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日向薬師 本堂大改修終了 [日記・雑感]

「日向薬師」(神奈川県伊勢原市)本堂の270年ぶりという大改修が終了して、2016年11月20日に落慶法要が執り行われたという。

この5年間、本堂は「素屋根」という工事用の仮設物ですっぽりと覆われていたので、早速改修された本堂を見たくて訪れた。

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日向薬師は、奈良時代初頭に有名な僧、行基によって開山された。開山当時は、日向山霊山寺(ひなたさん りょうぜんじ)と称されたが、明治時代の廃仏毀釈以降は別当坊の「宝城坊」が引き継いでいるという。

ご本尊は鉈彫りの薬師瑠璃光如来で、本堂とともに国の重要文化財指定されている。年に数回(1月、4月)の特別開扉以外は拝観できない。

まだここでは拝観したことはないが、2006年に国立博物館(上野)で開催された 「一木にこめられた祈り 仏像展」で拝観したことがある。

本堂脇の宝物殿には、このほかの国指定重要文化財の仏像などが展示されている。

歴代の天皇や将軍の信仰も厚く、江戸時代にも大改修が行われた。

今回の改修でも、その江戸時代改修当時の顔料を再現して塗りなおしたという。

改修により、黒を基調としながらも、オレンジ色の弁柄が鮮やかに蘇った。
一般的な寺院や神社などで見る朱色よりも落ち着いている感じがする。

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大改修といえば、高さ約18m、幅約23m、奥行き約17mという国内最大級の茅葺屋根の葺き替えも大工事だったようだ。

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そもそも、大量のカヤを集めること自体が、今日では難しくなってきている。

茅葺屋根の消滅に加え、牛馬などの家畜飼料はほとんどが米国などから輸入された遺伝子組換え大豆やトウモロコシなどに取って代わられ、萱場といわれた自然草地自体が日本国内では消滅の危機にある。

かつては家畜飼料や屋根葺き材料として利用されていた箱根仙石原のススキ草原も、現在では植生遷移を止めて観光用の草原を維持するために、毎年春先に火入れをしている。

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改修工事の完了で、本堂前の広場も広くなり、樹齢800年という県指定天然記念物の「宝城坊の二本杉」(別名「旗かけ杉」)の全体を撮影することもできた。

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また、巨木の空洞に安置されている「虚空蔵菩薩像」も広場から見渡すことができるようになった。

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周囲の紅葉は、きれいではあったが、赤味が少なく、今一かな~

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ここ数年、本堂を拝むことができないのに出かけていたのには、紅葉見物や参拝のほかにも理由がある。

この時期に出回る地酒の新酒だ。
今回も、新酒と酒粕を購入してきた。

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昔から、門前には団子など名物があり、これを目当てに行く参拝客も多い。
私も、この口かな・・・別に否定はしないけどね。


【本ブログ内関連記事リンク】

丹沢日向薬師と日向山の紅葉

丹沢山麓の新緑に魅せられて





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太古の珍獣と悠久の巨樹 -秩父の神社と巨樹(5) [巨樹・巨木]

秩父市での「巨木フォーラム」エクスカーションの続き。

大徳院の門前には「大徳院の一本スギ」がある。
推定樹齢300年というスギだが、寺に伝わる延享3年(1745年)の古地図にその存在が記されているという。

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大徳院からしばらく歩くと、「奈倉妙見宮」がある。

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ここでは、小鹿野町の秋祭りに女歌舞伎が上演される。
今年も訪れた前夜の10月1日に上演されたことが、テレビニュースで報じられていた。

そのすぐ近くには、化石で有名な「ようばけ」がある。

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荒川支流の赤平川右岸の第三紀層地層の大露頭で、約1500万年前の堆積物からはクジラやサメ、貝類などの化石が発見されている。
2016年3月には、これらの堆積層と化石群が国指定の天然記念物に指定された。

そして「ジオパーク」にも認定されている。
ジオパークは、一定の価値ある地形や地質などを教育や観光などに活用しながら保全もしていこうとする活動だ。

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日本には40以上のジオパークに認定された地域があるが、そのうち8地域は世界的なジオパークネットワークの「ユネスコ世界ジオパーク」にも認定されている。

「おがの化石館」には、ようばけや近くの同じ地層から発見された化石などが展示されている。

その中でも奇獣といわれるパレオパラドキシアは、約2000万年前から1100万年前に日本と北アメリカ西海岸の海辺で生息していた体長2mほどの哺乳類だそうだ。

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骨格模型や復元模型も展示されているが、現在では類似の骨格をもつ生物が生存していないため、その形態はもちろん、生態も謎が多いという。

現在のところ、現代のカバに似た形態と生態であったと想像されている。
浅い海中にも潜って海藻など食べる“草食系”と推定されているせいか、復元模型もそれとなく優しげだ。

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全身骨格の化石は今から40年前の1975年に秩父市大野原で発掘されたが、世界で2例目という貴重なものだ(展示は、レプリカ)。

歯などの部分化石は、海外や日本の他地域でも発見されているが、埼玉県は世界で最もパレオパラドキシアの化石が発見されている地域だそうだ。

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エクスカーション最後の巨樹は、「明ケ指(みょうがさす)のカツラ」だ。

