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地球環境と一国至上主義 (その1) [地球環境・環境倫理]

米国大統領選挙も、予備選挙が本格的に始まり熱を帯びてきた。果たして、今年(2016年)11月の大統領選挙では、民主党と共和党、どちらの大統領が誕生するのだろう。

政権が変われば、政策も変わるのは、どこの国も同じだ。
米国でも、かつて地球環境に関わる政策が大きく変わったことが何度かある。

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地球温暖化防止に一役買う風力発電のある風景
(ドイツ北部で列車車窓から)

その一つは、地球温暖化防止のための「京都議定書」をめぐる動きだ。
1997年に京都で開催された第3回気候変動枠組条約締約国会議(COP3)で採択された京都議定書は、条約の原則の一つの「共通だが差異のある責任」に基づき、先進国には温室効果ガスの削減を義務づける一方で、途上国にはその義務づけはなかった。

このため米国では、温室効果ガス削減に伴う投資などで製造価格が上昇し、削減義務のない中国やインドなど途上国の製品と太刀打ちできなくなる懸念から、「京都議定書は不公平だ」との声が産業経済界からあがった。

京都議定書採択当時の民主党クリントン政権は、後に地球温暖化を扱った「不都合な真実」でノーベル平和賞を受賞したアル・ゴアが副大統領だった。

しかし、ゴアと争って勝利した共和党のジョージ・W・ブッシュ大統領が2001年1月に大統領の座につくと、経済界をバックにした議会の圧力を受けて、その年の3月には京都議定書からの離脱を表明した。

政権が交代したとはいえ、大統領就任直後のあまりにも素早い政策転換だ。
当時、温室効果ガス排出量の国別第1位の米国が抜けたことで、京都議定書の発効と効果も危ぶまれた。

米国のことばかりは言っていられない。

昨年2015年の「パリ協定」が合意される以前、2012年に効力が切れる京都議定書後の枠組み(ポスト京都議定書)をめぐって世界の対立が深まり、2011年に南アフリカのダーバンで開催されたCOP17では、次善の策として京都議定書を延長することが提案された。

削減義務のない途上国はもちろん、EU諸国も京都議定書延長に賛成する中、日本は不参加を表明した。

理由は、米国が京都議定書を離脱した時と同様、不平等であり、すべての国が参加する枠組みでなければ認められないというものだ。
しかしその裏には、産業競争力が落ちるという懸念があるのは疑いないところだ。

日本で誕生した「京都議定書」に、議長国としていわば生みの親である日本が不参加を表明したのだ。

地球温暖化の防止のためには、すべての国の参加が必要で、自国だけが犠牲になるのはイヤだという、かつての米国の態度に現在の日本は丸写しだ。

もちろん、世界中に自国が犠牲になるのを良しとする国、為政者は少ない?領土、難民、経済・・・

地球環境問題では、地域や世代を超えた共生の思想が必要だと思うけれども・・・・


【本ブログ内関連記事リンク】

地球温暖化「パリ協定」 なぜ今?に迫る -その1 条約採択と京都議定書

地球温暖化「パリ協定」 なぜ今?に迫る -その2 なぜ歴史的合意か

地球温暖化防止をめぐる国際関係

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オオカミ復活!?  - シカの増加と生態系かく乱を考える [生物多様性]

知人から、ある団体の機関誌をいただいた。
その団体の名は、「一般社団法人 日本オオカミ協会」で、機関誌は「フォレスト・コール」という。

この団体では、日本では絶滅したオオカミを復活させ、シカの林木被害などで荒れている森の生態系を復活させようとしているそうで、昨年には「日米独オオカミシンポ2015」を開催した。

本州・九州・四国に生息していたニホンオオカミは、明治末期に奈良県吉野の山中で捕獲されたのを最後に絶滅したといわれている。北海道でも、明治開拓以降にエゾオオカミが絶滅した。


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エゾオオカミ剥製(北海道大学植物園博物館にて)

ニホンオオカミが最後に捕獲された紀伊半島山間部には現在でもオオカミが生息している、ということを信じている人々がいるのが、時々テレビ番組で取り上げられたりもする。

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オオカミも残っていそうな深い森(吉野熊野国立公園大台ケ原大蛇ぐら)

オオカミ絶滅の原因には、毛皮採取のため、家畜を襲う害獣駆除のため、ジステンバーなど伝染病のため、森林開発による生息地縮小などのため、などいくつかの原因があげられる。ひとつの原因ではなく、これらの複合と考えるのが適当だろう。

オオカミなどの肉食動物(消費者)が草食動物を食べ、その草食動物は草などの植物(生産者)を食べ、そして肉食動物の死骸は土壌生物など(分解者)によって植物の栄養となる。これを「食物連鎖」というのは、生物の教科書などでもおなじみの図だ。

