ、「稲荷山古墳」(埼玉県行田市)は、金錯銘を有する鉄剣が出土したことでも有名だ。

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仁徳天皇陵として知られている大仙陵古墳(大阪府堺市)とそっくりの前方後円墳の形状で、仁徳天皇陵のほぼ4分の1の大きさという。

周囲には、このほか丸墓山古墳(↓写真)、二子山古墳、将軍山古墳など多くの古墳が隣接していて、「さきたま古墳公園」として整備されている。

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国立博物館の埴輪に戻るが、国宝のほかにも、重要文化財の「腰かける巫女」も展示されている。群馬県大泉町出土だ。

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これ(↓)は、「琴をひく男子」。茨城県桜川市出土という。
おさげ髪の女性かと思ったが、男性だそうだ。しかし、顔つきは優しい?

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こちらは正真正銘(?)の「女子」と名付けられた埴輪(群馬県高崎市出土)。
彩色の跡も見え、服の模様やネックレスまではっきりとしている。

なにやら盃のようなものを差し出しているところを見ると、巫女さんみたいな気もするけど・・・

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「盛装の男子」は、栃木県壬生町出土で、名付けられたとおり、立派な服装だ。

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もう1カ所の埴輪見学は、群馬の森の群馬県立歴史博物館(群馬県高崎市)。
こちらは、近くに所要があったのでついでに立ち寄ったところ、たまたまその日がリニューアルオープンの日で、入館料は無料。といっても、普段でも入館料は200円と安いけど。

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館内は、原始時代から古代、中世、近世、それに近現代と、それぞれの時代の群馬県の姿が展示されている。

それとは別に、「東国古墳文化展示室」があり、そこに埴輪が展示されていた。

ここでも、国立博物館と同様に、高さ123cmの大型の「高塚古墳の武人埴輪」(群馬県桃井村出土)が出迎える。
甲冑の形状は少々異なるが、その雰囲気はそっくりだ。

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前方後円墳の保渡田八幡塚古墳(高崎市)から出土した埴輪は、皆が盾を持っている。
外界から古墳を守る異様な形相をした魔除けの役割を果たしていたという。

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富岡市の円墳から出土の埴輪は、人物だけではなく、何やら抽象的な形象埴輪だ。

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下(↓)の左の馬形埴輪は、群馬県で最大級の大きさの埴輪だ。
伊勢崎市の蛇塚古墳からの出土で、馬具が忠実に表現されている。

右は鷹匠埴輪で、太田市のオクマン山古墳出土。
正装した身分の高い人物で、左腕(向かって右)に鷹を止まらせて、鷹狩の様子を示しているらしい。

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ところで、この県立歴史博物館の最後の展示室、近現代には、「スバル360」の実物が展示されている。

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私たちの年代ならば記憶にある「てんとう虫」の愛称で親しまれた量産型の軽自動車だ。

戦時中に軍用機を生産していた中島飛行機の技術を受け継いで生産された自動車で、1958年(昭和33年)に登場した。
この中島飛行機太田製作所(群馬県太田市)が、後に富士重工業となりスバル360が生産されたので、博物館に展示されているというわけだ。

その名のとおり、360㏄という、今ではオートバイにも負けそうな排気量だが、それでも4人乗り。

販売第1号車の購入者は、かの有名な松下幸之助だったという。

昭和33年といえば、東京タワーが建設された年。映画「三丁目の夕日」にも、東京タワーとともに、三輪自動車ミゼットやスバル360も登場していたような気がする。

このスバル360は、日本機械学会によって今年度の「機械遺産」に選定された。

いつの日にか未来人からは、現代の埴輪同様に、古代の遺物として珍しがられる日が来るのだろうか。

それとも、未来人となるまで人類は存続できない? 
戦争テロ、環境汚染、食品汚染・・・・



先週の土・日の学会出席に続き、慣れない畑仕事や収穫物の配送で、ギックリ腰状態になってしまいました。トホホ・・・
PCに向かっていると腰を伸ばして立ち上がれなくなるので、ブログの更新もできず、niceのお返しもできませんでした。失礼!
せっかくの「山の日」も含めて数日間横になっていましたが、何とかPCに向かえるようになり、やっとブログの更新ができました。万歳!!


【本ブログ内関連記事】

中国文明と縄文文化 - 兵馬俑展と三内丸山、登呂遺跡

(山の日に寄せて)

山の日制定

形から入る -山ガールから考える多様性








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