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見返りを求める援助 求めない援助 [生物多様性]

 安部首相の対「イスラム国」支援のための2億ドル拠出表明と日本人人質殺害との関係が、国会を含めて多くの関心を集めている。

 そんな中、安部内閣は「開発協力大綱」を2月10日閣議決定した。これは政府の途上国援助(ODA)の基本方針を示すもので、以前からの「政府開発援助(ODA)大綱」に代わるものだ。1992年に閣議決定されたODA大綱では、環境保全がODAの基本理念の一つとされ、「先進国と開発途上国が共同で取り組むべき全人類的な課題」と位置付けられている。

 今回の大綱見直しでは、これまで禁止してきた他国軍への援助を、非軍事目的という限定付きながら認めることとなった。安全保障法制度の見直しの行方とともに、今後を注視していきたい。そのほか、中国の援助への対抗も視野にした援助対象国の拡大など、国益重視が目立つ。

 これらについて、私なりの意見はいろいろあるが、今回のテーマは、新たな方針となった「見返りを求める援助」についてだ。

 “見返りを求める援助”には、外務省をはじめ政府のトラウマが源になっているようだ。というのも、1990年に始まった湾岸戦争の際、日本は130億ドル(関連も含めればそれ以上の額)もの多額の援助をしていたにもかかわらず、戦後91年に米紙に掲載されたクウェート政府による30か国への謝意広告に、日本の名が入っていなかったのだ。

 せっかく多額の援助をしたにもかかわらず、評価されなかったということだ。つまり、金の援助だけではなく、姿の見える援助が求められ、それ以来、PKO協力法成立(1992年)をはじめ、自衛隊の海外派遣などが強化されていった。この一連の動向は、現在の安保法制の見直しや今回のODAの他国軍への援助解禁にもつながるものだろう。

 米国を含めて多くの国々が湾岸戦争に介入したのは、この地域が石油産地ということがあったのは明白だと思う。まさに、“見返りを求めて”のことだった。

 当時の日本の援助はクウェート政府に評価されなかったが、20年後の東日本大震災の際には、クウェート政府は“湾岸戦争時の恩返し”として復興支援に原油500万バレル(当時の時価で約450億円相当)の無償提供を表明した(朝日新聞2011年4月27日ほか)。結局は見返りもあったということだ。

 このブログの主要テーマの一つでもある「生物多様性」分野でも、“見返りを求める援助”が幅をきかせてきた。

 生物多様性には、食料、木材・繊維、医薬品などの原材料を提供したり、レクリエーションや芸術・文化の源となるなどの精神的な効果、さらには生存の基盤となる酸素や水の供給・浄化など、さまざまな機能・効果(生態系サービス)がある。

 このうち、食料・医薬品など生物資源の利用は、コロンブス以来の大航海時代、植民地・帝国主義時代には、産出国への援助のかけらもない文字通りの搾取だった。1992年に成立した「生物多様性条約」をめぐる交渉では、まさに生物資源の原産国(途上国)とその利用国(先進国)とのせめぎあい(南北対立)があった。さすがに20世紀後半になると援助も考慮されるようになってきたが、その本質は今でも“見返りを求める援助”には違いない。(「生物資源と植民地 -COP10の背景と課題(1)」「生物資源をめぐる国際攻防 -コロンブスからバイテクまで」)

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植民地・帝国主義時代の象徴 今に残る東インド会社の建物
(インドネシア・ジャカルタ市内にて)

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生物資源として重要産物だったチョウジの乾燥作業
(インドネシア・スマトラ島にて)

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生物多様性条約の締約国会議
2010年のCOP10では、生物資源利用をめぐる「名古屋議定書」が採択された
(名古屋国際会議場にて)



 その典型的な例が、コスタリカ生物多様性研究所(INBio インビオ)とドイツの多国籍製薬・化学会社メルク社との間で結ばれた契約だろう。メルク社がインビオに援助する見返りとして、インビオは国内で調査研究した生物情報をメルク社に提供するというものだ。もちろん、メルク社ではその情報をもとに、製薬開発を進めることができる。かつては無償で搾取していた生物資源の対価を、資源利用から得た利益として原産国に支払わなくてはならない時代となったのだ。(「名古屋議定書採択で閉幕 COPの成果 -COP10の背景と課題(3)」)