食物連鎖が循環的とすると、上下の垂直的にみたものに「生態系ピラミッド」がある。底辺を構成する多くの生物の栄養をより高次の生物が消費し、段階が上がるにつれて個体数も少なくなることから、これをピラミッド状の三角形で図示したものだ。

かつての日本では、オオカミが生態系ピラミッドの頂点に君臨していた。

そのオオカミの絶滅によって、森林では生態系も大きく変化した。
その象徴的な現象が、シカの個体数増加、分布域拡大と林木食害の増大だろう。

近年のシカの増加には、地球温暖化による降雪量減少の結果、冬期でも雪に足を取られることなく移動することができ、また餌となる植物も豊富であることなどの影響が大きい。

しかし、天敵であるオオカミの絶滅も無関係ではないだろう。
温暖化の影響でシカが増加しても、天敵の存在があれば、一定の個体数コントロールがなされるはずだ。

こうして個体数が増加し、冬期には比較的雪の少ない平地に移動するシカの群れによって、日本各地で林木の樹皮食害による枯死や高山植物などの食害が問題となっている。

日光国立公園では、有名な霧降高原のニッコウキスゲの大群落がシカの食害で絶滅寸前になってしまった。群落全体をネットで囲んだり、シカを追い払ったりと、絶滅を回避するための努力が続けられている。

戦場ヶ原でも、特別保護地区の戦場ヶ原にシカが侵入し、貴重な高山植物などを食べ荒らしている。

このため、シカが侵入しないように、戦場ヶ原全体をネットで囲んでいる。
ネットの外側(戦場ヶ原の周囲)(↓写真の上側)は、シカによって林床の草が食われて裸地になっている。
それに対して、内側(戦場ヶ原側)(↓写真の手前)は、シカに食われないために緑が残っている。
その差は歴然としている。

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しかし、ネットの破れ目などからシカが戦場ヶ原内に侵入することがある。

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戦場ヶ原に侵入したシカ

餌としての草の少ない時期には、シカは下あごの歯で樹木の樹皮を下からめくりあげて食べる。

周囲すべての樹皮を剥がされた樹木は、栄養や水分の移動ができなくなり枯死する。

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シカに樹皮を剥かれた樹木(戦場ヶ原での野外学習授業にて)

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森林内で見つけたシカの頭骨

樹皮の食害防止のためには、幹にネットを巻き付ける。

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黒く見えるのがネット

尾瀬でも、やはりシカによる貴重な植物の食害が問題となっている。
ニッコウキスゲなどは食べられてしまうが、一方で毒素があるといわれるコバイケイソウはシカが食べずに繁茂している。

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シカも嫌う?コバイケイソウの実(尾瀬にて)

シカが尾瀬沼や尾瀬ヶ原に侵入しないように、周囲をネットで囲い、登山道にはシカのヒズメが滑って侵入しにくくするための鉄板(グレーチング)が設置されている。

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尾瀬国立公園沼山峠にて

シカも高山植物を絶滅させようとしているわけではなく、生きるために餌としているだけなのだ。
小鹿のバンビはかわいいが、高山植物や林木に被害が出ると目の敵にするのも可哀そうな気がするけど・・・人間の身勝手さか。

前述の団体では、こうした生態系の管理のためにも、オオカミ復活が必要だと主張している。

実際、世界で最初の国立公園のイエローストーン国立公園(米国)のオオカミ再導入は、生態系管理の実験としても有名だ。
家畜を襲うとして駆除されて絶滅したオオカミを、カナダから再導入して復活させ、増えすぎたエルク(シカ)による生態系の荒廃から再生しようとしている。

ドイツなどヨーロッパ各地でも、オオカミの復活が実現しているという。

ニホンオオカミ協会会長の丸山直樹さん(東京農工大学名誉教授)によれば、日本のオオカミはアジア大陸のオオカミと同種であり、導入しても外来種による遺伝子攪乱には該当しないという。また、意外と臆病で人間を襲うこともほとんどなく、日本の家畜飼育状況では家畜を襲うことも考えられないという。

オオカミは、生態系の食物連鎖の頂点に君臨する肉食動物だが、人間との接触も古く、前回ブログ記事(中国文明と縄文文化 - 兵馬俑展と三内丸山、登呂遺跡)の縄文時代には、既にオオカミを飼い慣らした縄文犬と呼ばれるイヌが家畜(狩猟犬、ペット)として飼育されていたそうだ。

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我が家のイヌ
(縄文犬ではない、ただの雑種、2008年に17歳で死亡)

また、古代から信仰の対象ともなり、オオカミの名は大神から由来したとする説もあるくらいだ。
奥多摩の御岳神社(東京都青梅市)では、魔除けや獣害除けの霊験として信仰されていた。

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御岳山ケーブル

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御岳神社本殿

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御岳神社のお札

古代から人間と共生してきたオオカミ。
その関係が狂ったのはいつからだろうか。

今年の「全国巨木フォーラム」は、狼信仰の中心でもある三峯神社のある埼玉県秩父市で10月に開催される。

単なるロマンチシズムでは無責任になるが、科学的な根拠をもってオオカミ復活について考えてみるのも悪くはない?!