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どちらかというと水分の多いところを好むカツラだが、明ケ指のカツラの生育地は、まさに荒川支流の安谷川の渓流沿いだ。

根元からのたくさんの分枝とコブの独特の雰囲気は、深山渓谷に鎮座する巨樹にふさわしく、フォーラムのポスターやパンフレット表紙をも飾っている。

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悠久の時を生きてきた巨樹でも、さすがにパレオパラドキシアの化石の時代から生き続けているのはない。
しかし、その遺伝子は延々と継承され、イチョウやメタセコイアのように生きている化石と称される種もある。

少なくとも人間の一生をはるかに超えた歴史を見続けてきたことは間違いない。それが巨樹というものだ。



いつも本ブログにご訪問いただき、ありがとうございます。

2016年10月に埼玉県秩父市で開催された第29回「巨木を語ろう全国フォーラム」(10/1フォーラム、10/2エクスカーション)に長らくお付き合いいただきましたが、とりあえず報告は終了します。

次回からは別のテーマとなりますが、引き続きよろしくお願いします。


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困民党とロケット祭の椋神社、そして吉田小学校庭の大木 ― 秩父の神社と巨樹(4) [巨樹・巨木]

しばらく間が空いたが、埼玉県秩父市での「巨木フォーラム」のエクスカーションで巡った巨樹の紹介。

「椋神社」は、明治17年(1884年)に起きた「秩父事件」の際に、3千名ともいわれる農民らが集結した場所として著名だ。

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当時は、デフレ政策と軍備拡張のための増税などで、全国の農民などは生活に困窮し、各地で政府に対する抵抗運動が起きていた。秩父地方でも、デフレなどの全国的な経済不況に加え、欧州での不況による生糸価格の大暴落もあって、秩父銘仙に象徴される生糸の産地でもあった秩父の農民の生活は困窮を極めていた。

秩父事件は、このような中で自由党員を中心に農民らが「困民党」を組織したものだ。

11月1日に椋神社に集結した数千名もの農民らは、猟銃や刀剣などで武装し、翌日には秩父郡の中心大宮郷(現、秩父市)にまで進軍して郡役所や警察なども占拠した。県庁、さらには東京の政府まで攻め入る計画だったというが、出動した軍隊により鎮圧されてしまった。

この「秩父事件」あるいは「困民党」については、圧政を打ち破るための民衆による画期的な蜂起か、あるいは高利貸などを襲った借金苦、生活困窮者の暴徒による単なる略奪、放火事件だったのか、その評価はさまざまなようだ。

時間(歴史)が評価するとは言うけれど、その歴史も時代とともに移ろうのだから厄介だ。

そんな大事件があったのも嘘のように、ひっそりと静まり返った椋神社の本殿脇の広場には、樹齢100年ともいわれる2本のクヌギが寄り添っている。
「椋神社の夫婦クヌギ」と呼ばれている。

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訪れた際には夫婦クヌギの下で、地元の方々が1週間後(10月9日)に控えた椋神社例大祭「龍勢祭」の準備に精を出していた。
夫婦クヌギの右側にある櫓では、龍勢打ち上げの際に太鼓を打ち鳴らすとか。

龍勢祭は、花火を推力にしたロケットのようなものをおよそ15分間隔で30本ほども打ち上げるものだ。

打ち上げ台は、神社から見える丘の中腹の高さ約20mの櫓。

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点火すると轟音とともに数100mの上空に昇り、その姿は龍のごとくということで、この名がついたようだ。
テレビニュースで見たが、まさにロケット祭で壮観だ。実物を見ることができず、残念だった。


次は、市立吉田小学校の校庭に生育している樹齢800年ともいわれる「吉田小学校の大ケヤキ」だ。市指定の天然記念物にもなっている。

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ここは秩父氏館跡ともいわれ、現在では椋神社に移転されている「八幡宮」も建立していた。

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大ケヤキはその敷地外周の斜面に生育していたといわれるが、明治時代末の校庭の拡張などで根元が埋め立てられて、樹勢がだいぶ弱ってきていた。

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全国巨樹・巨木林の会では、今回の巨木フォーラム開催を記念して、「巨樹健康診断」を実施した。

根元を掘削しての診断などのほか、ツリークライミングによる高所診断、最近話題のドローンによる空中調査も実施された。その結果は、フォーラムで報告されたほか、報告書も作成された。

校庭には、久しぶりに見る二宮金次郎の像があった。

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しかし最近では、「ながらスマホ」を助長しているとの親からのクレームで、各地で撤去が相次いでいるともいう。

私は別に金次郎像にそれほど愛着があるわけでもないが、ながらスマホを助長するから撤去しろとの親のクレームとそれを受け入れて撤去する学校(教育委員会)の対応には、正直がっかりだ。

金次郎像による道徳の押し付けもまた、困ったものだけどね・・・。

明治の大事件とその後の農民たちの暮らしぶり、そして小学児童たちの健やかな成長を見続けてきた巨樹たちと金次郎像に出会った秩父路だった。


【本ブログ内関連記事リンク】

巨木フォーラム in 秩父 ― 秩父夜祭 屋台芝居と囃子でおもてなし

巨木フォーラム in小豆島 (1)

巨木フォーラム in小豆島(2) ― 小豆島の巨樹めぐり

どこんじょう 震災にめげずに巨木フォーラム開催







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