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コスタリカ生物多様性研究所(インビオ)
(コスタリカ・サンホセ近郊にて)

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インビオでの生物資源のスクリーニング
製薬資源などを選出・抽出する
(コスタリカ生物多様性研究所にて)



 しかし生物多様性は、前述のように生物資源としての機能だけではなく、生存基盤としても重要なものだ。その生物多様性が、地球上の特に豊富な熱帯地域(多くが途上国)で失われている現状において、はたして保全のための援助は見返りを求めるものだけでよいのだろうか。

 例えばわかりやすく、酸素供給機能の確保のための熱帯林保全援助を考えてみる。これは援助国だけではなく、広く人類、さらには生物全体に貢献するものだ。これを“見返り”とみなすかどうかで、この議論は大きく変わる。たぶん、今回の「開発協力大綱」での“見返りを求める”ことには、このようなものは含まれず、もっと具体的、直接的な生物資源のようなものを想定しているのだろう。

 拙著『生物多様性と保護地域の国際関係 対立から共生へ』(明石書店)では、生物資源の確保を目的とした援助と人類共通の生存基盤の保全を目指した国際協調による支援との両者が必要であることを提唱した(拙著 第11章および第13章)。

 私は、1995~1998年の間、インドネシアでのJICA生物多様性保全プロジェクト初代リーダーとして赴任していた。生物多様性の宝庫であるインドネシアの熱帯林の保全が、インドネシアはもちろん、人類にとっても必須だとの思いから活動していた。(「インドネシア生物多様性保全プロジェクト1」) それが、結局は自国だけではなく、人類全体への見返りにもなるのだけれども。

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日本の無償援助で整備された動物標本館

 

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日本の無償援助で整備されたハーバリウム
(ともにインドネシア・チビノンにて)

 

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インドネシアのカウンターパートに技術移転をする日本人専門家
自動的にシャッターが下りて動物が記録されるカメラトラップ
(インドネシア・グヌンハリムン国立公園にて)


 しかし、インドネシア政府高官から、日本はこのプロジェクトの見返りとして、インドネシアからどんな生物資源を期待しているのかと真顔で聞かれた。当時、地球全体の生物多様性保全しか頭になかった私にとって、その発言を聞いた時には一種の戸惑いとショックさえ感じた。それが、拙著執筆のもとともなった(拙著 あとがき)。

 インドネシアでのプロジェクト赴任の当時から、日本の援助であることをPRすることに主眼をおいた「顔の見える援助」が声高に叫ばれ、提供機器などには日本の援助品であることを示すマークのODAシールが貼付されるようになった。プロジェクトにも、日本の援助であることをさまざまな媒体で表明するように要請があった。それはそれで、必要なこととは思うが・・・。

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日本の援助を示すODAマーク

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日本が提供した標本棚の一つ一つにODAマークが貼付
(インドネシア・チビノンにて)

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活きた化石シーラカンスの標本棚にもODAマーク
(インドネシア・チビノンにて)



 一方で、親が子に示す愛のように、見返りを求めない、無償の愛というのもある。あるいは、相手が喜べばそれで本望ということもある。誤解されやすいことわざの一つとして取り上げられる「情けは人の為ならず」。これも、本来の意味は、他人に対する情けも、いずれは自分に巡り返ってくるという意味だ。

 貴重な税金を使う援助(ODA)においては、直接的な、あるいは短期的な「見返り」を求めない援助というのはありえないのだろうか。もっとも、親の愛も、ひょっとすると将来の介護をあてにしているかもしれない、と疑うのは考えすぎだろうか。こんな発想が浮かぶだけでも悲しいことだが。

 ところで、昨年11月の世界国立公園会議(「第6回世界国立公園会議 inシドニー」)でオーストラリア滞在中にホテルでCNNを視ていたら、日本政府のCMが流れてきた。海外で活躍する日本人の紹介で、幾つかのパターンがあるようだけど、最後に必ず安部首相の顔写真が登場する。

 “顔の見える援助”という言葉もあり、日本の宣伝はいいけれど、安部首相のこれでもかの顔写真の宣伝はどうもね。

【ブログ内関連記事リンク】

インドネシアの生物多様性と開発援助 ―『生物多様性と保護地域の国際関係 対立から共生へ』出版3
名古屋議定書採択で閉幕 COPの成果 -COP10の背景と課題(3)
生物資源と植民地 -COP10の背景と課題(1)
生物資源をめぐる国際攻防 -コロンブスからバイテクまで
インドネシア生物多様性保全プロジェクト1