【本ブログ内関連記事リンク】

原始信仰と世界遺産の原生林 -国立公園 人と自然(9) 吉野熊野国立公園

夏の思い出 - 久しぶりの尾瀬訪問

自然保護の原点 古くて新しい憧れの国立公園 -国立公園 人と自然(19)尾瀬国立公園

『米国型国立公園』の誕生秘話

中国文明と縄文文化 - 兵馬俑展と三内丸山、登呂遺跡


巨木フォーラム in小豆島 (1)


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中国文明と縄文文化 - 兵馬俑展と三内丸山、登呂遺跡 [ちょっとこだわる:民俗・文化・紀行・時事など]

東京の国立博物館で開催されている特別展「始皇帝と大兵馬俑」の入場者数が30万人を超えたという。

私も昨年末に展覧会を見てきた。
展示物は写真撮影禁止だが、撮影用に兵馬俑のレプリカコーナーまで用意されているという心遣いだ。
兵馬俑の実物をぜひこの目で見たいと思っていながらまだ実現していないので、良い機会だった。

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中国には何度か訪問したことがあり、北京では「紫禁城(天安門)」のほか、観光客も多い「八達嶺長城(万里の長城)」、「明の十三陵」などを訪問したことがある。
いずれも世界遺産に登録されている。

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天安門

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紫禁城内部

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万里の長城(八達嶺)

紫禁城や万里の長城は、知らない人はいないくらい有名だ。
この二つに比べれば、明の十三陵は知らない人もいるが、中国に現存する皇帝陵墓群としては最大で、明の永楽帝以降13代の皇帝、后妃などの陵墓がある。
写真はデジタル化していないので、割愛。

四川省の成都でも、三国志で有名な劉備、関羽、張飛の三人の英雄と諸葛孔明を祀った「武侯祠・三義廟」などを訪問したことがある。

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三義廟入り口門

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これは諸葛孔明像

中国の明朝の時代は、日本では室町時代から江戸時代にあたる。
三国志の時代は、邪馬台国の前後で、弥生時代に相当するという。

秦の始皇帝の時代はさらに遡って、縄文時代から弥生時代に移行する頃だそうだ。

弥生遺跡は、近年では「吉野ヶ里遺跡」(佐賀県)などが有名だが、私の頭の中ではやはり「登呂遺跡」(静岡県)。
小学校の教科書の写真と言えば、必ずこれだった。
教科書でしか見たことのなかった登呂遺跡を、昨年暮れに初めて訪問した。感激?!

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私の子どもの頃は、弥生時代に入ってやっと農耕が始まり、日本も文明の時代を迎えた(?)ということになっていた。

しかし最近では、「三内丸山遺跡」(青森県)の発掘などにより、縄文時代の文化や生活も脚光を浴びている。(縄文の巨樹に思いを馳せて -第25回巨木フォーラムと三内丸山遺跡

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集会場あるいは倉庫とも考えられている巨大建物、
左が三内丸山遺跡のシンボル クリの6本柱の櫓

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発掘された柱跡と復元建物

日本の縄文時代に秦の始皇帝は中国を統一し、兵馬俑まで造成している。
さすが中国文明は、世界に先駆けていると感心するところだが、縄文文化にも世界中から再評価の光が当てられるようになってきた。

世界の古代文明が穀類の農耕栽培を基礎として発展したのに対して、縄文文化は狩猟採集を続けつつ、1万年もの間続いたという。
三内丸山遺跡も、数千年も存続した集落だったようだ。
ユニークな土偶や土器は、人々を惹きつける。

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いずれも国立博物館で

数千年も一カ所で続いた集落は、世界でも稀のようだ。
そこでは、狩猟採集とは言っても、私の子供の頃に習ったイメージとはかけ離れた平和で豊かな生活が行われていたらしい。

中国のように武力で統一し、滅んでいくような文明ではなしに、このブログの主題でもある人間と自然とが持続的に共存共栄する生き方があったに違いない。

縄文も捨てたものではない!!!!

【本ブログ内関連記事リンク】

縄文の巨樹に思いを馳せて -第25回巨木フォーラムと三内丸山遺跡


祝 富士山世界文化遺産登録 -世界遺産をおさらいする


巨木文化と巨石文化 -巨樹信仰の深淵





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