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青いバラ ― 品種改良と遺伝子組換え [生物多様性]

先日の(といっても3週間も前になってしまうけれども)大船植物園では、城、赤、黄色を基調にとりどりの色、そして花弁の大きさや形、枚数なども実に変化がある多くのバラを見ることができた。

それぞれのバラには、その姿を彷彿とさせるような素晴らしい名前も命名されていた。

「プリンセス・ミチコ」など、皇室3代の女性たち、ミチコ、マサコ、アイコのそれぞれの名が付いたバラもあった。

バラにこれら多くの種類があるのは、古今東西の園芸家たちが丹精を込めて、長い月日をかけて、品種改良してきた結果だ。

園内では、愛好家グループによる自慢のバラの展示会も催されていた。

そこで展示即売されていた「ラプソディ・イン・ブルー」という名のバラを買った。

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家に帰ってきてよく見ると、花の色はどちらかといえば紫色で、名前ほどの青ではないが、やはり展示されていた他のバラの色に比べると珍しい感じがした。

なんでも、バラには青の色素はなく、青いバラの誕生は世界のバラ愛好家の夢だったそうだ。

英語で「青いバラ(Blue Rose)」は、不可能(存在しないもの)の意味も持つほどだったとか。

私が買い求めた「ラプソディ・イン・ブルー」など、一見青いバラのように見えるのも、赤い色素を抜いて青に近づけていったようだ。

このように、バラなどの園芸植物は、昔から「品種改良」が重ねられて、多くの品種が作られてきた。

品種改良は、人間にとって好ましい形態や性質などを持つ個体同士を繰り返して交配させて理想形に近づけていく方法で、園芸植物や農作物、家畜などでは盛んに行われてきた。

1940年代から60年代にかけて世界各地で行われた「緑の革命」は、穀物やジャガイモなどの高収量品種を導入して飢饉を救おうとする農業革命だ。
これを主導したノーマン・ボーローグ博士は、1970年にノーベル平和賞も受賞している。

これらの「品種改良」は、人工的に受粉などを繰り返すなど、自然界では起こりえないことではあるが、原理は「自然の摂理」、すなわち受粉や受精によるものだ。


一方、「青いバラ」の誕生は、従来の品種改良ではなく、「遺伝子組換え」によるものだ。

青いバラを開発したサントリー(「青いバラ」への挑戦)によれば、青色の色素をもった植物の中から青色遺伝子を取り出して、バラに導入したそうだ。

ペチュニアやパンジーの青色遺伝子を導入したバラが咲いたが、残念ながら花は赤色や黒ずんだ赤色。

その後も、試行錯誤を繰り返し、2004年に「青いバラ」の開発に成功したという。1990年のプロジェクト開始から実に15年近くの歳月を要したことになる。

その過程では、青いバラよりも一足早く青いカーネーションの誕生に成功した。「ムーンダスト」と名付けられた青色カーネーションは、世界で最初の遺伝子組換えによる花きの商業化となった。


さらに販売までには、もう一つのハードルがある。

遺伝子組換えによる生物(GMO、あるいはLMOという)が生態系などに影響を及ぼさないことを実証して、「カルタヘナ法」による認可を得なければならない。

「カルタヘナ法」は、生物多様性条約に基づく「カルタヘナ議定書」の国内法だが、詳細は本ブログ記事「遺伝子組み換え生物と安全神話 名古屋・クアラルンプール補足議定書をめぐって -COP10の背景と課題(5)」および「MOP5って何? -遺伝子組み換えをめぐって」を参照願いたい。

園芸品種や農作物などでは、今や従来型の「品種改良」よりも「遺伝子組換え」による新品種の開発が幅をきかせている。

自然の摂理の上に立った「品種改良」から、「遺伝子組換え」という神の領域にまで足を踏み込んだ人間の行く末は?

別に私は有神論者でもないし、バイオテクノロジーを否定するわけでもないけれど、自然界を我が物顔で支配するかの如く奢り高ぶった人間の未来には警戒せざるを得ない。

どこかの総理大臣もだけどね。

【本ブログ内関連記事リンク】

大船植物園 満開のバラとシャクヤク

青いケシの花に誘われて

アジサイとシーボルト  そしてプラントハンターと植物園

遺伝子組み換え生物と安全神話 名古屋・クアラルンプール補足議定書をめぐって -COP10の背景と課題(5)

MOP5って何? -遺伝子組み換えをめぐって


名古屋議定書採択で閉幕 COPの成果 -COP10の背景と課題(3)






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大船植物園 満開のバラとシャクヤク [日記・雑感]

