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湘南海岸の富士山夕景 [日常雑感など]

 ご無沙汰していました!

 しばらくの間、海外出張や業務の締め切りなどに追われて、ブログ更新できませんでした。

 久しぶりに散歩に出かけた昨日の湘南海岸の夕景があまりに美しかったので、スマホのシャッターを夢中できりました。
 
 富士山が、バラ色の雲にシルエットで浮かび上がっていました。

 取り急ぎ、写真のみにて、おすそ分け!!

 


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これぞ 『幸せの国』  ブータン報告その5 [ちょっとこだわる:民俗・文化・紀行・時事など]

 ブータンでの写真や報告したいことは、まだまだたくさんあるけれど、今回で一応終了とします。

 かつての要塞で、現在は寺院、時には役所としても使用されている「ゾン」という巨大な建造物や「ラカン」あるいは「ゴンパ」と呼ばれる寺院などの紹介は、観光ガイドブックに譲ることにしよう。

 最終回は、『幸せの国』の実感。

 いわばブータンの代名詞ともなっている「幸せの国」。経済発展(GDP:国内総生産)よりも優先されるこの標語(GNH:国民総幸福量)を国民はどのように感じているかわからないが、短期滞在者の私が感じた幸せの国の実感は、こんなところ。

 子どもたちが笑顔で幸せそうなのは、どんな貧しい国でも同様。田沼武能さんのようにうまくは子供たちの笑顔を引き出した写真は撮れないが・・・・

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チャムカル(ブムタン)の町はずれにて

 ブータンのいたるところ、たとえ車が通る路上でも、犬が幸せそうに寝ているのは、これまでの報告のとおり。

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チャムカル(ブムタン)にて

 


 “いたるところに”と言えば、「マニ車」もいたるところにある。大きさや形状も多様だ。内部にはお経が収められていて、回すと経文を唱えたのと同じ功徳があるという。ちなみに、ブータンではチベット仏教の影響で、時計回りが基本とか。
 
 敬虔な仏教徒の国ブータンでは、寺院に参拝する人も多い。
 手に持つ小さなマニ車を回しながらという人もいる。

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ジャンパ・ラカン(ブムタン)にて


 寺院内部の写真撮影はできないが、巨大な仏像の前などでは、ついついブータン式のお祈り(しゃがんで、膝とおでこを床につける)をしてしまう。これも、心休まる一時、幸せの気分か。

 寺院の外壁にはマニ車がずらりと並んでいて、拝観前にはこれを回す。

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キチュ・ラカン(パロ)にて
 
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 プナカ郊外の寺院にて
 

 巨大なマニ車の脇に座り込んで、一日中呪文を唱えながらマニ車を回す老人も、いかにも心穏やかで幸せそうだ。

 

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チミ・ラカン(プナカ)付近で

 

  寺院でなくとも、清水の湧き出るところにはマニ車が設置されていて、水車で自動的に回るようになっているものも多い。

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巨樹の根下のマニ車は、水車で回る
 タムシン・ゴンパ(ブムタン)にて

 大きなマニ車は、回転するたびに鐘が鳴る仕組みになっている。
 海辺の波の音のごとく、繰り返す音色は心を穏やかにする。

 マニ車の鐘の音だけではない。
 
 寺院の屋根軒に吊るされた無数の風鐸が、草原を渡ってくるそよ風とともに何とも言えない音を奏でる。
 それはそれは、心休まる音だった。極楽とはこんなところかと思うような気分になった。

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軒には、無数の風鐸が吊るされている
クジェ・ラカン(ブムタン)近くの寺院で


 子どもの僧侶たちは、無心にお経を暗記している。これも幸せの時間か。はたまた、試験が待ち構える魔の時間か。

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プナカ郊外の寺院にて


 一般の大人たちも、ちょうど日曜日のこの日には、伝統の弓矢大会?
 数十メートルも先の相手陣地の小さな的に向けて矢を放つ。よく的が見えると感心してしまうほど遠方だ。
 
 これを交互に繰り返して競うらしい。的に当たると、お祝いの踊りを舞う。

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トンサ・ゾン(トンサ)にて



 かつての日本でも、祭りなどに勤しむことは多かった。
 現代の日本でも、休日には野球サッカー、楽団、その他、趣味のグループ活動をしている人も多いだろう。
 
 常々、そのような人たちを羨ましく思っていたが、ブータンの人々はそれに輪をかけたように幸せそうだった。

 休日とはいえ、パソコンに向かって原稿や資料作りをしている私とは大違いだ。

 もっとも、私も休日の仕事がそれほどつらいわけでもない。いわば趣味と化しているのかもしれない。ワーカホリック?いやそれほど悲惨なものでもない。

 日比谷公園の設計や日本最初の林学博士として有名な本多静六は、「人生の最大幸福は職業の道楽化にある。」(『我が処世の秘訣』)と説いたという。(ブログ記事「巨樹の番付 -本多静六と里見信夫」参照)

 その意味では、私も『幸せの国』の住人の一人なのかもしれない。

 そして、何よりも『幸せの国』の真髄と感じたのは、チャムカルのコンビニのような小さな商店でパンを買おうとした時のこと。

 翌日に食べたいが大丈夫か尋ねたところ、「このパンは昨日入荷したものだから、明日食べるのなら4軒先の店で今朝仕入れたパンがあるから、そちらで買った方がよい」との返事。

 自分の店の営業、つまり経済性を度外視して、客の満足を優先する、この態度。
 これが、自分も他人も、皆の幸せにつながるのだろう。

 これぞ、まさに『幸せの国』を実感した瞬間だった。

 一方で・・・

 カメラを向けた私に、「ギブ・ミー・マネー」と叫んだ子供もいた。
 たくさんの子供たちにカメラを向けた中で、たった一人だけだったが、
こうした子たちがこれから確実に多くなりそうな気もする。

 『幸せの国』はいつまで続くのだろうか。
 続いてほしいと願うのは、何よりも経済価値が優先する国から来た一旅行者の無責任な願望だろうか。

 【ブログ内関連記事】

 「巨樹の番付 ―本多静六と里見信夫
 「祭りで休みは、文化か、悪弊か? ―祭日と休日を考える
 「のんびりベトナムコーヒーとオートバイ
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