【生物多様性と保護地域の国際関係 対立から共生へ】

生物多様性カバー (表).JPG世界は自然保護でなぜ対立するのか。スパイスの大航海時代から遺伝子組換えの現代までを見据えて、生物多様性や保護地域と私たちの生活をわかりやすく解説。
生物多様性に関わる国際援助の新たな枠組みも提示。

 本ブログ記事も多数掲載。豊富な写真は、すべて筆者の撮影。

 高橋進 著 『生物多様性と保護地域の国際関係 対立から共生へ』 明石書店刊 2014年3月

 目次、概要などは、アマゾン、紀伊国屋、丸善その他書店のWEBなどの本書案内をご参照ください。

 


未年につき羊の姿をお年賀代わりに [日常雑感など]

新年あけましておめでとうございます

昨年中はブログにご訪問いただき、ありがとうございました。
本年もよろしくお願いします。

今年は未年。

私のヒツジとの出会いの記憶は、小学生の頃か。
都会育ちの私の周辺には、家畜といったものはいなかった。

しかし、通学路途中の慶応大学病院(東京都新宿区信濃町)には、当時は広い原っぱがあって、そこにヒツジが放牧されていた。
毛を刈るわけではないだろうから、何か医学の実験用だったのだろう。かわいそうな気もするが。

その後は、オーストラリアの知り合いの家近くの牧場での牧羊犬のヒツジ追い込みを見たり、各地でヒツジを見てきた。

ということで昨年の午年同様に、今年はヒツジの写真をお届けしようと思ったが、ありふれた家畜のせいか、意外と撮っていなかった。

あるいは、最近頻繁に出かけるのは東南アジアで、牛や馬、ヤギなどはよく見るが、ヒツジは見かけないからか。
実物は昔からずいぶんと見てきたが。

初詣がてら、まずは昨年訪問したブータンの寺院の干支曼荼羅。
時計の針1時のあたりに、未の姿が黄色で描かれている。

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こちらは、ヒツジの大行進(スペインにて)。大量のお尻でスミマセン(笑)

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ケルト民族(アイルランド人)の精神的な故郷、「タラの丘」のヒツジ(アイルランドにて)。

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かわいらしいヒツジの親子(アイルランドにて)。

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動物のヒツジの写真が無いなら、植物では?
日本に産する約8,000種の標準和名を記載した環境庁編『植物目録1987』を調べてみると・・・

名前の頭(接頭辞)に“ヒツジ”が付されているのはヒツジグサの1種だけ。
日本原産の睡蓮の仲間だ。

可憐な白い花の写真があるはずだが見つからないので、葉っぱだけでご勘弁を。
色づいたヒツジグサの葉(尾瀬にて)。

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一昨年(2013年)正月のブログ「巳年の植物」のヘビと比べると段違いの少なさだ。

ちなみに、昨年の午年では動物だけを取り上げて、植物は取り上げなかった。
“ウマ”が接頭辞につく植物は、ウマノアシガタなど6種、ほかにコマクサのように“コマ(駒)”がつくものも。

そこで、一年遅れでコマクサを。
花の形が、馬の顔に似ているところから名づけられたとか。

可憐なコマクサ(秋田駒ケ岳にて)

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新年早々、来年のことを言うと鬼が何とやらだが、サルの写真は選ぶのが大変なほどたくさんあるから、来年は安心だ。

それでは、今年一年良いお年でありますように!!

 【ブログ内関連記事リンク】

 「午年につき馬の姿をお年賀代わりに
 「巳年の植物

 【著書のご案内】

生物多様性カバー (表).JPG昨年は、懸案の著書を出版することができて、思い出残る年でした。 

世界は自然保護でなぜ対立するのか。スパイスの大航海時代から遺伝子組換えの現代までを見据えて、生物多様性や保護地域と私たちの生活をわかりやすく解説。

 本ブログ記事も多数掲載。豊富な写真は、すべて筆者の撮影。

 高橋進 著 『生物多様性と保護地域の国際関係 対立から共生へ』 明石書店刊 


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