いつもご訪問いただきありがとうございます。
久しぶりの記事となってしまいましたが、今は盛りのバラを見に行きました。

神奈川県立フラワーセンター大船植物園のバラが見ごろだというので、出かけてみた。

色とりどりのバラが咲き乱れ、多くの人で賑わっていた。

大輪の一輪一輪はどれも美しく、芳香の素晴らしいのも多い。
どれもアップで紹介したいが、今回は全体的な群生の姿を!! (バラの花アップは、「バラの乱舞 ― 秋の花菜ガーデン」をご覧ください)

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この時期、シャクヤクも満開だった。
「立てば芍薬、座れば牡丹・・・」というけれど、やはり大輪のシャクヤクはそれだけで花の中の花と言えそうだ。
とにかく艶やかさと気品とが兼ね備わっているようだ。

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園内には温室もあって、小田原フラワーガーデンでも見たヒスイカズラやアリストロキア・グランディフロラというツル性の花などもあった。


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ほかにも、睡蓮の仲間や変わった園芸品種も・・・


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私は本来は自然の野山を歩きたいところだが、時間もない中、手軽に出かけることのできる街中の緑地空間はかけがえのないものだ。


園内のケヤキ大木の木陰で、しばしのリフレッシュタイム。
これがまた贅沢な一時、淹れたてのコーヒーでもあれば最高だけれども・・・


【本ブログ内関連記事リンク】

バラの乱舞 ― 秋の花菜ガーデン

碧い宝石 ヒスイカズラ






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小田原城と風魔忍者 [日記・雑感]

平成の大改修でリニューアルオープンした小田原城。
1か月前の3月末の訪問だったけど、記録としてアップ。

現在の天守閣は、昭和35年に市制20周年記念事業として建設されたものとか。
江戸時代の絵図などをもとにしているが、地上38.7mの複合式天守閣は鉄筋コンクリート造だ。

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大阪城天守閣は戦前に再建されていたけど、空襲で焼失した名古屋城をはじめ、全国各地に建設された鉄筋コンクリート造の天守閣は、高度経済成長期には戦後復興と地域振興の象徴だった。

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名古屋城天守閣(2010年撮影)


明治時代の廃城により解体された小田原城天守閣再建も、その流れだったのだろう。しかし時の流れとともに、鉄筋コンクリート造りとはいえ耐震補強工事の必要に迫られた。

木造での再建により江戸時代の姿を取り戻そうとの運動もあり、今回の改修では必要最小限の工事で費用を抑えたそうだ。

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戦国時代の北条氏によって整備され、難攻不落といわれた小田原城の惣構えは、後に大阪城のモデルにもなり、江戸城にも引き継がれていったという。

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今回のリニューアルでは、天守閣内に小田原城の歴史などの展示が再整備された。
さらに、最上階には江戸時代に祀られていた武士の守護神「摩利支天像」の安置空間が再現された。

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本丸内の常盤木門(ときわぎもん)は、小田原城門の中でも大きく堅固なものだったが、明治の廃城でその姿を消し、昭和46年に市制30周年事業として再建されたものだ。

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二の丸の銅門(あかがねもん)も、平成9年にすでに復元されていたもの。
その名は、使用された銅板に由来したものだという。

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渡櫓門(わたりやぐらもん)、内仕切門(うちじきりもん)と土塀で周囲を囲む枡形門(ますがたもん)の構造だ。

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渡櫓門の内部の梁は、太い木材を手斧で仕上げた美しい模様が目を引く。

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ところで、北条の五代100年にわたる関東支配では、忍者集団「風魔一党」が活躍したという。頭領は代々「風魔小太郎」を名乗ったそうだ。

地元では、甲賀や伊賀の忍者に比べて認知度の低い(?)風魔忍者を知らしめようと、さまざまなイベントを催している。
城内でも、手裏剣投げのお試し場などが開かれていた。

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それにしても、「風魔」とは謎めいた名で、真田十勇士と同様に講談か何かに登場する架空の忍者と思っていた。

ところが、小田原の街中を車で走っていたら、「風間」の看板のお店などを目にした。
どうやら「風魔」には、実在した「風間」氏がいたらしく、風間(かざま)という集落もあったようだ。

風魔が、甲賀や伊賀と同様に全国区になってほしいものだ。

お城見物の後は、小田原市内に多い鰻屋さんで久しぶりの鰻重を。

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(追記)
毎年5月3日に開催される「北條五代祭り」。
今年は、NHK大河ドラマ「真田丸」で氏政を熱演した高嶋政伸さんが、4代めの氏政として参加するとのこと。
なお、初代早雲役は、小田原ふるさと大使の俳優、合田雅吏さんとか。



【本ブログ内関連記事リンク】

新装開店?! 美しすぎる『姫路城』

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